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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#4-3.エリザベーチェ・リスカレス

 コツリ、コツリ、と歩く。

ステンドグラスの入った豪奢な窓。

まるで教会のような、静かで美しい広間に迷い込んだ。


「……参ったな」


――魔王は道に迷っていた。

楽園の塔は全階十二階建て。

更にフロアごとに様々な種族にあった女性用の私室や遊技場、お茶の為の空中庭園等が併設され、それ単体でも巨大な要塞と化していた。

人間なら建造に数十年を要するこの塔であるが、ラミアの指導の下、大量の予算を良いことに半年という超短期間で一切の手抜きナシで完成させた。

これには鍛冶や力仕事に強いドワーフや頭数ばかりは多いゴブリンなどの亜人種族のおかげもあり、ラミアもその仕事の速さに感嘆したほどである。

――しかし。

少しばかり力を入れすぎて作られたこの塔は、本来の主人である魔王ですら把握できない謎の仕掛けや隠し部屋等があり、頑張りすぎがあだになっている感がひしひしと伝わっていた。

主な被害者はここに通う前提になっている魔王である。正直、たまらない。

「……いっそ窓から飛び降りるか」

面倒くさくなって開く窓は無いかと広場から出ようとすると、突然目の前に黒い影が迫っているのに気づいた。

「おお」

「きゃっ」

避けるのも間に合わず、軽くぶつかってしまい、その影は可愛らしい悲鳴をあげた。

正面下。足元を見ると、長く美しい銀髪碧眼の、小柄な美少女が尻餅をついていた。

髪には可愛らしい小さなサイドリボンが二つ。

黒いヘッドドレスが左右のリボンから伸びる。

身に纏うは上質なシルクの、黒と白のロングドレス。

薄いベージュの肩掛けは普段ならあらわになるであろう肩口を品よく包み隠している。

尖った耳はエルフのようにキャピキャピと揺れ、華奢な指先は肘まで届く長めの白いグローブで守られていた。

見た目だけでどこぞの姫君を思わせるその娘は、倒れたまま唖然とした様子で自分とぶつかった相手を見ていた。

そこで、魔王は彼女の意図に感づき、観察を中断する。

「ああ、すまなかった。大丈夫かね?」

勤めて紳士的に、少女に手を差し伸べる。

「ええ、お気になさらず」

静かに微笑み、魔王の手を素直に受け、そっと立ち上がる。

定型とも言うべき上級魔族の姫君、あるいは長族の令嬢の、殿方と衝突し倒れた際の流れである。

自分から立ち上がる事等しない。あえて倒れたままでいてか弱い自分を示すのだ。

男とはそういうか弱い相手には優しくしようと、あるいは奪ってでも自分の物にしてしまおうと考えるものである。

彼女にそこまでの意図があってかは別として、魔王もこの相手がそれを望むならばと素直に相手の流れに乗ったのだ。

しかし、起こしながら、少女とはこんなにも軽いものなのかと、不覚にも驚いてしまった。

「あの、もしや、魔王陛下でいらっしゃいますか?」

驚いている魔王はよそに、目の前の少女は魔王の前でたたずまいを直し、そっと上目遣いで尋ねてくる。

「うん? ああ、いかにもそうだが」

「そうでしたか、ご無礼を」

ぴょこりと、静かに品よく頭を下げ、高く、それでいて不快ではない可愛らしい声で続ける。

スカートの端をつまみ、ちょこんと持ち上げながら。

「そして、お初にお目にかかります。私は吸血族の王女、リスカレス一族の末娘・エリザベーチェと申します。吸血姫なり、エルゼなり」

「ほう、君が吸血王の……」


 吸血族とは、悪魔族、竜族に並ぶ三大上級魔族の一つである。

他者から血液を奪い、その血液を触媒に強大な魔法を行使したり、血液を奪った相手をグールやゾンビにして使役したりする。

また、人間に自身の血肉を与えて無理矢理同族に引き込む事も出来る為、人間との相性がとても良く、誕生して以来今日に至るまで竜と同レベルの恐怖として君臨している。

その姿は人やエルフとそう大差なく、血筋が上等であればあるほど、純血であればあるほど力と美貌が比例して上がっていく。

頂点に君臨するは吸血王。

黒竜族の黒竜翁、悪魔族の悪魔王、そしてラミアと並ぶ魔王軍四天王の一柱である。


 そんな吸血王の娘が、今こうして、魔王の前に立っていた。

四天王とは一応全員顔見知りで、かつては自身も先代魔王の側近というふれこみだったため、話す機会も幾度かあった。

だが、やはりというか、魔王は思う。

「あの娘もそうだが、君もやはり父親にはあまり似てないな」

「そうでしょうか? 私は自分では父親似だと思うのですが」

外見年齢16、7歳の、人間と大差ないこの娘は、くりくりと可愛らしく瞳を動かし、魔王を一度、二度、と何度も見たり見なかったりを続ける。

落ち着きが無いというより、好奇心が抑えきれずにちらちらと見ているらしく、外見相応の少女らしさが窺えた。

「まあ、外見はね。父親に似られても困るが」

「そうですね。女性として生まれた以上、外見が父に似られるのは困ります」

気障ったらしい銀髪はともかく、顔の作りは尖った部分の余り無い丸顔で、父親とはまるで似ていなかった。

まだ成長の余地もあるのだろうがやはり幼さが残っているのも、違いが大きく出ているように感じる要因か。

「私としましては、陛下が父から聞いた通り、渋い上品なおじ様で安心しました」

「お、おじ様……そ、そうかね?」

人間世界に遊びに行った時も、度々若い娘さんにそう呼ばれ呼び止められていたのだが、やはり若い娘から見ると、自分は良い歳をした壮年に見えるのだろう。

……などと考えると、魔王は喜んで良いやら悲しんで良いやら複雑な気持ちになった。

こればかりは魔族も人間もそう大差ない感性である。

老いとは嬉しくとも悲しいものなのだ。

「陛下……その、『あの娘』というのは、もしや黒竜族の姫の事では?」

「ん、ああ、その通りだが」

黒竜姫も、魔王的には間違いなく魔界屈指の美姫であると見ているのだが、やはり父親である黒竜翁とは似ても似つかない。

そもそも黒竜翁自身が相当に老齢だからなのもあるが。

やはり父と娘は外見面では似ないものなのかと魔王は思ってしまう。

「そうですか」

黒竜姫の存在を肯定されてか、少しだけ暗くなる。

表情がコロコロと変わる面白い娘だと魔王は思った。


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