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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束
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#8-2.衛星魔法

 仮設の指揮施設で状況の推移を見守るエリーシャであったが、もうそろそろ陽も落ちようかという頃になり、珍しい人物が訪れた。

「久しいな、エリーシャ殿」

白髪交じりの黒髪。紺色のローブに身を纏った魔術師風の男であった。

「アル・フラさん……ええ、皇子とヘーゼル様の結婚式以来ですね」

宴の折にわずかばかり出会った紳士である。

衛星魔法を世に広めるのだ、と意気込んでいたショコラの宮廷魔術師。

まだ半年も経っていないのに、とても長い間会わなかったように感じたのは、不思議であり、妙であり。

だが、エリーシャは百年来の友に会ったような、そんな嬉しさを感じていた。

「どうしたのですか? ここに来たという事は、アル・フラさんもショコラの魔術師隊に……?」

「ああいや、私はあまり戦える方じゃなくてね。戦地を駆け巡れるほど、体力もないんだ」

中年、いや老齢に差し掛かっている見た目どおり、アル・フラはあまり身体が動く方ではないらしかった。

ある意味、正しく魔術師的な、イメージどおりの魔術師らしい。

「ここに来たのは、君に会いたくて、宮廷魔術師隊に無理を言って連れてきてもらったのだよ」

アル・フラは、じっと、エリーシャの瞳を見つめていた。

「私に……? それって、もしかして――」

研究畑で生きていたであろう彼が、わざわざ危険や無理を犯してまで戦地に来た理由。

エリーシャには、一つしか思い当たらなかった。

「うむ。とうとう完成した。実用段階まで、なんとか持ってこれたんだ」

その表情は誇らしげで、とても真面目な雰囲気ながら、どこか、褒めて欲しくて寄ってくる子供のようでもあった。

こういう時、男の人って皆子供みたいな顔するよなあ、と、エリーシャは思ってしまうのだが。

「おめでとうございます。思ったよりも短い期間で完成しましたね。私、てっきり数年はかかるものと……」

「本当ならそれ位掛かってもおかしくなかったんだが、ちょっと頑張ってね。いや、この戦いに間に合ってよかったよ」

『ちょっと頑張って』で数年が半年に縮む事など、本当にありえるのか解らなかったが、でたらめな事を言っている空気でもないし、エリーシャは素直に祝う事にした。

「立ち話もなんですし、とりあえず奥へ。今度は座ってじっくりとお話もしたいですわ」

施設の入り口での会話は、人にも聞かれることもあるし、何よりめでたい事を祝うのに、立ち話はないんじゃないだろうか。

奥で酒でも飲みながら、静かにそれでいて穏やかに話すことなんじゃないかとエリーシャは思ったのだ。

だが、それはアル・フラの残念そうな顔で無理だと覚る事になった。

「いや、私もそうしたい所だが、生憎、私に許された時間は少なくてね。今日は、君との約束を果たす為にここにきたのだ」

「そうですか。お急ぎなら仕方ないわ。でも、約束って……?」

「君に、私の衛星魔法をお教えするという約束さ。簡単な魔法ではないゆえ、手間と時間は掛かるが……兎にも角にも、一度お見せしよう。広いところへ」

それは、確かにその時のエリーシャはそう約束した事ではあった。

実際、彼の言葉に心動かされ、興味も抱いたし覚えられるなら習得したいと思ったものである。

だが、その為にわざわざこうして戦地までついてきたのは何故だろうか。

不思議と、今のエリーシャには、新魔法を誰より早く覚えられる嬉しさより、その違和感が気になってしまっていた。



 人気のない広場につくと、アル・フラは懐から古めかしく小さいステッキを取り出した。


「私は戦闘向きの魔術師じゃないからね。ワンドやスタッフと言った本格的なものは、使わない」


 魔術師における杖とは、その魔法の発動範囲の拡大や縮小をある程度自由に絞る上での重要な役割を果たす。

精神集中する上で、その杖の先端を意識し、参考にして、発動させる魔法のサイズをイメージするのだ。

一般に、全く何もないところからイメージするより、杖などである程度サイズや形状、範囲などをイメージできる方が魔法の効率はよくなると言われており、それが故、杖はシンプルな直線型の物より、木の枝を模した物であったり、炎をイメージさせる物であったりと、複雑な形状であるほど良いとされている。

そうした観点で見ると、アル・フラのステッキは非常にシンプルな形状で、そのサイズも実用品の杖よりもかなり小さい。

杖本来の使い方すらできない、言わば指揮棒のようなもので、初心者向けと言っても差し支えない品物である。


「逆に言うなら、本格的な杖など、この魔法には必要ない。範囲は、このステッキでも足りる程度の極小サイズ。これ以上は、いらない」

ステッキで小さく弧を描き、実際の魔法のイメージをエリーシャに説明する。

「前に聞いた時も思ったけれど、魔法自体の規模はかなり小さいものなのね」

ともすれば、その初心者向けの魔法とも大差ないほど、アル・フラの説明する魔法のイメージは小さかった。

「超個人単位のブースト魔法、という位置づけになるかな。発動中は、身体能力や治癒能力が劇的に跳ね上がる。後遺症もない。では、実際に使ってみようか」

言いながら、エリーシャからわずかばかり離れ、杖を右手に、先端を腹部に押し当てる。

「えっ……?」


 それは、異様極まる姿勢であった。

魔法とは、本来その発動目標に対し杖や手を向けるものであり、自分に対して向けることなど有り得ない。

例外的に治癒の魔法は魔法の光を患部に当てることによって治療、消毒する事が出来るが、これは怪我も何もしていない場所に対し発動させようとしても、治すイメージが湧かないので発動しない。

顔色があまりよくないのは彼の不摂生によるものかもしれないが、痛くもない腹に向けて魔法を発動させるのはどうなのか。

エリーシャには、そのアル・フラの儀式が、どうしても不思議な光景に見えてしまっていた。


「詠唱も要らない。必要なのは、自身の周りにそれが浮かぶ光景をイメージする事。私は、これのイメージのモデル構築に数年を費やした。だが、直に見れば、それは即座にイメージできるようになる」

説明しながら、目を閉じる。

程なく、杖の先端が光り、一瞬だが、世界を白が支配した。


「……成功だ」

次の瞬間、アル・フラの周囲には、小さな光が三つほど浮かんでいた。

虫か何かの光に見える、とても小さな光。それがふよふよと、アル・フラの周りを行ったり来たりしている。

「これが衛星魔法……なんとも、不思議なものね」

「この光の珠一つ一つが回復・破壊・防御・幻惑などの様々な魔法を発動できるようになっている。そしてそれらは、術者のイメージした瞬間に切り替わり、任意のタイミングで発動する事も出来るし、全く意識を向けていない時は、半自動的に術者を守るように各種の魔法が切り替わるようにもなっている」

どんなものだろう、と、恐る恐るながらエリーシャは光の珠に軽く触れてみるが、不思議と熱はなく、すり抜けてしまう。

これが見た目どおりの破壊魔法の珠ならば、触ろうとしただけで火傷するようなもので、破壊魔法を浮かべているのとは違うのだというのが明確に解った。

「それらに加えて、身体能力ブーストまで掛かるのね。あの、どういった原理で……?」

「自分の腹に向けて発動させるのがキーなんだよ。実はこの魔法は、発動範囲が術者個人であると同時に、魔法自体は術者の体内で発動したままになっているのだ」

アル・フラは、その疑問に嬉しそうに説明するが、学者の説明というのはいつの世も複雑極まるもので、正直エリーシャには何を言っているのか聞いた上でも良く解らなかった。

「……失礼、人に認められるのが嬉しくて、つい訳の解らない説明になってしまったね。詳しい部分はおいておいて、今はこの光景を目に焼き付けておいて欲しい」

「イメージが大切な魔法なのね」

「そういう事だ。最初にも言ったが、これのイメージができないと始まらない。他の魔法より、術者の想像力が大切な魔法なんだ」

アル・フラの頬に汗が伝う。見れば顔面蒼白であった。

「あの、大丈夫ですか? もしかして、無理しているのでは……」

「もうバレたか。完成したとは言ったが、実はこの魔法は、かなり消費コストが大きいのだ。一回の使用辺りで、上位魔法並の発動コストを消費し、同時に、常時初級魔法を消費し続けるのに等しい状態になる」

そこで集中力が途切れたのか、アル・フラはぱたり、とその場に尻餅をついてしまった。

「アル・フラさんっ」

すぐに駆け寄るも、「大丈夫だ」とばかりに手を前に出し、その場に座りなおした。

見れば、周りの衛星魔法も、いつの間にか消え去っている。

「私の体内魔力だけでは到底追いつかない。色々なマジックアイテムや薬を使って、なんとか自力で発動するレベルまで持ってきたが……」

「そんな、無理をせずに、時間さえかければもう少し抑えられたのでは?」

この短期間でここまで持ってきたのだ。

後は、より実用的にする為に研究を続ければ、十分有用なものになるのではないかと、エリーシャは思った。

だが、アル・フラは「それは無理なんだ」と、小さく呟いた。

「私のラボは、この夏で閉鎖される事になった。上からのお達しでね、私のラボと、研究に費やすための研究費用は、今主流の砲撃魔法の更なる研究に活用すると決められたのだ」

「……そんな」

ここにきて、ようやくエリーシャは、彼が何故そんな無茶ばかりしていたのかを覚った。

そうせざるを得なかったのだ。彼の夢の実現の為には。

「すまない。本当なら、もっと有用な段階に持ってきてから教えたかった。だが、それももう叶わん。私自身、長年の研究と、この魔法の発動実験の為に、身体がボロボロになっていて、いつ死んでもおかしくない。だから、せめて君にこの魔法を伝えたいと思ったのだ」

「アル・フラさん……」

「イメージはできるかね? もう一度やって見せた方がいいなら、喜んでそうする。なに、気にする事はない。世に知れた勇者殿に私の魔法を教えられるのならば、この身一つ、消えてなくなっても構わないのだよ」

笑っていた。笑えるような話ではないというのに、アル・フラは満足そうだった。

まるで「それだけできればどうなってもいい」とでも言わんばかりに。彼は笑っていたのだ。

「……ごめんなさい。もう一度だけお願いします。それで覚えますから」

残酷ながら。今を逃せば次はもうないと思い、エリーシャは今一度、それを目に焼き付けておこうと思った。

「解った。焦らず、ゆっくり見て欲しい」

アル・フラも真剣な顔つきに戻り、懐から小瓶を取り出す。

中身を軽く飲み干すと、立ち上がり、再びステッキを腹に押し当てた。


「魔法の発動範囲は『体内』。そこに魔法をぽん、と置いてやるイメージで」

言いながら目を閉じ、また眩く光る。

発動した光の珠は二つ。先ほどより少なく、そしてより小さかった。

「そして、この身体の回りを浮いている光の珠。これを、体内の魔法が生み出すイメージを持つ。魔法から生まれる魔法。これこそが、私が示す新たな世界の魔法。魔法の常識を覆す、新世代の魔法、だったのだが……」

今度は先ほどより早く、アル・フラは力尽きてしまう。

尻餅ではなく、そのまま後ろに倒れこんでしまい、魔法は消えた。

エリーシャもすぐに駆け寄る。

「大丈夫だ、まだ生きてる。私は、この魔法が時代の先、新たな世の中における最も重要な魔法であると信じている」

「新時代の魔法……ですか?」

「そうだ。ショコラの上層部は、砲撃魔法の活躍に気をよくし、『あれこそが歴史に名を残す魔法だ』などと浮かれているが、私はそうは思わない」

ゆっくりと起き上がりながら、それでも尚言葉を続ける。

「あれは、集団戦術……一つ前の世代ならば間違いなく活躍できたに違いない代物だ。だが、今の少人数での部隊運用の上では、何の意味も成さない、時代遅れの魔法でしかない」

「……確かに、直に見た私も、大部隊相手では絶大な威力を誇ったように見えたけれど……色々疑問に残る所は多かったわ」

間違いなく強力ではあった。だが、それは果たして、今後も通用する魔法なのか、とも疑問視していた。


「どんな魔法も、極めれば確かに威力は強くなる。実用性も高くなる。そう言った意味では、砲撃魔法はある種、一つの到達点であるとも言える。だが、あれはこれからの先の時代には、ついていけない」


 主力同士のぶつかりあいがなくなった世界。

少数部隊同士の戦いが頻発化し、それによる戦果で戦術も、戦略までもが捻じ曲げられる戦場。

それでいてより近代的に、戦果は効率的に挙げられるように進化していく。

かつて万能と謳われた魔法ですらその枠に囚われ、戦術にそぐわぬ魔法は置いて行かれる、そんな時代であった。


「個の力が重要視される時代になりつつある。部隊単位の戦術はより複雑化し、魔法もそれに見合う、限られた範囲のもので十分になってくる。対軍魔法や対集団魔法などは張子の虎になる」

「衛星魔法は、その需用に叶う魔法であると、貴方は考えているのね」

「そうだ。究極、少数精鋭が活躍する世界において、この魔法はその最大の特徴たる『個』の力を極限まで引き上げられる。代償は大きいが、瞬間的な戦闘力ブーストは従来の魔法など比べ物にもならんはずだ」

ここまで言うと、アル・フラは懐に手を入れ、本を取り出した。

「これは、私が今までこの魔法を研究するにあたって、要点をまとめたモノだ。私の研究の、その全てだと言ってもいい」

そして、その本をエリーシャに差し出した。

「私に……?」

「君に受け取って欲しい。私にはロクに扱えない魔法も、君ならば活用し、実戦データを取る事も可能だと思った。私はもう長くないが、この魔法がいつの日か、正しく完成し、君の戦いに役立つ事を願うよ」

「……解ったわ。アル・フラさん。感謝します」

忘れてはいけない、とエリーシャは思った。

自分を信じて、他人がここまで身を粉にしてくれる。それを忘れてはならないと。

一つの研究の為、自分が信じるものの為に全てを捧げた彼を、決して忘れてはいけないと思ったのだ。

「必ず。ええ、必ず、貴方の魔法の実用性を証明してみせるわ。だから、無理をなさらないで」

アル・フラの手を引き、立ち上がれるように補助する。

立ち上がったアル・フラは手をそのままに握り、嬉しそうに笑っていた。

「ありがとう。これで私も、人の生活に戻る事が出来そうだ」

それは、憑き物が落ちたような、そんな清々しい笑顔であった。


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