#7-3.銀色と亜麻色と金髪と
「あ、師匠、お目覚めですか?」
目が覚め、起き上がると、エルゼがベッドに腰掛けていた。
見ると人形達を腿の上に乗せ、何やら遊んでいたらしかった。
紺色の、白いフリルの付いたサマードレス。薄い布地から覗く二の腕は細く、華奢であった。
「ああ……エルゼ、君はいつから?」
「先ほど来たばかりです。大切な用事があって、アリスさん達が、もうすぐ起きるかもしれないと仰るので、待たせていただきました」
「……なるほど」
寝ている間は無防備になるので、『誰であっても通さないでくれ』と頼んでおいたはずなのだが、どうにもアリス達はエルゼには大甘らしかった。甘々である。
『申し訳ありません、エルゼさんが大切な用事と仰ったので、つい――』
「構わないよ。エルゼなら悪戯もしないだろうしね」
主の命に反したのを恥じてはいるらしく、申し訳なさそうにペコペコを頭を下げるアリス達に、魔王は気にせず手を左右に振って苦笑していた。
「それで、大事な用事とは?」
「はい、最近トルテさんと会えてません。寂しいです」
ものすごく大事な用事であった。
「……そうか、寂しいと辛いもんなあ」
「はい、エリーシャさんとも会えませんし、私、今ある本だけでは飽きてしまいました」
実にお姫様らしい重要案件であった。事は急を要する。
「……解った。用事もあるし、ちょっと人間世界に行ってみるか。ちょっと待ちたまえ――」
魔王も弟子には甘々であった。
思い至るや、すぐさま立ち上がり、机の前のぱそこんを操作する。
通信内の監視の目は増える一方であるが、同時に魔王はいくつかの『裏技』を駆使して、それを回避する術を最近になって編み出した。
カタカタ、と、手馴れた調子ですばやくキーを打ち込み、狙いをつける。
「アリスちゃん、エリーシャさんの魂を追跡してくれ」
『かしこまりました』
主の要請に伴い、アリスは目を見開き、追跡モードに移る。
ぱそこんがアリスの魔力を拾い、データ化された魔力はぱそこんに記録された魂を追跡していった。
程なくぱそこん内で検索が完了し、エリーシャの居場所が特定される。
『見えましたわ。アプリコットの自宅にいらっしゃいます』
「よろしい。ではアプリコットに行こうか」
この魂追跡システムの素晴らしい所は、従来の魔力探知によるぱそこん使用者の検索と異なり、ぱそこんに記録した魂を検索材料に、その魂の追跡の担当をアリスなどの自動人形が行う事によって、人間側からの妨害を受けにくくすることである。
更に、最後にぱそこんを使用した場所を特定できるのみの従来の魔力追跡と違って、その魂を持つ存在がどこにいるかを世界中の端末から逆探知する事が可能である為、近くにぱそこんがありそうな環境ならば、実際に対象がぱそこんを使っていなくても容易に追跡できるのだ。
この世界においては裏技とも言える方法であるが、元々はこういった使い方によって魂の追跡をするのがぱそこんの本来の正しい使い方であるらしく、同時に魂を視認・識別する事の出来る自動人形との併用によってその機能を更に拡大・強化することが可能であった。
「あの、一体何が……」
だが、エルゼは専門的過ぎるその光景を、魔王らの後ろからよく解らないままに眺めていた。
何がすごいのかよく解らないのだ。
「まあ、このぱそこんを使えば、予め設定してある魂の情報を元に、エリーシャさんの居場所をある程度把握できるという事だよ」
「わあ、そうなのですか、よく解らないですけど、すごいですねっ」
エルゼは、しかし魔王の言っている事など微塵も理解できず、ただ感情のままはしゃいでいた。
「とりあえず、居場所は解ったし、アルルに一言声をかけてから行くとしようかな」
一応彼女が政務担当になる際に、『勝手にいなくなるのだけはやめてください』と頼まれていたので、約束どおり声をかけることにしていた。
ラミアと違い細かい所まで気にするアルルは、魔王が勝手に居なくなるのがどれほどの危機的状況なのかというのをよく理解していたのだ。
「はい、では私はここで待っていますね」
そんなにトルテやエリーシャと会えるのが嬉しいのか、再びベッドに腰掛けながら、ニコニコと満面の笑みで魔王を見送っていた。
魔王から外出の話を受けたアルルは、やや難しそうな顔をしながら「そうですか」とあっさり承諾した。
予めどこに向かうのかと、戦闘の意思があるのか、いつ頃戻る予定なのかを魔王がきちんと説明した為であるが、「止めて勝手にいなくなられる位なら」という考えなのか、アルルはラミアのように止めたりはしなかった。
それからすぐに魔王は部屋に戻り、いつの間にか準備万端の様子のエルゼやアリスと共に出発。
いつものようにエルヒライゼンを経由し、コールした人形達によってアプリコットへと転送。
自宅に向かったものの家は留守だったらしく、仕方なしに以前彼女を見かけたティーショップに向かうこととなった。
時間的に早めの時刻だったらしく、それは昼前の事となっていた。
「……毎度ながら、唐突に現れるわねぇ」
アプリコットのティーショップにて。
のんきに遅めの朝食などをとっていたエリーシャは、突然目の前に現れた一団に、口元を歪めながら皮肉を一言。
鎧などは一切つけておらず、完全にプライベートだというのが解る薄着であった。
「やあやあエリーシャさん、久しぶりだね。あ、席は一緒でいいかね?」
「……勝手に座ってるじゃない。もう。最近見ないと思って安心してたのに」
図々しくも勝手に空いていた席に座る中年紳士に、エリーシャは心底憎たらしげにため息をついた。
「エリーシャさん、こんにちわ。その、お久しぶりです」
エルゼは白い麦わら帽子を被ったままに、ペコリとお辞儀する。
「久しぶりねエルゼ、変わりないようで何よりだわ」
エルゼはエリーシャ的に心象がいいらしく、笑顔で迎えられた。
「……あの、エリーシャさん、私は?」
不憫なのはアリスであった。エルゼと一緒に笑って迎えられると思ったらまさかのスルーである。
「私、あんたにはあんまりいい印象ないのよね……魔法で吹っ飛ばされたりしたし」
じと目で見ていた。心なし冷たい視線であった。言葉も優しくない。
「うぁ……わ、私は別に、エリーシャさんに意地悪しようとしてした訳では……」
「どうでもいいわ。それよりおじさん、何の用事? まさか暇つぶしできたわけじゃないでしょ?」
扱いの冷たさに思わず涙目になってしまうアリスであったが、エリーシャは気にも留めず話を進めていってしまう。
「いや、私ではなく、エルゼがね。君やトルテ殿と会いたいと言うもので」
「……弟子に甘すぎ」
ぴしゃりと言い放つ。今朝のエリーシャは、どうにもあまり機嫌がよくないらしかった。
「でもまあ、そんな用事の為にわざわざきてくれたのは、別にそこまで嫌じゃないわよ?」
あくまでじと目のまま、しかしその言葉は優しさも暖かさも感じられるものであった。
「でも、そうねぇ……トルテと会いたいと言っても、あの子、あんまり外出好きじゃないし……うーん……」
一応考えてくれるあたりが彼女の優しさか、だがそれは難しいことらしく、やはりというか、エリーシャも唸ってしまう。
おもむろにカップに口をつけ、静かにお茶を啜る。
「まあ、声だけはかけてみるけど。それで無理そうなら諦めてよね」
カップをおいて、難しそうな表情のまま、それでも前向きな返答をしてくれたのだった。
「本当ですか!? ありがとうございます、エリーシャさん!!」
多分無理かなあ、などと魔王が思っていたのに対し、エルゼは一片の疑いもなく、満面の笑みで立ち上がり、エリーシャの手を取ってはしゃいでいた。
「ほ、ほんとに声かけるだけだからね? 別にそんな、説得とかしないし……」
そのはしゃぎっぷりがあまりに無邪気だったからか、エリーシャも困り果てた様子でぶんぶんと振られる手をそのままにしていた。