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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束
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#6-3.皇帝の昔話

「エリーシャ、というか、ゼガの家系の血筋が俺の……つまり、皇室の家系と同じだと気づいたのは、偶然だったんだ」

前菜を行儀悪くフォークで突き刺しながら、皇帝は話の続きを始める。

「偶然、と言いますと……?」

そんな父の様に行儀悪いなあ、と思いながら、トルテは静かにフォークを置く。

「若い頃、俺とあいつはある街の酒場で出会って、酒を飲んでる時に意気投合してな。それで仲良くなったんだが、あいつは城の宝物庫を見たいと言い出して、酔っ払ってた俺は気前良くOKしちまってな」

「お父様、お若い頃から酒癖が悪かったのですね」

呆れるような娘の視線にテレ笑いながら、皇帝はボウルのサラダを突き刺して頬張り、フォークをトルテに向ける。

「まあそう言うな。とにかく、それで約束どおりあいつに宝物庫見せることになったのは良いんだが、あの野郎、事もなげに飾ってあったシュツルムバルドーを構えて素振りを始めやがって」

あの時は参ったぜ、と豪快に笑うが、やってることはとんでもないことなのではないかとトルテは思ってしまった。

お父様、豪快すぎ、と。

「アルム家の者以外が触ったらやばい事になるって言い伝えがあったし、実際泥棒が触って死んだ事もあったから流石に焦ったんだけど、あいつはピンピンしてるし、『あれ、こいつもしかして同じ血筋なんじゃねぇの?』って思ってよ」

「なんか……ものすごい適当な決め方なんですね」

「まあ俺もそう思うが、でも皇位継承って、混乱期にはあの剣振らせて生き残った奴が皇位についたって話だからな。少なくとも血筋に関しては間違いないって解る訳だろ。結局どこの時点であいつの家系が分かれたのかはあいつにも解らなかったようだが」

つまり、代々の皇帝が大味すぎる人だったのだろう、とトルテは思った。

ご先祖様、豪快すぎです、と。

「お姉様はこのことはご存知なのですか?」

「知らんはずだ。授けた際にもあいつには『この剣は選ばれし者以外に振らせるとやばいから然るべき技術者以外には絶対に触れさせるな』と言いつけてある」

忠告も大味であった。

「まあ、それをお姉様が信じたかはともかくとして、血筋に関して隠したのは、何か配慮があっての事ですか?」

「うむ。まあな、あいつは元々普通の子として生きたいって思ってたから、悪戯にこちらの世界に引き込むのもどうかと思ったのもある」


 実際には皇帝は一度だけ、ゼガが亡くなった際に、彼女に対する罪悪感と居た堪れなさから皇室に入るように交渉したのだが、エリーシャはそれを蹴り、一人村へと戻ったのだ。

それを「お前は皇室の血筋だから城で暮らせ」などとどうして言えた物か。言えなかったのである。

エリーシャが育ち、勇者となってからも、自由を愛するその気質は皇帝にも良く解っていたので、それを必要以上に束縛したなら、自分の手元を離れいなくなってしまうのではないかという危機感も感じていた。

皇帝にとっては娘同然であり、親友の娘であり、国を救いうる優秀な勇者である。

手放したくない、という感情も皇帝には少なからずあった。


「先ほどの話と絡めて気になりましたけど、お姉様も、もしかして私同様、外見の年齢があまり変わってないというのは、もしかして……」

トルテは、皿に入った乳白色のスープをスプーンでそっと掬いながら、疑問に思ったことを問うてみた。

「ああ、お前と比べると歳が止まるのが遅めだが、その傾向はいくらか見受けられるな。もう三十近いだろうに、二十前後の娘と違いが無い」

皇帝はというと、カチャカチャと音を立てながら無作法にスープにスプーンを入れ、それを音を立てて啜っていた。

エリーシャは現状、世界的にはやや年増に入りかけている外見年齢になっている。

子供が一人二人いてもおかしくない、というよりいないとおかしいと思われる年齢と言っても差し支えない。

ただ昨今の流行からエリーシャ位の外見年齢の女性の方がむしろ色気があってよろしいという風潮が広まり始め、現状可愛い系より綺麗系、ただ若い経験の無い娘より経験豊富な熟れた女性の方がウケがよくなっているのは皮肉ではあるが。

「そもそも、何故女性だけ歳を取らないのでしょうか? 男性でそうなってる方はいないのですか?」

「いないようだな。歴史上、歳を取らなかったのは女性の皇族のみだ」

なんとも不思議な話である。遺伝的な突然変異として考えるにも不自然極まりない何かがあった。

「あくまで伝承レベルの話だがな、二代目当主のリリアという女性がいて、そのリリアが呪いか何かを受けた結果そうなったのではないかと言われている」

「よ、よりにもよって呪いですか……」

背筋が冷える話である。いくら夏だからと、自分の命運に関わりかねない怪談はやめて欲しいとトルテは素直に思った。

「アルム家の血筋の女は、やたら茶系の髪色になる事が多いらしくてな。お前もだし、叔母上もそうだった。エリーシャもそれに近いだろ? リリアもそうだったらしい」

「髪の色は、それは遺伝するでしょうけど……呪いも遺伝するのですか? なんだか怖くなりましたわ」

「まあ、女にとっては永遠の若さってのは望んでもそうそう手に入るものじゃないらしいし、ある意味お得なんだがな……目立った生き方が出来ないから存外辛いのかもしれんが」

だからこそ歳を隠す為の化粧が流行り、外見だけでも歳若く保とうとする為に健康に良いとされる様々なマジックアイテムが出たりもするのだが。

別段寿命が無限にあるわけでもなく、ある程度の年齢になれば普通に死ぬのだから、外見だけ若くともあまり意味は無いのだが、そんな不死ですらない不老であっても、世の女性達にとっては喉から手が出るほど欲しがるもののはずであった。

それだけの為に外道の域に堕ちて魔女となってしまう女性が後を断たないほどには。

「私は、私の好きな人たちと幸せに生きられて、幸せに死ねればそれでいいんですけどね」

それが理解できないとばかりに、トルテは小さく俯き、冷たいビシソワーズを口に運んだ。

良く冷えていて美味しい、と微笑みながら。


「お父様は、何故あの剣をお姉様に渡したのですか? 勇者として大成させたくてですか?」

口直しに出されたグラニテに舌鼓を打ちながら、話は続く。

「昔ゼガにあの剣をくれとせがまれてな。俺は結局、『国の宝だから無理だ』と断ったが、それをずっと後悔してたんだ。あいつの手にあの剣があれば、もしかしたら魔王を打ち倒せたのではないか、なんて思えてな」

ほどなくして魚料理が運ばれてくる。香ばしく焼きあがったソテーに、果物のソースが添えられていた。

「おお、これだこれだ。ラムで食ったときにこれがたまらなく美味くてな。このオレンジのソースをつけて食べるのだ」

「はあ……つまり、お父様は、同じ後悔をしたくないから、お姉様に託したのですか?」

言われた通りにソースをつけ、ソテーを口に運ぶ。

「あ、美味しい……」

確かに美味しかったらしく、トルテは一瞬頬を綻ばせた。

「だろ? まあ、そういう事だ。とは言っても、一振りでは今の魔王を仕留める事は叶わなかったようだがな……」

エリーシャが魔王ドール・マスターと戦い、瀕死の重傷に陥ったのは皇帝にとっては今でも思い出したくないトラウマであった。

よりにもよってエリーシャまでもが、と絶望しそうになっていたほどには。

「かと言って、女の腕で両手にそれぞれ剣を持つのは厳しい。男ですら鍛えてないとまともには振れんからな」

近頃中年太りが過ぎている皇帝も、その腕の太さは贅肉ではなく筋肉により形成されているものであった。

「あの剣は間違いなく対魔族戦の切り札になる。だが、それを活かせる者がこの世界には限りなく少ないというのは、皮肉な話だな……」

皇帝自身は既に年老いてきており、全盛期ほどに剣のキレはないと自覚していた。

エリーシャは女の身でよくやっているが、両手に長剣を扱えるほどの筋力は流石に無い。

シフォン皇子に至っては皇帝が意図して政治に重きをおいて育てた所為であまり筋力がなく、正直剣より魔法でも覚えさせた方が才能があるかもしれない有様である。

人類の至宝とも言える人類圏最強の二振りのアーティファクトは、その実その威力を最大限に活かせる遣い手には恵まれていないのが現状であった。


「これ、パン貴族の方の新作のクリームドーナツですわね。間にクリームが入ってふわふわなんですのよ」

肉料理は静かに食べ、食後のデザートが用意されていた。

おいしそうな色の焼き菓子に、トルテは眼を輝かせる。

「そうらしいな。俺は甘いものはあまり好きではないから酒で良い」

言いながら、皇帝はゴブレットに注がれたぶどう酒をごぷりと飲み干す。

「それにしてもなんだ。シフォンの奴はヘーゼルと二人で食事をとってるし、なんとも寂しい食卓だな」

結婚してからと言うもの、シフォンは皇室とは別に、愛妻であるヘーゼルと二人きりで過ごす事が多くなっていた。

元々いちゃつきたかったのに世の中の流れの所為でそれができなかった為、長年溜まっていたそういった欲求もあって、結婚後は二人だけの世界を作り出してしまっているらしかった。

「お姉様もお誘いしたのですが、何か用事があるのだとか……お父様のご用ですか?」

「いや、出陣はまだ少し先のはずだが。まあ、あいつにもプライベートな時間があってもいいだろう」

家族同様に扱いすぎて時折平然とそのラインを踏み越えてしまっているが、エリーシャ自身が引くそのラインは本来厳格なもので、それを無思慮に踏み越えた者には容赦しないのが彼女のはずである。

国の為皇室の為にと影に日向に頑張っている功労者ながら、時にはその彼女を労わり、少しでも人生を楽しんで欲しいと皇帝は願っていた。


「お姉様、お一人だと泣いてしまうから、できれば一人にさせたくないのですが」

「一人で泣きたい夜もあるんじゃないか?」

言うだけならば勝手な想像であった。


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