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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束

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#5-2.誘拐事件勃発2

「エレナ司教が、独断でな……」

一週間後。大聖堂の謁見の間にて。教皇リリシア・R・タンゼントは、配下であるデフ大司教の報告を受けていた。

報告の内容は、人事部門の統括であるエレナ司教が、職権乱用の末、いくらかの司教やテンプルナイツの指揮官層に独断での地方出向を命じていたというものであった。

まだ若いタンゼント教皇は、頼りにしていたグレメアが急逝した事もあり、不安そうな面持ちで、この新しい側近の顔色を窺っていた。

「エレナ司教は、先日召されたグレメアの孫娘であると聞いている。以前は勤勉に神に仕え、人々を支えた優秀な聖人であったのだろう」

「グレメア殿が亡くなられ、心のバランスが崩れてしまったのかもしれません。私としましても、エレナ司教ほどの有能な人材を、一度過ちを犯したからと、すぐ処断するのはなんといいますか、勿体無く感じます」

優しげに微笑みながら、デフは聖人の顔で教皇に猶予を求めた。

「とはいえ、何のお咎めもなしではエレナ司教だけでなく、グレメア殿の名に傷が付きます故、しばしの間は反省してもらう事として、その後、私の元で指導し、再教育を施したいと存じます」

「うむ……拘束することは許可する。できる限り配慮してやって欲しい。任せたぞ、デフ大司教」

「お任せ下さい。道を誤った者を教育しなおすのは、私の配下、指導院の役目でございますれば」

その返答は教皇を満足させるものであったのか。小さく頷く教皇に、デフ大司教は鼻で息し、笑う。


「指導と言えば、セレッタ『元』大司教ですが、アレはいけません。残念ながら、心の奥底から腐りきっております」

先日、罪状が確定したセレッタは今、デフ大司教の管轄する指導院にて『再教育』を施されていた。

死の間際までにわずかなりとも神の御心に触れ、安らかな心持のまま逝けるようにとの判断である。

「そうか……グレメアを疎ましく思い、余の信頼を勝ち取ろうとせんがために及んだ凶行だと思っていたが……事の外、人の心とは解らぬものだな」

「誠に。以降、あの者の傘下にあった医学院は私の配下として取り込むことと致します」

心底残念そうにかつての配下を思う教皇とは裏腹に、デフ大司教は欲望のまま、抜け目なく手回しをしていた。

「構わぬ。上手く正しく役立ててやって欲しい」

「猊下の思われるままに」

セレッタの処刑まで後二日。

それが済めば、次はエレナ司教を拘束し、教化の名の元に拷問にかけ、その心を破壊し尽くす。

教皇は、自分に向け朗らかに笑うこの中年聖人が、その実、極度の拷問マニアという異常性癖を持った、正しく変態的な存在である事は露ほども知らず、自身の意に沿って従ってくれる事に心地よさを覚えていた。



 しかし翌日、事態は更に急変した。

デフ大司教が、迫り来る魔王軍の対処の為に軍の再編成を行っていた時の事。

その隙を突いてか、セレッタ元大司教が指導院から逃亡したとの報が大聖堂に流れたのだ。

突然の不手際にデフ大司教は激怒し、すぐさま配下に追跡を命じたが、その足跡は追う事もままならず。

「なんとしても探せ!! セレッタを見つけろ、殺しても構わん!! 急げ!!」

デフ大司教は、焦りが隠せなくなっていた。

目に見えて言動が粗暴になり、温厚な表の顔はなりを潜め、配下に激しく当たる。

彼にとって都合の悪いことに、セレッタの追跡もままならぬ間に魔王軍は更に侵攻し、エルフィルシア近郊まで亡霊の姿が確認されるようになってしまった。

この混乱期においては、最早罪人の処刑などに拘っている訳にもいかず、やむなく目の前の魔王軍への対処をしようとした所、第二のカオスが発生する。

 今度は、エレナ司教が行方知れずとなったのだ。

セレッタに続き、拘束される寸前であったエレナまでもが聖堂内から忽然と姿を消してしまった。

口封じの為に消すつもりだったセレッタと、対立勢力になり得るだけの信望を持つエレナ。

この二人ともを都合よく歴史から消し去るつもりが、二人ともに逃げられ、デフ大司教は大いに混乱した。

不思議な事に、指導院が彼の指示の元、やむなく二人の追跡を一時的に断念したのと同じタイミングで、魔王軍はエルフィルシア目前まで進めていた軍を、リダ陸海諸島部まで後退させた。

巷では、「まるで魔王軍が二人の逃亡を助けたようだ」と噂され、元聖人二人の魔王軍との関与まで疑われたが、こちらは教会にとっても都合の悪い話の為、うやむやのまま噂は噂として立ち消えた。



「……うっ……」

それは、暗く日の当たらぬ場所であった。

冷たい床と、時折聞こえる漏れ水の落ちる音。

蕩けるような感覚を最後に、その夢から醒めた彼は、目の前の暗い世界に違和感を覚えていた。

「ここは……」

思い出せない。何故自分がここに居るのか。ここはそもそも何処なのか。

彼は、その有様にわずかばかり恐怖を抱きながら、目を覚ます前まで入っていたはずの牢屋とは違うその場所に、妙な好奇心を覚えていた。

少しして、やがて眼が暗さに慣れていく。牢には違いないらしく、そんなに広い場所ではないのも、彼には感覚的に感じられた。

コツリ、コツリ、と、遠くから響く音。

それが誰かの靴音であると気づくと、今度は、それが誰なのかという疑問を感じた。

靴の音が近づくにつれ、やがて、目の前の壁にポウ、と灯りが反射するのが見える。

そして靴音はすぐ近くまできて、そうして、カンテラを持った影が、彼の牢の前で足を止めた。

「目を覚ましたようだな。なんだ、思いの外元気そうではないか」

男の声だった。

影はによによと善くない笑いを浮かべ、彼を見下ろす。

「……ここは、どこだ」

自分にかけられた声だと思い、影の男に問うた。

「ここは何処だって? まるで記憶喪失の青年のようだな。次は『私は誰だ』と言うのかね?」

その問いがあまりに滑稽に思えたのか。男は大きく口を開き、嬉しそうに笑っていた。

「教えてやろう。ここは魔王城。解るかね? 魔王ドール・マスターの城だ。その牢獄だよ」

「冗談は好きではない。捕らえられたとはいえ、私は大司教……『女神の祝福教会』のセレッタ大司教だぞ」

あざ笑われたように感じて屈辱を覚えたのか、セレッタは男を睨みつけていた。

背の高い、黒い外套を羽織った男だった。良く見れば、すぐ後ろに共連れか娘か、品のよさそうな少女を連れていた。

「元、だろう。今はただ捕らえられ、そして、魔王軍に助けられた、ただの罪人だ」

「貴様っ、まだ私をっ!!」

激昂するセレッタに、男は小さな溜息をついていた。事実を述べているのに、何故怒るのだ、と。

「現実を見たまえ。ここが大聖堂の拷問部屋に見えるかね? 部下に聞く限り、ここは君が押し込められていた牢屋よりは、いくらかはマシな作りのはずだが」

「……それは――」

言われてハッとする。

カンテラを当てられ、牢屋が照らし出されると、なるほど、確かに彼が目を覚ます前に居た牢屋と比べ、床は綺麗だし、全体的に見て、牢屋でありながらそこまで不衛生ではないらしかった。

「……貴様は、何者だ」

「魔王だよ。初めて会うだろう」

セレッタは、どうせまともに返って来ないに違いないと思って男に問うたが、やはりというか、自信満々に返ってきたその答えは彼にとって素っ頓狂としか言いようのないものであった。

「もういい。そんなふざけた答えしか返ってこないのなら、何を聞いても無駄だ」

「ああ、さっきの女もそんなような感じだったなあ。聖人って奴は、本当に無礼というか、まあ、外見上仕方ないのかもしれんが」

頬をポリポリと掻きながら、この『自称魔王』は苦笑していた。

「……さっきの女?」

その呟きはセレッタをして無視できなかった。気になってしまった。

「エレナという女の司教だよ。どうにもきな臭い事になっていたから、君共々誘拐しておいた」

やってる事はとんでもないが、そのまま言う通りならば、それはただならぬ話であった。

「会わせろ。そのエレナと私を会わせろ。今すぐにだ」

「別に構わんよ? アリスちゃん、連れてきてくれたまえ」

言いながら、自称魔王は、後ろに控えていた少女に顔を向けた。

「かしこまりました」

小さく頭を下げ、アリスと呼ばれた少女はどこからかもう一つカンテラを取り出し、静かに去っていく。


「……」

「……」

男二人。特に話す事もなく、無駄に時間が流れていった。

「何か一言くらい話したらどうなんだ。『何故私を誘拐したのだ』とか」

やがて空気に負けて自称魔王が溜息混じりに呟くと、セレッタはその顔を睨みながら、言葉をぶつける。

「自分を魔王などと呼ぶ怪しい男の言う事など、何の当てになるというのだ。狂人め」

自分のことを敬わないのもさる事ながら、嘲るように嘘を言うこの男に、セレッタは深い不信感を抱いていた。

第一印象というのは大切なのだ。人との信頼とはそれ次第で容易く紡がれもするし断絶もする。

その辺り、この目の前の男というのは全く出来ておらず、人との付き合いが下手なのが良く解る。

セレッタは、自分が悪党であるが故に、相手の人となりを初見である程度把握できるつもりであった。

「お連れしました」

また沈黙が支配しかけていた頃、アリスが戻り、一緒に連れていた女を前に出した。

「……エレナ司教」

あろうことか、本物のエレナであった。

「セレッタ大司教」

それなりに驚いたセレッタではあったが、エレナはそうでもなく、仇敵として鋭く睨みつけていた。

「貴方がお爺様の暗殺を指示したと聞いたわ。本当なのかしら」

セレッタにしてみれば、それはさほど不思議でもない態度であった。

彼女の尊敬する祖父であるグレメアは、彼の手の者によって暗殺されたのだから。

「話を持ちかけたのはデフだ。まさか私が謀られるとは思いもしなかったがな」

この上言い訳するつもりもなく、事の顛末を素直に吐く。

「貴方がやったのね」

何の温かみもなく、色もなく。エレナは再度、同じ事を聞いた。

「そうだとも。私が部下にやらせた。邪魔だったからな」

「邪魔だった!? それだけの為に!?」

激昂したのはエレナだった。冷静に徹しきれないのだ。黙っていられないのだ。

鉄格子に手を掛け、目を吊り上げて怒りを露にしていた。

その様を見て余計に面白く感じてしまい、セレッタは鼻で笑った。

「何がおかしいのよ!?」

「下らん。私達は権力闘争をしていたのだろう? 生きるか死ぬかの闘いだ。そしてグレメアは負けたのだ。負け犬だ。お前達良識派は、最早形骸と化したのだろう?」

それは、彼としては若干、自嘲も含めての言葉だったのだが。

激昂したエレナには通じないらしく、結果は更なる怒りを買ったに過ぎなかった。

「負けてなんてないわ。私が居る限り、私が生きている限り、そんな事ありえない!!」

「教会の中枢はデフに握られた。お前に何が出来る? 精々、私を嘲笑う事くらいしかできまい」

悪戯に喚き散らすエレナを前に、相手にするのもバカらしいとばかりに、セレッタは床に腰掛けてしまった。


「……君達、私の存在を忘れてないかね?」

二人の壮絶なやり取りを見て、やや遠慮がちに隅っこに立っていた男が声を掛けた。

「ああ、失礼しました」

ヒートアップしていたエレナだが、男の言葉で我に返り、一歩下がる。

その変わりように、今更ながら忘れていた事を思い出した。

「エレナ司教、結局その男は何者なんだ? お友達か?」

そう、この男の素性である。エレナの態度から、彼女ならばそれを知っているのではないかと思ったのだ。

「何者って……そうね、知らないのも無理はないわ。こちらは魔王……私達がドール・マスターと呼んでいた相手よ」

しかし、あろう事かエレナまでこの男の与太話に乗り、同じような事を説明してきたのだった。

「……私は真面目に聞いているのだが?」

セレッタは、エレナの正気まで疑ったが、その態度には思うところあってか、エレナは溜息をついた。

「私も貴方と同じ状態だったわよ。でも、流石に目の前に下半身が蛇の女や、背中に羽を生やした女なんて立ってたら、感情的に否定したくても、できないじゃない」

皮肉な事に、エレナはそれを目の当たりにしてしまい、セレッタのような現実逃避すら許されなかったらしい。

「もう一度言うわ。この方は……魔王ドール・マスター、その人よ」

目を伏せ、もうどうしようもないとでも言わんばかりに、エレナは駄目押しした。


「……」

セレッタはというと、絶句していた。

当然である。自称魔王だとか狂人だとか、さんざん見下し罵倒してきた相手である。

目の前の、背が高いだけの人のよさそうな中年男が、まさか本物の魔王だなどと誰が思うのか。

彼より先にそれを認めたエレナですら、その、下半身蛇の女だのを見せられて納得したようなものなのだ。

「納得してくれたかね? 私はずっと魔王だと言っているのに、全く、本当に君たちは疑い深くて困る」

「お言葉ながら、この男を擁護するつもりはないですが、人間世界において、魔王とはその……もっと恐ろしげな存在だと聞いているのです」

呆れたように溜息をつく魔王に、エレナは恐る恐るながら、自分達の置かれていた状況を説明していた。驚くべき胆力である。

セレッタなど、その存在を認識してしまい、何を言えばいいかも解らなくなったというのに。

「まあ、解らんでもない。私とて、戦場では容赦なく人を殺す」

その言葉があまり面白くなかったからか、魔王はやや不機嫌そうに、エレナの顔を眺めた。

「だが、私は『魔族の盟主』等と言われ恐れられてはいるが、身内の殺し合いなんて下らん事にかまけている人間よりはマシだと思うがね」

「返す言葉もありません」

痛い言葉だったのか、魔王の返しには素直に頷き、エレナは黙った。

「ま、魔王だったとして……仮に、貴方が魔王だったとして、私をどうするつもりなのだ……?」

わずかな沈黙の末、ようやくセレッタが搾り出した言葉がそれであった。

結局、最初の話に帰結する。

「私としては、君のようなクズは殺しても構わんと思っていたが、幸いな事に君には利用価値があるらしい」

やれやれ、と、肩をすくめながら出た言葉は恐ろしいものであったが、それが死に直結するものではないと感じるや、セレッタはわずかばかり安堵を感じていた。

「『その時』が来たら、お前には働いてもらおう。それまでの間、この牢で自分の歩んだ人生でも反省していたまえ」

言いながら、魔王はエレナやアリスに促し、牢に背を向けていた。

「ま、待て!! 私は牢屋で、エレナは違うのか!? 何故だ、同じ人間で、何故!!」

「同じ人間? 笑わせるな。魔族はな、お前のような偽善者を蛇蝎の如く嫌うのだ。牢に入れてもらえてありがたいと思えよ。城内に放し飼いになどしたら、城の者達に惨殺されていた所だ」

振り返る事無く背中から返ってきた言葉は、セレッタを黙らせるに十分な威圧感を伴っていた。


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