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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#4-1.逃げた魔王

 ある秋の日。魔王は玉座の間で人形を愛でていた。


 人形と言ってもアリスのような自動人形ではなく、一昔前の金持ちが娘に買い与えるような少女人形である。

球体関節を持ち、大きさはアリスの一回り程大きい。

以前カルナスの街で出会い、そして悲しくも戦い別れに終わった勇者エリーシャの忘れ物である。

宿屋の一室に大切そうにしまってあったのを魔王が発見し、回収しておいたのだ。

魔王から見ればそれほど珍しくもない、古めの人形に過ぎない品であったが、一時は自らの趣味を理解し受け入れてくれた彼女の大切な友達である。

魔王は自分の手持ちの人形と同じくらいに大切にしていた。


 魔王が、そんな、主人に忘れられた可哀想なお友達を手入れしてやっている時である。

「陛下、お茶のご用意が整いました」

最近女官として城仕えになった魔女族の娘が、魔王の下に来てそう告げた。

「お茶? いや私は別に頼んでいないが……」

「――えっ?」

意外そうな表情で顔を上げる魔女。長い茶髪が揺れ、その美貌を魔王に惜しげもなく晒す。

「だから、私はお茶の用意など頼んでいない。一体誰が言い出したのだ?」

意地悪を言っているつもりはなく、魔王は本当に知らなかった。

そもそも魔王は元々あまり飲み食いはしない。そんな事をする時間があれば趣味に没頭する。

人間世界にお忍びで来た際には観光がてら美味いモノを食べたりもするが、原則魔王は間食はしない人なのだ。

「あの、黒竜族の姫君が、陛下とお茶をするから、と言っておりましたので、てっきり――」

犯人は例によって黒竜姫だった。

「またあの娘か。つくづく私のペースを乱してくれるなあの娘は……」

一度や二度なら可愛げもあろうに、魔王が気まぐれで参加したのを良いことに、毎度のように勝手にセッティングしてくるのだ。

まったりとしていたい魔王には鬱陶しい事この上なかった。

「あの、ではお茶は……」

「君には悪いがな、パスだパス」

「は、はあ……」

この娘には悪いとは思いながらも、黒竜姫の身勝手な押し付けでお茶会をさせられるのもうんざりしていたので、今回はスルーする事にした。


 女官が困った顔をしながら立ち去ってから間も無く。

魔王は顎に手を当て思案をめぐらせていた。

「とはいえ、これで部屋にこもるとまたやかましくなるか……」

これからどうするか。

黒竜姫を無視しても、どうせ訳を知った彼女は何かとわめきながら部屋に押しかけてくるだろう。

最低限の礼儀は弁えるようになったとはいえ、やはり傍若無人な事に変わりは無い黒竜姫は、やはり魔王からみればあまり関わりたくない部類の相手である。

どうしたものかひとしきり迷った後、魔王は立ち上がる。

「よし、あそこに逃げ込むか」

ようやくどこに行くかが決まり、足を向ける事にした。



 人形を私室に戻し、魔王が向かったのは魔王城の離れの塔。

荘厳なつくりの魔王城の中にあって、花香り小鳥が舞う可愛らしい造りの塔である。

この塔は通称『楽園の塔』と呼ばれており、魔王のハーレムに入った女性が住まう住まいとしてつい最近建造された。

勿論魔王はそんなもの望んでいないのだが、ラミアが勝手に建造させた。かなり強引な手法で予算をもぎ取りながら。

現在この塔に住んでいるのは数名ばかりだが、ラミア曰く「世界中から美しい娘を集める予定」なのだという。

魔王は思い出しうんざりしながらも、魔王城の造りに疎い黒竜姫から隠れるにはちょうど良い場所だと思いながら入っていった。


「あら、陛下ではないですか、いらっしゃいまし」

魔王が最初に出会ったのは、エルフの王女・セシリアであった。

謁見した時と違って、赤いカチューシャをつけ、スカート丈の短めなチュニック姿。

「君か。いや、ちょっと面倒があってね――」

言いながら、魔王がセシリアに近づく。手には、小さなかごを持っていた。

「それは?」

「お庭にアイスベリーがなっていましたので、これでジャムでも作ろうかと」

「ほう、ベリージャムか。それはいいな」

にこにこと機嫌よく笑うセシリアに、魔王もついほころんでしまう。雑談なんかも振ったりする。

「他の二人は今日は一緒ではないのかね?」

城内で良く三人一緒にお茶をしているのを見ている為、魔王はこの王女達はいつも三人で行動しているものとばかり思っていた。

なのに、今はセシリアだけなのだ。

「グロリアとエクシリアは、今はお部屋にいるのでは?」

「いつも一緒ではないのか?」

「元々、私達三人は登城の道で初めて出会っただけですので――」

「そうか」

割とそっけなく返す辺り、普段から一緒という訳でも無いのか、セシリアは気にする気配も無い。

「――ところで陛下」

「うん?」

話の途切れ目だった。次に何を話すか魔王が考え始める間も無く、セシリアが話を振る。

「こちらにいらしたという事は、この塔の『どなたか』に御用が?」

セシリアは少し恥らうように頬を染め、魔王を見上げた。

華奢なエルフの王女が、魔王をじっと見つめている。その意図は聞くまでもなく解ってしまう。

「『そういう』つもりじゃないんだ。悪いがね」

「あら、そうでしたか」

一瞬で元のあどけない笑顔に戻る。

セシリアは三人の中で一番幼く見えるが、恐らくこういった駆け引きでは他の二人以上に長けているのだろう。

一緒にいると安心する普通さながら、一番油断ならない娘だと魔王は感じていた。

「陛下、『そういった』御用でないのなら、私の部屋でお茶などいかがですか? 美味しいハーブティー等が揃っていますよ」

「蜂蜜酒はあるかね?」

魔王は紅茶より酒派である。そしてザルである。

「勿論ございますわ。ポテトのチップス等もあったりします」

横に長い耳をぴょこぴょこと振りながら、セシリアは気の利いた言葉で返す。

聞いたことに対して一つも二つもおまけを付けてくれる気の利かせ方は、あまり気の利かない部下ばかりの魔王城にあって中々心地よかった。

「よし、ではお邪魔しようか」

「はいどうぞ。ご案内致しますわ」

小さなかごを手に、エルフの姫君は魔王を自室へと誘った――



 その頃、中庭では。

「なんで私のお茶会に陛下はきてくれないのよ!?」

上質な白のドレスをはためかせ、細く美しい両腕を大仰に広げ、傍若無人に怒れる美姫がそこにいた。黒竜姫である。

「いや、そんな事言われたって、陛下だって別にいつも暇な訳じゃないし――」

それをなだめるはラミア。

魔王がお茶会をブッチしたという報告をわざわざ伝えに来た娘の命の危機だった。

その場にラミアがいたおかげで黒竜姫がその娘に八つ当たりするのは防げたが、怒りの矛先はもろにラミアに向いた。

「この間は来てくれたじゃない!?」

「毎回来れると思っちゃダメよ。男の人って結構気まぐれなんだから」

(あんたには負けるけどね)

ラミアの、そんな心の声を知ってか知らずか、黒竜姫は怒りを抑える気が更々無いらしく、今も美しい切れ目をくわっと見開いて、事情を伝えに来た魔女族の娘をにらみつけている。

「……っ!!」

その娘はというと、明らかに異質なレベルの魔力のこもった視線に、声すら上げられず苦しげに胸を押さえていた。

「……殺さないでよ。その子、一応陛下の妾候補なんだから」

「陛下には私だけで十分でしょ。なんであんた邪魔してるのよ」

 黒竜姫の怒りの理由はそこにもあった。

最近やたら魔王城に若い娘が増えている。

それも、色んな種族の中で指折りの美女美少女ばかり。

当然自分が后になりたい黒竜姫は面白くない。友達だと思った相手に裏切られた気分である。

「私は、確かに貴方の応援はするとは言ったけど、別に陛下が多くの女性をハーレムに入れる事は反対してないわ。むしろ推奨してるわ」

「それが余計だって言ってるのよ。なんでそんな、ハーレムなんて……」

魔王を独占したい黒竜姫としてはその響きそのものが気に入らなかった。ぶち壊してしまいたいほどに。

「先代魔王程とはいかずとも、陛下にもしっかり世継ぎを作って頂かなくては困るでしょう」

「だから、そういうのは私が……」

「竜族は一度きりでしょ。私は陛下には沢山作っていただきたいと思ってるわ」

「うぐっ……」


 通常、竜族の娘は一生に一度しか子を産めない。

種としてあまりに強すぎるが故に、その数が増え過ぎないが為にそうなっていて、それが為竜族の娘の貞操観念は非常に強い。

その代わりに一度の出産で五つ子六つ子が当たり前なのだが、ラミアはその程度では足りないと言うのだ。

黒竜姫もそこばかりは流石に自分ではどうしようもない為、この指摘には黙らざるを得なかった。


「いやその……別に貴方を蹴落とそうとしてる訳じゃないのよ。陛下の本命候補は貴方でいいじゃない」

「え……?」

うつむき、悔しさの余り黙るを通り越して肩を震わせ涙目になっていた黒竜姫だが、気にしたラミアが困りながらも入れたフォローにはっと顔を上げた。

「要するに、私の思惑と貴方の陛下のお后になりたいっていう思惑はまだ外れてないって事よ」

独占は無理だろうけど、と付け加えながら。ラミアもこの友人をこれ以上追い込みたくないので、少しでも機嫌を直すようになだめる。

以前ならスルーして完全に無視していたものだが、不思議と黒竜姫に対する扱いが柔らかくなったのは、やはり友人呼ばわりされたからなのかもしれないと、ラミアは感じていた。

「……お茶」

少しの沈黙の後。黒竜姫は突然小さく呟いた。

「えっ?」

「お茶が冷めてるじゃない、早く持ってきなさいよ!!」

「は、はいっ!!」

顔の位置はそのまま。突然大きく怒鳴りつけ、ティーポットを魔女に押し付ける。

魔女は怯えながら震える手で受けとり、そそくさとその場からいなくなった。

「だから八つ当たりしないでったらー」

「うるさいわね、いいじゃない別に」


実にはた迷惑な照れ隠しだった。


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