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「失礼するよ。これはいったいどういうことだ? 説明してもらえないか、リサ。起きてみればマスコミは駆けつけてるし、スタッフに聞いたらダニエルは昨夜醜態をさらしたそうじゃないか。何処にいるんだ、ダニエルは?」
新たに部屋に入ってきたのはクリーム色のタートルネックのセーターにツイードのモスグリーンのジャケットを羽織り、縁なし眼鏡をかけた白髪頭の体格のいい男性だった。ジム・H・サンダース。今でこそ数多くのホラー映画やサスペンス映画のヒット作を世に送り出している監督だが、彼のデビュー作は低予算のB級スプラッタ・ホラーだった。
「申し訳ありません、ジム。ちょっと公に出来ない事情がありまして……その」
リサは縋るような目でレイのほうを見た。
「仕方がないでしょう、リサ。彼にも事情を説明してください。それじゃ、俺達は行きます」
「ええ、頼んだわ、デビィ、レイ」
「デビィ、これを持って行って」
ミーナはデビィに小型の銃を手渡した。22口径のベレッタだ。レイは長い金髪をきっちりと結びなおすとデビィと共に部屋を後にした。
ジムは戸惑った様子で彼らの去ったドアを見ていたが、やがてリサに視線を戻した。
「行ってくるって、彼らは何者なんだ? 刑事なのか?」
「今、説明するわ、ジム。ちょっと信じられないかもしれないけれど。とにかく座って。ミーナ、コーヒーを頼んでもらってもいいかしら」
「ええ、いいですよ」
ミーナはフロントにコーヒーを頼むとジムに近付き、右手を差し出した。
「初めまして。昔からあなたの大ファンなんです。デビュー作の『13日は悪魔の祝日』は初日にドライブイン・シアターで見ました」
彼女はホラー映画に関してはかなりマニアックな知識を持っている。
「あれを見たのかね? これは嬉しいな、よろしく、ミーナ」
ジムは彼女の手を嬉しそうに握り返した。
「何だって? それじゃダニエルはヴァンパイアになったのか! これは素晴らしい。しかも翼を持ったヴァンパイアだ。いつかは本物に出演してもらいたいと思っていたから夢が叶ったよ。それに金髪の美形のヴァンパイアか。出来れば彼にも出演してもらいたいな」
ジムは興奮し、顔を紅潮させてまくしたてた。
「ジム、嬉しいのは判りますが自重してください。ダニエルは吸血衝動に苦しんでいるんですよ」
ジムは素晴らしい監督だが、心は十代前半の少年のように無邪気だった。リサは長年の付き合いなので、彼の人と違った反応にも動揺しなかった。
「ああ、心配ないよ。任せなさい。私が何とかするから。それにしても問題は彼が捕まってしまったことだな。彼らに任せて大丈夫なのか?」
メロディは疲れたのだろう。ソファに横になって眠ってしまっていた。ミーナはベッドから持ってきた毛布をメロディに掛けた。
リサは立ち上がり、窓から外を眺めた。青く澄んだ空をハリケーンの名残の黒い雲が流れていく。
「今は彼らを信じるしかないわ。ダニエルと彼らの無事を祈りましょう、ジム」
レイは屋上へと通じる階段を登りきるとドアに掛っていた南京錠の鎖を簡単に引き千切った。レイは外へ出るとビルの屋根から屋根へと優秀なパルクール・チームのトレーサーように鮮やかに飛び移り、デビィは少し遅れて彼の後を追った。やがて街の外れにある住宅街の一角で地面に降りた。目前には生い茂った木々の間に隠れるように古い教会が見える。血の匂いは確かにその方向へと続いていた。
アンジェラは礼拝堂に入ってくると隅に置かれたマットの上にダニエルを横たえた。正面の壁にあるステンドグラスから差し込む光が色褪せた埃っぽい床を鮮やかに染め上げている。ダニエルの睫毛の長い整ったその顔立ちが時々苦しそうに歪む。アンジェラはその唇にそっとキスをした。
彼女がアルカード神父に蘇らせてもらったのは一か月ほど前だ。数十年の時の流れに戸惑いながらもこの廃教会に隠れ、外に出ると危険だからと半ば軟禁状態で数日おきに神父が調達してきた輸血用の血液や食糧で飢えを癒しながら日々を送ってきた。アルカードの初めての命令はこの街へロケにやってくる俳優、ダニエル・トワイライトの殺害。だが、参考の為にと映画を観に行かされたアンジェラは彼の魅力に捕えられてしまった。スクリーンの上の虚像ではあったがあまりにも美しいヴァンパイア。昨晩、彼を誘う時でさえ、初な十代の娘のように心が躍った。
――この人は絶対に殺さない。仲間にすれば永遠に彼は私のものだもの。
「ううっ……」
懺悔室の中から微かな呻き声が響いてきた。一昨日捕えてきた女子大生だ。アルカードには内緒だったがこれはダニエルの為の捧げものだ。人を殺せば彼ももう二度と元の生活には戻れない。アンジェラは懺悔室を覗いてみた。だが、立ちこめる尿の匂いに顔を顰め、急いで扉を閉めてしまった。数十年前、人を襲うたびに感じていた心の疼きが蘇ってくる。
――気の毒だけど、彼の為なのよ。ごめんなさい。
「どうしてその男を連れてきた? 私は殺すようにと言ったはずだぞ」
突然、背後から聞こえてきたアルカードの声にアンジェラの肩がびくりと震えた。恐る恐る振り向くと、そこには黒い神父服に身を包んだアルカードが立っていた。さらりと肩に流した黒髪。長い前髪に半ば隠された顔は青白く、今はワイン色に輝いている瞳は見るたびにその色を変化させる。その胸には銀の十字架が光り、その腕には杭を装填したアーチェリーが抱えられている。
「ごめんなさい、アルカード神父。いくらあなたの命令でも彼を殺すことはできません」
「人気俳優がヴァンパイアに殺されたとなれば世間が黙っていない。モンスターの擁護運動も潰されるだろう。それが私の目的なのにお前はその男を殺さなかった。どうしてだ?」
「彼を愛してしまったからです。お願いです。彼を仲間にしてやってください」
「仲間だって?」
アルカードの薄い唇がうっすらと笑みを浮かべる。
「まあ、いい。それなら彼には無差別に人を殺させるんだ。命令を聞けないのならその男にこの杭を打ち込むまでだ」
「……判りました。もとよりその覚悟です。でもその代わり、あたしとダニエルをハンターから守ってください」
「ああ、判った。約束しよう」
「ありがとうございます、アルカード神父」
アンジェラは懺悔室を開けると捕えてきた女を引きずり出してダニエルの傍に横たえた。
「その女は誰だ?」
「私が捕えてきたんです。黙っていてすみませんでした。ダニエル、起きて!」
アンジェラは女の首を持つと首筋に爪を立てた。猿轡をされた女はくぐもった悲鳴を上げる。うっすらと浮かび上がった血の玉を指で掬い、ダニエルの唇に塗りつけると彼はゆっくりと目を開け、上半身を起こした。
「なんだ? ここは何処だ?」
ダニエルはアンジェラの姿を見るとはっと息を飲んだ。
「お……お前は昨夜の! 俺をどうするつもりだ!」
「ダニエル、この女の血はあなたのものよ」
ダニエルは女の首筋に流れる血を見た。瞳が金色に輝き始め、牙が伸びる。
魅せられたように女に近付き、頭を抱えて首筋を舐める。女がびくりと身体を震わせる。いい味だ。もっと欲しい。大きく口を開けて首筋に齧りつこうとした瞬間だった。
「カット! そこまでだ、ダニエル」
レイの言葉にダニエルは我に返った。女の身体を離し、ゆっくりと後ずさりながらアンジェラを睨みつけた。
「お前……俺に人を殺させようとしたってそうはいかないぞ!」
アンジェラは戸惑ったようにダニエルを見たが、すぐに声のした方向に身体を向けて身構えた。アルカードはまったく動じる様子もなく、ゆっくりとアーチェリーの先端をレイ達のほうに向けた。
教会の入り口が開け放され、光が差し込んでいる。そこには二人の人物の影が見えた。
「アンジェラ、ダニエルを返してくれ。そうすれば君に手出しはしない」
「絶対に返さないわ。彼はあたしのものよ」
アンジェラはいきなりダニエルに駆け寄ると腹を殴った。
「ごめんなさい、ダニエル」
呻き声を上げて彼が倒れると、アンジェラの瞳が金色に輝き始めた。
「神父、逃げてください!」
瞬時に伸びた翼を羽ばたかせてアンジェラはレイに向かってまっすぐに飛び掛かってきた。レイは鋭い爪の攻撃から身を交わした。だが宙に浮いたまま繰り出された素早い蹴りがレイの胸を捕えた。矢継ぎ早に繰り出される蹴りが容赦なく彼の身体に打ち込まれ、レイにダメージを与えていく。止めとばかりに襲ってきた彼女の右足の踵の動きを右手で掴んで阻止すると、レイは一瞬にして女よりも高く跳躍した。バネのような右足の強烈な回し蹴りが女の頭を直撃する。
「うっ!」
苦痛に顔を歪めながらアンジェラは地面に叩きつけられた。黒い翼が空しく床を叩く。
デビィはアルカードにベレッタの銃口を向けた。武器には武器だ。
「で、あんたは誰だ。彼女を蘇らせたのはあんたか?」
「おやおや、あなた達は何を言ってるんですか? 私は今、邪悪なヴァンパイアを始末しようとしてるんですよ」
アルカードは落ち着いた声でそう言いながらアーチェリーの先端をダニエルに向けた。
「ア……アルカード神父。何をおっしゃっているんですか?」
アンジェラは口から血を流し、ふらふらと立ち上がりながら信じられないといった面持ちでアルカードを見た。
「神父さん。あんたが何者なのかは知らねえが、その女と仲間であることは判ってるよ。ドアの外で話は聞かせてもらったからな」
「ほう? ずいぶん耳がいいんですね。でも、それ以上近付くとこいつに杭を打ちこみますよ」
「止めてください! アルカード!」
アンジェラの悲痛な叫びががらんとした礼拝堂に響き渡った。
「打てばいいさ。でもまだ誰も殺していない彼を殺すことを世間は許してくれるかな? 神父さん」
レイの言葉にアルカードはアーチェリーをダニエルから逸らして右手に下げた。
「ふふ。確かにそうですね。まあ、これだけ大騒ぎになってしまうと後が面倒です。私はそろそろ引き上げることにしますよ」
アルカードは神父服の懐に手を入れた。
次の瞬間、空気を切り裂くように鋭いナイフがデビィに向かって飛んできた。間一髪でデビィは顔を背けてナイフを避けたが、矢継ぎ早に投げられたナイフの一本が太ももに突き刺さった。激痛に身体の動きが鈍り、気が付くと神父の姿は入り口の向こうにあった。後を追おうとしたが足が上手く動かない。ベレッタを構え、撃とうとしたが既に距離が離れすぎている。
「デビィ! 大丈夫か?」
「ああ。俺はいいからあの男を追ってくれ!」
アンジェラはレイが彼女から目を逸らした一瞬の隙を突いて大きく羽ばたき、ダニエルに向かってまっすぐに飛んで行き、舞い降りると同時に彼に手を伸ばした。
乾いた銃声が響いた。
アンジェラは悲鳴を上げた。彼女の背中、左の翼の付け根の弾痕から激しく血が流れ出ている。
「すまねえな、アンジェラ。俺にもプライドがあるんでね。二度も同じ女に出し抜かれるのは我慢できねえんだよ」
デビィはベレッタの銃口を彼女に向けたままにやりと笑った。
「デビィ、後は頼んだぞ!」
レイは叫んだと同時に外に向かって走り出した。神父は人間とは思えない速さで車に駆け寄り、瞬時に乗り込んでエンジンを掛け、急発進した。
「どうして邪魔をするの? あたしは彼が好きなのに」
アンジェラは痛みに身体を震わせながらデビィを睨みつけている。
「あんたの気持は判らないわけじゃねえよ。でも彼を無理やり連れて行っても彼は決して君に心を開かない。それでもいいのか?」
アンジェラはぎゅっと唇を噛みしめた。
――俺に人を殺させようとしたってそうはいかないぞ!
そう叫んだ時のダニエルの顔は憎しみに満ちていた。
外から車のエンジン音が聞こえる。アンジェラは倒れているダニエルを見て唇を震わせた。
「……さようなら、ダニエル」
アンジェラはその場で翼を前後に激しく羽ばたかせた。傷ついた翼ではあったがその動きが巻き起こす激しい風にデビィは一瞬、動きを封じられた。力を振り絞って床を蹴るとアンジェラは床から少しだけ浮いた状態でドアの外へと飛んで行った。
教会の庭から門を抜けて黒い車が左へ曲がって行く。レイは必死に後を追ったがさすがに猛スピードで逃げる車には追い付けない。彼を黒い影が追い越した。高く飛ぶことが出来なくなったアンジェラは車に向けて滑るように近付いていく。彼女に気付いたのか車が止まり、同時に助手席のドアが開いた。彼女は翼を引っ込めて車に駆け寄り、助手席から乗り込もうとした。だが、彼女の身体は悲鳴を上げて後ろに倒れ、車は急発進をして走り去った。
レイはアンジェラに駆け寄り、助け起こした。その胸には木の杭が深々と突き刺さっている。レイは車の去った方向を睨んで唇を噛んだ。このまま逃がすわけにはいかない。車は突き当たりの角を左に曲がっていく。
――あの先は行き止まりだ。
レイは以前、散歩の途中でこの道を歩いたことがあったのを思い出した。動かなくなった彼女の身体をそっと抱え上げてその場で地面を蹴り、塀を乗り越えて木の陰に横たえる。そこは化粧品の工場の敷地の中だった。レイは広い芝生を斜めに突っ切り、工場の窓枠を蹴って屋根の上に飛び乗るとそのまま屋根から屋根へと走り抜けていく。最後の屋根から飛び降り、敷地を走り抜けて塀に飛び乗ると、道路を見下ろした。ちょうど車がフェンスに進路を断たれて停止したところだった。運転席側のドアが開き、アルカードが降りてきた。レイは一旦車の屋根に飛び降りると、そのまま神父に飛びかかり、押し倒して殴りつけた。だが、その時、アルカードの身体から発せられる匂いに気付き、戸惑ったように眉を顰めた。
――この匂いは……死体?
アルカードはレイを虚ろな目で見上げ、歪んだ笑みを浮かべた。
「無駄だよ。私は絶対に捕まらない」
瞬時に瞳から光が消え失せ、手足からだらりと力が抜けて動かなくなった。レイはアルカードの身体から手を離すと立ち上がった。横たわった身体はさらさらと崩れていき、服と靴だけを残して骨になり、その骨も瞬く間に灰となって消えてしまった。
レイはアンジェラの身体を教会の中へと運んで行き、床の上に静かに横たえた。
「可哀想に。殺られたのか」
「ああ」
「あの神父は?」
「捕まえたんだが灰になって消えたよ。あいつは死体だった。誰かが操っていたんだろうな」
「死体だって? ゾンビか?」
「いや、ゾンビじゃない。ただの死体だ」
レイは彼女の身体を貫いている杭を掴んだ。その時微かな違和感を感じ、突き出した杭の上部を軽く舐めた。
「こいつは……」
レイはアンジェラの身体に跨ると杭を一気に引き抜いた。噴き出す血を物ともせず、レイはアンジェラの頭を抱えて唇を重ね合わせて息を吹き込んだ。
やがて激しい咳をしながらアンジェラが息を吹き返した。レイは彼女を抱え上げてマットレスの上に運んだ。
「すげえな。杭を打たれたのに生き返ったのか?」
「いや。この杭はトネリコじゃない。まがい物だ。だから彼女は助かったんだ」
デビィはホールの隅で女子大生の縄を解きながら答えた。彼女は血を吸われそうになった時に気絶したようだ。
「そうか。ラッキーだったな」
「……あたしがすり替えたのよ、その杭」
アンジェラが意識を取り戻した。
「君が? どうしてまた」
「彼はアーチェリーを教会の地下に隠してあったの。そんなことはないと思ったんだけどあたしだってせっかく蘇ったのに、役目が終わったから用済みだとか言われて殺されるのは嫌だもの。念のために映画を見に行った帰りに偽物の杭を買ってすり替えておいたのよ」
「凄いな……。君は頭がいいね、アンジェラ。それならどうして彼についていこうとしたんだい?」
「それは……あんな人でも私を蘇らせてくれた人だから。でも彼はやっぱり私を殺そうとした。使い捨ての道具としか考えていなかったのね」
「アンジェラ、彼は死体だったよ。もともと感情なんてない。誰かに操られていたんだ」
「そんな……まさか死体だったなんて。全然気がつかなかったわ」
「ああ、無理しないで。傷が酷いからもうしばらくそのまま寝ていたほうがいい」
「判ったわ……」
アンジェラはほっとしたように目を瞑った。
「で、どうするつもりだ? 彼女」
「そうだな。昔は俺の一族の天敵だったらしいが、同族であることには変わりないよ。とりあえず住むところを見つけてやらないと」
「私のうちへ来ればいいわ。一人くらいどうにでもなるわよ」
その声はミーナだ。彼女と一緒にリサとジムが礼拝堂へ入ってきた。
ミーナはアンジェラにつかつかと歩み寄るとすぐ脇に跪いて声をかけた。
「アンジェラ、私はミーナ。レイの友人よ。よかったら私と暮らさない? 血液ならどうにかなるし、いろいろと教えてあげられると思うわ」
「いいんですか? あたしはヴァンパイアなのに」
「構わないっていうか、むしろ歓迎するわ」
「ありがとう、ミーナ」
アンジェラが初めて笑顔を見せた。
「レイ、デビィ。ダニエルは無事なの?」
リサは礼拝堂の中央で心配そうにあたりを見回していたが、ダニエルの姿を見つけて安堵した顔を見せ、駆け寄って行った。
「ええ、ただまた気絶させられてますけどね」
「よかった。感謝するわ。で、いったい何が起こったのか説明してもらえるかしら? レイ」
「いいですよ。でもとにかくここを離れましょう。ここは空気が悪い」
「こんにちは、お嬢さん。傷は痛むかね?」
ジムはアンジェラを見つけると新しい玩具をもらった子供のように目を輝かせた。
「ええ。まだ少し」
「いや、それにしても、本物のヴァンパイアに会えるなんて、今年は最高のハロウィンだよ」
アンジェラは戸惑った様子で彼を見ている。
「ジム、あなたに頼みたいことがあるんです」
「ああ、何かね? ええっと」
「レイです。あそこに倒れてる女性なんですが、このアンジェラが誘拐してきた女子大生なんです。で……」
女子大生はそのまま入院となり、病院で目を覚ました。
ジムがロケの為に教会を訪れ、偶然彼女を見つけたことになっていた。ダニエルは翌日、彼女を見舞いに行き、病院内は大騒ぎになった。ダニエルは彼女が見た彼のヴァンパイア姿は夢だったのだと思い込ませることに難なく成功した。
ホテルで起こった騒動はハロウィンに合わせて行った映画の宣伝の為のパフォーマンスだったとジムが告白してホテルに損害賠償し、事なきを得た。(ただしマスコミ的にはこのあたりはいろいろと納得できない部分もあったようだが)
ダニエルは映画の撮影を続け、数日後に一行は帰って行った。レイ達もいつもどおりの生活に戻った。
アンジェラはミーナと共に暮らし始めた。彼女のダニエルへの思いは変わらなかったがロケの間も彼女はダニエルに会いに行こうとはしなかった。
「あたしは彼を遠くから見守ることにしたの」
ミーナの店の手伝いをしながらアンジェラは幸せそうな笑みを見せた。
神父についてはミーナが調べたが、もちろんカトリック系に該当する人物は存在しなかったし、神父の服や車は警察が回収したため、ケントに頼んで調べてもらったが犯人に繋がるようなものは何も発見されていなかった。誰がどんな方法でアンジェラを蘇らせたり、死体を操っていたのかも結局は謎のままだ。キロプテルの棺がまだ何処かに残っているとすると犯人はまた別の形で行動を起こすかもしれない。警戒は怠らないほうがいいわ、とミーナは付け加えた。
ダニエルはレイの紹介でエレノア達と協力し、主にネットなどで積極的にモンスター擁護運動を始めていた。彼らの活動で世の中が変わっていくのは間違いないだろう。だが、それがすんなりとはいかないであろうことはレイもデビィも承知していた。
ジムの新作映画『ヴァンパイアの恋2』は半年後に公開となった。ダニエルの特殊メイクはまったく自然だと褒められていたが、実際にヴァンパイアとしての姿で撮影をしただけなのだろうとデビィもレイも思っている。
ダニエルの送ってくれた招待券で映画を見に行ったデビィとレイはその夜、部屋に戻ると映画の紹介をしている番組を見ながら寛いでいた。
「あの金髪の長髪ヴァンパイアはかっこよかったじゃねえか、レイ」
その役は監督のジムが急遽付け加えた役で、ダニエルのライバルとなるヴァンパイアだ。だが、レイは少々不満そうだ。
「俺に比べれば全然かっこ悪いよ。だいたい目が細いし、唇が厚いのが気に入らない」
ジムはレイに映画に出ることを勧めたが、賞金首であるレイはもちろん断った。その為に別の役者を使ったのだが、さすがにレイほどの美形を探すのは難しかったようだ。
「レイ、携帯が鳴ってるぞ」
「ああ……ダニエルからだ。ああ、こんにちは。お久しぶりです」
『久しぶり。今度休暇中にそちらに立ち寄ることになってね。で……もしよかったら少しでいいから君の血を飲ませて……あ、リサ! いやいやいや、何でもないよ。も、もちろん冗談だよ。じゃあ、また電話するよ、レイ』
ブツッ
「切れた……」
「へえ~、やっぱりお前の血の味が忘れられねえんだな、ダニエルの奴」
「知るもんか。奴が何を言おうと絶対にこれ以上、血はやらないぞ!」
「だよなあ」
「だいたい他人から血を吸われるってこと自体が嫌なんだよ、俺は」
「ぶっ……ヴァンパイアが何を言ってるんだか。しっかし結局はトラブルの相手は男なんだよなあ、お前」
デビィはそう言うと腹を抱えて笑いだす。
「こら! 笑うな!」
レイはデビィの頭を軽く小突いてテレビの画面に視線を戻した。
画面の中では、ダニエルの扮するヴァンパイアがメロディと熱烈なキスをしている。
――恋、か。
レイは小さく溜息をついた。