第一章『開戦』
注:連載小説ですが、多くの諸事情があり続きを書くか未定です
体が揺れる――外部の轟音に連動するように、空気と体が震えている。世界は変わらず、いつもどこかでは同じ情景。既に慣れてしまったものだ。故に気にする必要も特に無い。俺にとっては些細なもので隣りあわせで――当たり前のものだった。
「抵抗が激しい……当初の着陸予定地に近づけない……!」
目を瞑り、視界が閉ざされる中、耳にまだ幼さが残った女の声が響いた。到底、この場には似使わない声――だからこそ、俺は不満を抱いていた。だが、言葉にする必要は無い。そんなのは言葉通り、必要の無い事――不必要。他人の気持ちを考えるなど非効率極まりない。
「想定外だ……この地にこれ程までに戦力を割いているとは」
続くように焦る男の声。しかし女とは違い、この『戦場』に合っている声だ。多くの場数を踏んできている者だけが持つ声だ。
「………………」
薄く目を開く。目の前には幾つ物輝く光とスイッチが並び、主を待ちわびていた。
顔を上げ、目視で広がる先を見れば、下には輝く青い海と先には無機質な幾つもの建物が建造されており、そこから大量の煙と炎、そして光が舞い上がって来ていた。そこから空中を飛ぶこちらへと幾つ物の対空ミサイルが飛躍してきている。こうして生きているのは運とパイロットの腕だろう。
「ど、どうしましょう……」
「データを」
戸惑う女の声に対し、一言だけ告げる。
「え…………」
「戦況データを寄越せ」
「ど、どうするつもりなのですか!?」
「御託は良い。寄越せと言っているんだ。さっさと寄越せ」
「渡してやれ」
「…………分かりました」
男の一声で女は観念し、俺へと目的地の戦況データが送りつけられる。モニターに表示されたデータは埋め尽くす程の武装車両が配備されていた。辿り着けるところか、近づくことすらも許されない配備――だがそれがどうしたというのだ。
「…………目標ポイント、H-六へ向かって射出しろ」
「えっ……そんなの無謀です!!」
俺の発した言葉に女は無理だと否定する。だからこそイライラしてしまう。
「無謀かどうかは俺が決める。お前等は俺の指示通りにすれば後は高みの見物――それとも、ここで泣き寝入りか無謀に特攻でもするか?」
「そ、それは…………」
「貴方正気なの? あれだけの攻撃の中、空中から責めるなんて自殺行為よ!!」
今まで発しなかった人物から横槍の否定が入る。この声の人物が俺と『同業者』と言うのだからふざけた話だ。正確には同業者ではなく同類――だがそれでもこの言葉はどうなのか。
「怖いなら来なくて良い。足手まといだ」
「なっ…………!!」
「そこまでだ、ウェリア」
一発触発の中、芯の通った男の声がスッと入り込む。
「オペレーター、俺の合図で奴を解放しろ。戦況が混乱してから残りは本来の目的地に到達後、行動開始。良いな?」
「…………分かりました」「……了解」
男のしっかりとした声で一色触発だった空気は一時的に無くなった。だが心の奥底では変わっていないだろう。
「今だ、解放しろ」
「了解しました。ウェリア機『デッドグイーレ』、解放します」
声と共に俺の体と機体は一瞬だけ大きな振動後、大型輸送用ヘリに絡められていた束縛から解放される。下は見渡す限りの地平線――目指す先は武力で固められた基地。そこへ目指し俺は戦略型人型兵器機体――『センチュリー』を稼動させる。
「貴方は…………いえ、ご武運を祈ります」
「ミッション――開始する」
声と同時にデッドグイーレからブーストを吹かし、重力に寄る自由落下に抵抗する。それと同時に俺目掛けて数多物の対空攻撃が飛んで来る。
だからどうした。機体の両腕を動かし、手に装備している兵器を対空攻撃へと向ける。右の手には八十七ミリのバトルライフル、左の手には切り替え式のマシンガン。それらを躊躇する事無くトリガーを引き、火を散らしながら全てを駆逐しながら基地へと一気に接近していく。
最低限だけを打ち落とし、避けられる物は一瞬のブーストで機体を瞬間的に移動させて回避する。それと同時に対空兵器へと反撃するのも忘れない。連射が効かないが、威力と射程だけはあるバトルライフルで、対空兵器を次々と破壊し、相手の反撃質量を減らす。
反撃の手は瞬く間に減っていき、あっという間に基地内部へ降り立つ。着地と同時に機体の重さで地面が陥没し、機体の体勢も低くなる――それを利用し、低姿勢での移動へと即座に切り替える。
地に配備されている戦車や自走砲台からの砲撃を回避しつつ、破壊して行く。戦車は蟻を踏み潰すように、自走砲台は射撃で木っ端微塵にしていく。視界は瞬く間に情景を移動させ変化していき、聴覚には激しい轟音と振動が響き渡る。
「敵ヘリ及び戦闘機がそちらへと向かっています!!」
声と同時に空に映る複数の機影を確認すると同時に地面から跳躍する。先ほどまで俺が居た地面には数多のミサイルと機銃が降り注ぐ。
空中へとブーストを噴かして飛び上がり、空中姿勢を維持したまま左手のマシンガンの発射方式をショットガン形式――ワントリガーで同時にマシンガンの弾を一斉に発射する方式へと切り替える。同時に右背面の武装、散布型散弾ミサイルを起動させ、それらを航空機へと一斉射撃する。
前面に超濃度の弾幕を張られ、前に進むしか脳が無い航空機は抵抗する事も無く、弾幕を受けてその機体を炎へと変えて行く。
「凄い……あっという間に」
「デッドグイーレ、こちらは当初の目的地へ到達した。今からセルフィ機『ヘルメヴィクター』をこちらから出す。合流後、基地の制圧を頼む」
「了解」
機体を最大出力でブーストし、一直線に基地中心部へと進行していく。邪魔するものだけ排除し、それ以外の妨害は完全に無視する。幾ら密度の高い防衛網を張ろうが、センチュリー相手の機動力では圧倒的に不利――無意味と言ってもいい。
敵の追撃も無いまま、基地中心部へ到達と同時に深青のカラーリングが施されたセンチュリーが横に降り立った。背面に特徴的な銃口の長いスナイパーライフルが二丁、腕にはショットガンとバトルライフルに比べ、連射性と継続性が向上しているアサルトライフルが握られていた。
「合流完了。今より基地制圧を開始する」
「了解しました。情報を更新します」
合図と共にモニターに表示されていた情報が一新――基地中心部の詳細情報へと切り替わる。
「デッドグイーレ、ヘルメヴィクター。基地中部には四脚支援型砲台及び二脚型汎用砲台が配備されている。超長距離からの射撃に注意しろ」
「それはあいつ等に言ってあげた方が良いわよ」
隣に聳えるセンチュリーの搭乗者、セルフィ・ヴェトリアが敵に同情するように答えた。
「油断は死を招く――余計な余裕は不必要だ」
それに構うつもりは無く、巻き込まれるのだけは勘弁だと伝えて基地制圧を開始する。中央部には男の声通り、あちこちに遠距離射撃に特化した兵器が配備されているのをレーダーで確認できた。だが超長距離からの射撃には安定性以上に正確さを補う必要がある。一番確実にするには対象をロックかレーザー誘導式の装備が必要になる。だが無人兵器である砲台にはレーザー誘導式しか装備されておらず、目視でレーザーが確認出来る。故に回避は簡単だ。厄介と言うなら二脚は移動をし続けてあらぬ所からの射撃が迫ってくる事くらいだった。
だから優先すべきは二脚。基地の建築物の隙間を通りながら配備されている二脚砲台を殲滅していく。
「ちょっと、何一人で先行してるのよ!」
「………………」
突然セルフィから通信が入ってくるが無視だ。今は目の前の不確定要素に集中するべきだった。
「何考えてるんだか。自分一人で十分です、足手まといには構いませんって事? さすが孤独の傭兵様ね」
「………………」
「言っておくけど、あんたの事、全く信頼してないからね。変な動きを見せた時は――」
「やめろ、セルフィ」
「どうしてよ、リュウ?」
男――リュウにセルフィが食いつく。何故、あんな得体の知れず、自分勝手な奴に文句を言わないのかと。
「奴はあぁ言う奴だ。噂を知らぬお前でもあるまい」
「そうだけど……納得いかない。どうしてあいつが――」
「それは触れるなと言った筈だセルフィ」「………………」
リュウの強い口調にセルフィが言いよどむ。そしてそれをただ黙って聞いているオペレーターの息遣いが通信から微かに聞こえてはいた。
「始まる前に一つだけ確認させてください、ウェリアさん」
意を決したようにオペレーターが口を開いて俺へと問いかけてくる。
「貴方は何故、私達と共に行動するのですか?」
「………………受けた依頼だけをこなす傭兵にそれを問う意味が分からないな」
数泊置いてから淡々と告げた。何故も糞も無い――ただ受けた依頼をこなす。それが傭兵であり、センチュリーに選ばれたものの宿命なのだから。そこに意味も感情も無い。あるのは結果――勝利(生)と敗北(死)のどちらかだけだ。
「…………そう、ですね……すみません」
「謝る必要ないよ、ルーナ」
オペレーター――ルーナ・リベラルにセルフィが明らかに俺に敵意を向けた口調でフォローしていた。だが、戦場に必要なのは感情論じゃない――現実と言う結果だけだ。
「そっちは片付いたのか」
「言われなくてもちゃんとやってますー」
レーダーを確認するとセルフィ周辺の反応は消失していっている。毒づきならがも仕事だけはこなしているなら何も問題は無い。
「そこまでだ三人共。増援が来るぞ」
リュウの言葉と同時にモニターに新たな情報が更新される。
「嘘……こんな……どうして、あんな装備がこんな辺境に……」
「冗談きついわね……」
更新されたデータ――目視出来るほどの巨大兵器に二人が口を開いて驚いていた。
(…………旧世代大型兵器――ネームコード『ロッシュクレイ』か)
正直不恰好と言ってもおかしくない見た目だが、拠点防衛兵器としては抜群の性能を誇る兵器だった――コンピュータや精密機械の進化により、今では産廃になっているが、まだ一部では現役運用されてはいる。
「………………」
一見、苦し紛れの対応に見えるが、実は理に叶っている。機動力も精密さも無い旧世代大型兵器だが、威力と密度だけは抜群に突出している。その弾幕を潜り抜けながら、超射程と精密さを誇る超長距離砲台を殲滅しなければいけない。つまりは互いが互いを補っている状況だ。
「ど、どうしましょう……一度態勢を――」
「セルフィ、砲台の殲滅を」
「ちょ、何いきなり命令してきてるのよ!?」
「砲台はお前に任せる。俺はあのデカブツを殲滅する」
「危険です! ここは一度退いてから――」
「俺は基地の制圧という依頼を受けてここにいる。受けた依頼は必ずこなす。それとも、まだ敗北の水を啜ってこの腐った世界で生き続けるのか? 厳しい、辛い――だから逃げる。俺は構わないが、その時点で依頼は破棄だ」
戸惑うルーナに対し、現実を突きつける。ここで逃げれば命は保障される。だが踏み出した一歩は無駄となり、もう二度とその機会は訪れないだろう。
「ウェリアの言う通りだ。我々は世界に反抗する為にここに来ている。退く事は敗北を意味する――任せて良いか、ウェリア」
「俺は依頼をこなす――それだけだ」
告げてから一気に機体を巨大兵器へと接近させていく。
「セルフィ。砲台を破壊優先しつつ、ウェリアの援護をしろ」
「…………了解。言っとくけど射線上に出てきても遠慮しないからね」
後方からヘルメヴィクターのスナイパーライフルの弾が追う様に飛んで来る。それらは基地奥にいる四脚砲台を捕らえ吸い込まれるように全弾命中していく。言葉通り、俺の機体すれすれ――手元が狂えば直撃しかね無い弾道が幾つもあった。だが当たったなら当たったで、それはそれだ。敵対行為と見なし、依頼破棄もしくは無視だ。結局は自分の運だ。この世界では力よりも腕よりも――運で左右される、実際そういうものだった。
巨大兵器に接近する為に最大出力のブーストで大量の弾幕を潜り抜ける。直撃すれば一溜まりも無いが、現に直撃は無く俺は生きている。
弾幕を回避して巨大兵器の足元へと潜り込む――巨大兵器は強大な硬さがある。しかしこいつは旧世代の代物――現用されるものに比べて精密と安定さが一切無いといっても良い。つまりは機関部や間接部が圧倒的な致命傷となっている。バトルライフルを背面へと装着し、腰からブレードを抜き取り装備する。
(………………間接部、機関部――効率的破壊)
モニターに目を走らせ、センチュリーのコアへとリンクする――デッドグイーレの持つアビリティを使用し、一番効率的な手段を数多の情報から見出して行く。
「見つけた――これで終わりだ」
脚部の間接部分、高威力のエネルギーブレードを突き立てる。巨大兵器が大きく揺れ、バランスを崩すが持ち直そうとする――その瞬間、真反対にある脚部へとマシンガンのトリガーを引き、一瞬にしてマシンガンの弾がばら撒かれ脚部を穴だらけへと変える。それと同時にブレードを引き抜き、隣の脚部を切り払いながら巨大兵器の足元から離脱する。
巨大兵器は度重なる脚部の攻撃にバランスと重量を保てなくなり、砲撃をしたままゆっくりと傾いて行き、地面に倒れ伏せたと同時に――轟音と共に大炎上した。
「て、敵巨大兵器の破壊を確認……」
「嘘……でしょ? こんな一瞬で!?」
相手の切り札だったであろう、巨大兵器が破壊された事で基地は大混乱と共に戦意が飛散。逃げ出し始めているが――逃がさず追撃する。
「何をしているのですか!?」
何故か、俺の行動にルーナが制止をかけてきた。
「基地の制圧――それ以外の何に見える」
「彼らにもう戦意はありません! これ以上の殺生は無意味です!」
「無意味? 今更な言葉だな。必要なら殺し、必要じゃないなら殺したくない? ふざけるなよ、そこに変わりは無い。甘ったれるな」
「………………っ!!」
俺の言葉にルーナは息を呑んでいた。痛いところを突かれたのか、それとも現実逃避をしていたのかは俺には知る由も無いが、それが現実だ。
「…………貴方に、ルーナの何が分かるのよ」
「分からないね。俺はただするべき事をするだけだ。戦場に他人の事など必要ない」
感情論など持っての他だ。自分で自分の首を絞める結果に他ならない。
「警告しといてやる。お前達の理想を掲げる――生きるなら、感情論は捨てろ。でなければ次にこうなるのは――お前達だ」
その言葉と同時に最後の生存していた兵器を踏み潰し、炎上する。これで基地周辺の敵機は全て殲滅――基地の制圧ミッションは完了だ。
「…………ともあれ、我々の第一歩は先に進んだ。ここから先は茨の道――帰還せよ」
リュウの言葉を最後に戦場は終わりを告げたのだった――…………