召喚→田舎娘
彼女はようやく実った野菜の収穫をしている最中、唐突に眩しい光に包まれた。
反射的に目を閉じれば謎の浮遊感に襲われて、絶賛大混乱中の村娘チェルシー十六歳。
「どえぇぇ! なっ、何だべ! 何だべぇー!?
て、て、天変地異でも起ごっちょん!?」
そして、そんな彼女を冷静に見つめる男が二人。
「……これは、何ともド田舎のチンクシャ娘が召喚されたものですね」
「君ねぇ。女性をそういう風に言うもんじゃあないよ。
それに、この娘なかなか愛嬌があって可愛らしいじゃないか」
彼らは混乱の渦の中にいるチェルシーを余所に、互いだけで会話を進めている。
「って、へぇぇ!?
こごどごのすか!? わだし、畑にいだはずなんに!」
目を開けてみれば、見た事も無いような美麗な装飾が施された信じられないほど広い部屋。
さらに混乱を深めつつ、チェルシーはその豪華絢爛な室内を見回し……ある一点を視界に入れた瞬間、固まった。
「私には判りかねます」
「そう? とにかく、僕は気に入ったよ。予定通り宜しくね」
「かしこまりました」
白金の長髪を揺らす中世的な美女とも美青年ともつかぬ存在へ、オールバックの美青年は恭しく頭を下げる。
「………ん? 急に静かになったね」
ふと見ると、チェルシーがこぼれそうなほど目を見開いて二人を凝視していた。
己に注目が集まったことで再び思考が動き出した彼女は、じわりと涙を滲ませながら呟くように言葉を発する。
「わ、わだし……死んじまったんだべか」
きょとんとした表情で男たちは互いの顔を見合わせた後、再びチェルシーに視線を向けた。
「どうしてそう思ったのかな?」
長髪美人に優しく問われて、喉を鳴らし緊張しながらも彼女はしっかり口を開く。
「へ、へぇ。あの、わだしはお二方のように綺麗な人間はまんず見たことねぇのすけ。
し、したらそりゃあ、神様かその御使い様かとしが思えね。
あのいぎなりの光も浮いだ感覚もはぁ死んで天に召されだど思えば何ちおかしぐねっちば。
んだら……」
無知な田舎娘にしては、意外にも筋道立った説明である。
「うーん、成程ねぇ。でも、君は死んでいないよ」
「へ?」
「順を追って説明しようか」
美人曰く、ここは北の魔大陸にある王城の一室で、彼らは魔王陛下と宰相様。
その魔王陛下の妃を決めるべく、古から続く形式にのっとって選定の儀を行ったところ、チェルシーが召喚された……ということだった。
(じょっ、冗談でねぇ!
北の魔大陸っちゅーたら、足を踏み入れたが最後まんず生きては帰れねぇ地上の地獄っち言われとる場所だべ!?
そん魔王だら、血も涙もない極悪非道の化け物って話じゃっど!
いや、こん人がそうなん、とても見えんっちゃけんど……。
いやいやいや、そうじゃのぅても、わだしみだいなしがねぇ村娘が月の女神様みでぇなべっぴんさんに嫁ぐぞな、恥知らずな真似は出来んがぜよ!
は、はよぅ断らねばっ!)
「か、か、か、勘弁してけろ!
どぎゃんしだら、わだしみだいな田舎者ら王妃様なん選ばれっちゅうがか!?
わだしはいっちょん美人でん何でんなかっちゃん!?
体型だっで、コロコロしでブダみでぇだっちぇ、村ば男だぢにからかわれるぐれぇなんに!
そんわだしが魔王様の嫁っこなんなっだら、えぇ笑い者だぎゃ!
お願いだけん、村さ帰ぇしでくれんね!?」
首を振り涙を流しながら必死に訴えるチェルシーに、困った笑顔を向けて魔王は静かな声色で話しかけた。
「んー、ごめんね。僕、もう君に決めちゃったから。
里帰りくらいなら、いつでも許可するんだけどね……。
それに、心配しなくても大丈夫だよ。
人間の国と違って他国と交流があるわけじゃないから笑い者になんかならないし、国の者には僕がさせない」
「……うぅ」
超絶美形な魔王に頭を撫でられて、チェルシーは熟れたりんごのように真っ赤になりながら言葉を詰まらせる。
(ほげぇ!?
ず、ずるいのっす!
こげんこつされだら、わだし何も考えらんねぇべさ!)
「あ、そうだ大事なことを忘れてた」
そう言って、田舎娘いわく月の女神の如き麗しさの魔王は、俯いた彼女の顔を覗き込む。
しかし、反応は薄かった。
チェルシーは顔を赤らめたまま意識をどこかへ飛ばしている。
初心な反応を可愛らしく思って笑みを漏らした魔王は、その笑顔を張り付けたまま再度彼女に呼びかける。
「ね、君」
ついでに頭を撫でていた手をするりと頬に移動させ、指で涙を拭った。
「のぇぇぇええ!」
魔王の無駄に色気のある動作で一気に覚醒したチェルシーが、奇声を発しながら、かなりの勢いで壁まで後ずさる。
「やだな、そんなに怖がらなくても何もしないよ?
……今はまだ」
「やっ、そ、そ、そうでねぐて!」
「んん? まぁ、いいや。
それよりさ、君の名前を教えて欲しいな。
あ、僕のことはオルとかオルスって呼んでね。
正式には、オルシディアン・ケイル・エンドゥローザ・ヴェスアニオ・エン・クォワイオット4世って言うんだけど、無駄に長いから覚えなくていいよ」
「さ、さよけぇ。あ、えっど、わ、わだしん名前なん、ち、チェルシーだぺし」
「へぇ、チェルシーかぁ。君にぴったりの可愛い名前だね」
「と、とんでもねっす! 名前負げもいいどごで!」
優しげな雰囲気でありながら何気に押しが強い魔王にずんどこ流されるチェルシー。
それから数刻後、決意も空しく彼女は魔王の花嫁になることを何だかんだで承諾させられたのだった。
だが、彼女は知らない。
その後、魔王と同じだけの寿命を与えられた彼女がその長き生涯に渡り愛し愛され、結果、百に届くほど多くの子を産み育てる羽目になるということを……。
ちょこっと後日談~平和な日常のとある昼下がり~
「ほーっ、土地が違うっちゃけんど、結構えぇ野菜が出来だでねの。
はぁ昔からこれだけは皆に褒められだもんっちゃ。上手ぐいっで良がっだのす。
後でオル様にも持っでぐべやー」
全身土まみれ汗まみれになりながらも、ホクホク顔で野菜を収穫するチェルシー。
「あぁ、んだども……宰相様さ、なまら神経質だぎゃ。
勝手にオル様に食べさせようどすだら、まだ怒られっちめぇなぁ。
あん人の前なん、わだしでんはぁちょっこし気ぃ使うがよ」
魔王の無駄に甘い采配のおかげで、彼女はのびのびと妃生活を謳歌していた。
そんなチェルシーを執務室の窓から見つめる者が二人。
無論、魔王と宰相である。
「あぁ、あんなに泥にまみれて……。
陛下が甘やかすからいつまでたっても王妃様の田舎臭さが抜けないではないですか。
嘆かわしい」
「そこがシーの可愛いところなんじゃないか。彼女はあのままでいいんだよ。
それに彼女が来てから皆の笑顔が増えただろう。
僕はとても良い王妃だと思うけど?」
「まぁ、城内の雰囲気が多少明るくなったのは認めますがね……」
言いたいことをいくつも飲み込んで苦い顔を浮かべる宰相。
「さて、と。仕事もひと段落ついたし、ちょっと彼女を構ってくるよ」
「陛下、二刻後に会議がございます。どうか、お忘れなきよう」
「はいはい、分かってるって。それまで邪魔が入らないようによろしくね」
ひらひらと手を振って、魔王は至極楽しげに部屋を後にした。
残された執務室で、宰相は人知れず深く深くため息をつくのだった。
その後の小話↓
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