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真空の残響~ラグランジュ点L5における72時間~

作者: ラプ太郎

第一章 軌道上の亀裂


私——白石ケンジは、コロニー「ヘスティア」の構造解析官として、この地球-月系ラグランジュ点L5に浮かぶ円筒型居住施設で三年間働いてきた。三十八歳。元は東京大学で材料工学を専攻していたが、2047年の第二次宇宙開発ブームに乗って、ここに来た。


コロニーの回転半径は二キロメートル。毎分1.5回転で遠心力による擬似重力0.9Gを生成している。内壁には四万人が暮らし、農業区画、工業区画、居住区画が整然と配置されている。理想的な宇宙都市——少なくとも、昨日まではそうだった。


「白石さん、至急メインハブへ。レベル3警報です」


通信端末から、管制官の声が響いた。レベル3——構造的危機。私は即座に移動した。


メインハブには既に九人が集まっていた。コロニー長の藤原サトコ、五十代の冷静沈着な女性。副長で機械工学担当の李ミンホ、四十代の韓国系技師。生命維持システム担当の田中ユキ、三十代の生物学者。推進システム担当のラジェシュ・パテル、インド出身の宇宙工学者。医療主任のエミリー・チェン、アメリカ系の医師。通信担当の佐藤タクヤ、二十代の若手。セキュリティ主任のヴィクトル・ペトロフ、ロシア出身の元軍人。AI統括責任者の高橋アキラ、三十代の天才プログラマー。そして資源管理担当の中村レイコ、四十代の経済学者。


「状況を説明します」藤原が中央のホログラムディスプレイを起動した。コロニーの三次元構造図が浮かび上がる。第七区画、外殻近くに赤い警告マーカーが点滅していた。


「三時間前、第七区画外殻に微小隕石が衝突しました。直径約3センチ、速度秒速15キロ。ウィップル・シールドは機能しましたが、内部構造材に亀裂が発生しています」


李が詳細データを表示した。「亀裂長は現在2.8メートル。通常なら自己修復ナノマテリアルが対処しますが、今回は拡大が続いています。このペースだと——」彼は計算結果を見せた。「72時間以内に破断限界に達します」


私は画面を凝視した。亀裂の走り方が、通常のストレス・パターンと異なっていた。「これは......単純な衝撃破壊じゃない。材料の結晶構造自体が変質している」


「どういうことですか?」藤原が尋ねた。


「コロニーの外殻はカーボンナノチューブ複合材です。理論上、この程度の衝撃では亀裂は数センチで停止するはず。でも拡大している。つまり——」私は最悪の結論を述べた。「材料劣化が進行しています。予想より早く」


沈黙が広がった。


ラジェシュが口を開いた。「コロニー建設から十二年。設計寿命は百年のはずだ」


「理論上は」私は補足した。「しかし宇宙環境は地上より過酷です。太陽風、宇宙線、温度サイクル——これらが複合的に材料を劣化させる。特に、コロニー建設時に使用されたナノマテリアルの長期耐久性データは不十分でした」


田中が不安そうに言った。「つまり、私たちは時限爆弾の中に住んでいる、と?」


「いいえ」藤原が強い口調で言った。「解決策を見つけます。白石さん、修復は可能ですか?」


私は計算を始めた。頭の中で、応力分布、材料特性、修復手順——すべてをシミュレーションする。


「理論的には可能です。しかし、三つの問題があります。第一に、亀裂部分への到達。外殻外側での船外活動が必要です。第二に、修復材料。通常の自己修復ナノマテリアルでは不十分。より強固な補強が必要。第三に——」私は最も深刻な問題を述べた。「時間です。完全な修復には最低96時間。私たちには72時間しかありません」


ヴィクトルが腕を組んだ。「では、部分的な修復で延命を図る」


「それも考えました。しかし亀裂の進行速度が予測不能です。最悪の場合——」


その瞬間、コロニー全体が微かに揺れた。警報が再び鳴り響く。


高橋がコンソールを確認した。「第七区画、圧力低下検知。毎時0.3パスカル」


「気密破壊が始まった......」藤原の顔が青ざめた。


私は即座に決断した。「緊急隔壁を閉鎖してください。第七区画を封鎖します」


「しかし、第七区画には三百人の住民が!」中村が叫んだ。


「全員を避難させます。今すぐです」私は藤原を見た。「承認を」


藤原は数秒考え、そして頷いた。「承認します。佐藤、全区画に避難命令を。ヴィクトル、避難誘導を。残りのメンバーは私と共に対策本部へ」


私たちは散った。そして、72時間のカウントダウンが始まった——




第二章 真空との競争


六時間後、第七区画の避難は完了した。緊急隔壁が閉鎖され、区画は隔離された。だが、問題は解決していない。むしろ悪化していた。


私は船外活動用のハードスーツを着て、コロニー外部に出ていた。共に来たのは李だった。私たちは、マグネットブーツでコロニーの外殻を歩いていた。


「亀裂の長さ、4.2メートルに拡大」李が測定データを読み上げた。「進行速度が加速しています」


私は亀裂を詳細にスキャンした。分子レベルの構造解析——結果は、私の最悪の予想を裏付けた。


「やはり......ナノマテリアルの結晶構造が崩壊している。原因は——」私はさらにデータを確認した。「宇宙線による累積損傷です。特に、重イオン。カーボンナノチューブの結合を切断し、材料全体の強度を低下させている」


「修復できますか?」


「従来の方法では無理です。ナノマテリアルの自己修復機能は、局所的な損傷にしか対応できない。これは構造全体の問題です」


李が考え込んだ。「では、どうする?」


私は一つの案を思いついた。「外部補強。金属板で亀裂部分を覆い、ボルトで固定する。原始的ですが、確実です」


「しかし、コロニーは回転しています。遠心力、応力分布——計算が複雑になる」


「やるしかありません」


私たちはコロニー内部に戻り、計画を説明した。藤原は承認した。ラジェシュと高橋が詳細な構造計算を行い、最適な補強パターンを算出した。


だが、新たな問題が発覚した。


「材料が足りません」中村が報告した。「必要な高強度合金板は、在庫が不足しています。緊急時用の備蓄を使っても、亀裂全体をカバーできません」


私は頭を抱えた。「代替材料は?」


「アルミニウム合金なら十分にあります。しかし強度が——」


「不十分です」私は即答した。「アルミでは遠心力に耐えられない」


沈黙が部屋を支配した。全員が、同じことを考えていた——私たちは詰んだのか?


その時、田中が言った。「もし、コロニーの回転を止めたら?」


全員が彼女を見た。


「回転を止めれば、遠心力がなくなります。つまり、外殻への応力が減少する。アルミ合金でも、十分かもしれない」


ラジェシュが計算を始めた。「理論的には......可能です。しかし、回転停止は全住民を無重力状態にします。生理学的影響、混乱——」


エミリーが補足した。「短期間なら問題ありません。ただし、高齢者や心臓疾患を持つ人には投薬が必要です」


藤原が決断した。「回転停止を実施します。住民への説明は私が行います。白石さん、修復チームを編成してください」


私は頷いた。「李さん、ラジェシュさん、一緒に来てください。ヴィクトルさん、警備を」


四人のチームが結成された。そして、コロニー史上初の回転停止作業が始まった——


十二時間後、コロニーはゆっくりと回転を停止した。全住民が無重力状態になった。混乱はあったが、管制された範囲内だった。


私たちは再び船外に出た。今度は、大量の補強材料と工具を携えて。


亀裂は、さらに拡大していた。6.1メートル。私たちは時間との競争に負けつつあった。


「急ぎましょう」私は補強板を取り出した。


作業は困難を極めた。無重力下での精密作業——ボルトを締めるたびに、反作用で体が回転する。マグネットブーツで固定しても、完璧ではない。


李が最初の補強板を設置した。私がボルトを締める。一つ、二つ、三つ——


その時、亀裂が突然拡大した。音はない。真空中では、音は伝わらない。だが、振動が伝わった。マグネットブーツを通じて——


「まずい!」ラジェシュが叫んだ。「亀裂が分岐しています!」


私は見た。メインの亀裂から、新たな亀裂が枝分かれしていた。三本、四本——まるで稲妻のように。


「これでは——補強が間に合わない」李が絶望的な声で言った。


私は必死に考えた。どうする? どうすれば——


その瞬間、私は気づいた。「待って......亀裂の進行方向を見てください」


全員が注視した。亀裂は、ランダムに広がっているわけではなかった。特定の方向——コロニーの回転軸に垂直な方向——に優先的に広がっていた。


「これは、残留応力です」私は理解した。「コロニーは回転を停止しましたが、材料内部にはまだ応力が残っています。その応力が、亀裂を駆動している」


「では、どうすれば?」


「応力を解放します」私は大胆な提案をした。「意図的に、制御された亀裂を入れる。応力を分散させ、メインの亀裂の進行を遅らせる」


ヴィクトルが驚いた顔をした。「わざと、コロニーに傷をつける? 正気か?」


「正気です。外科手術と同じです。壊疽した部分を切除して、全体を救う」


ラジェシュが計算を始めた。「理論的には......可能かもしれません。しかし、制御を誤れば——」


「破滅的破壊が起きます」私は認めた。「だが、他に方法がありますか?」


沈黙。


李が言った。「やろう。白石の判断を信じる」


私は感謝した。そして、最も危険な作業を開始した——




第三章 崩壊の前夜


制御亀裂の挿入——それは、卵の殻に髪の毛ほどの亀裂を入れるような、繊細な作業だった。


私は高出力レーザーカッターを手に持った。照準を定める。手が震える——いや、震えてはいけない。私は深呼吸した。宇宙服の中で、限られた酸素を吸い込む。


「開始します」


レーザーが発射された。カーボンナノチューブ複合材が、分子レベルで切断されていく。長さ20センチ、深さ2ミリ——計算通りの亀裂を入れる。


一本目、完了。応力が再分配される。メインの亀裂の進行が——遅くなった。わずかだが、確実に。


「成功です!」ラジェシュが歓喜の声を上げた。


だが、私は安心できなかった。「まだ四本、残っています」


二本目、三本目——作業は順調に進んだ。メインの亀裂は、ほぼ停止した。


四本目——レーザーを照射した瞬間、予期せぬことが起きた。


亀裂が、制御を超えて拡大し始めた。


「止まらない!」私は慌ててレーザーを停止した。だが、遅かった。亀裂は走り続け、長さ1メートルに達した。


「白石! 何が起きた!?」李が叫んだ。


私はスキャナーで確認した。そして、理解した。「この部分......材料劣化が、予想以上に進行している。構造強度が、臨界値を下回っている」


「つまり?」


「つまり——」私は恐ろしい真実を述べた。「コロニー全体が、思っていたより脆弱です。第七区画だけではない。他の区画も——」


その時、通信が入った。高橋の声だった。「白石さん、至急戻ってください。大変なことになりました」


私たちは急いでコロニー内部に戻った。


対策本部では、全員が深刻な表情で画面を見つめていた。


高橋が説明した。「AIによる全構造スキャンを実施しました。結果——」彼は三次元構造図を表示した。赤いマーカーが、コロニー全体に散らばっていた。「二十三箇所で、材料劣化が臨界レベルに達しています」


藤原が青ざめた。「二十三箇所......」


「はい。第七区画の亀裂は、氷山の一角でした。コロニー全体が——」


「崩壊寸前だ」私が言葉を継いだ。


沈黙。


中村が震える声で言った。「避難を......地球に、月に、帰還すべきです」


佐藤が首を振った。「無理です。四万人を輸送する船は、ありません。最大でも、五千人が限界です」


「では、残りの三万五千人は?」


誰も答えられなかった。


藤原が立ち上がった。「諦めません。白石さん、本当に方法はないんですか?」


私は考えた。全力で、必死に——


そして、一つの可能性に思い至った。


「あります。一つだけ」私は画面にメモを投影した。「コロニーの構造を、根本的に変更します」


「どういうことですか?」


「現在、コロニーは円筒形です。回転による遠心力で重力を生成している。この構造が、応力を生み、材料を劣化させている。では——」私は新しい図を描いた。「構造を変えます。円筒形から、球形に」


ラジェシュが理解した。「球形なら、応力が均等に分散される。構造的に、最も効率的だ」


「正確には」私は補足した。「完全な球形ではなく、測地線ドーム構造です。三角形のフレームを組み合わせて、応力を分散させる」


李が計算を始めた。「しかし、構造変更には——膨大な作業が必要です。時間も、人員も」


「六十時間あります」私は言った。「全住民を動員すれば、可能です」


田中が不安そうに言った。「でも、失敗したら?」


「失敗すれば、全員死にます」私は正直に答えた。「でも、何もしなくても、死にます。ならば——」


「賭ける価値がある」ヴィクトルが言った。「俺は賛成だ」


一人ずつ、賛同の声が上がった。最後に、藤原が決断した。


「実行します。全住民に協力を要請します。白石さん、指揮をお願いします」


私は深く息を吸った。四万人の命が、私の双肩にかかっている——




第四章 四万の手


構造変更作業——それは、人類史上最大規模の宇宙建設プロジェクトとなった。


藤原の呼びかけに、住民たちは応えた。技術者、労働者、教師、医師、子供を持つ親、高齢者——全員が、自分たちの家を救うために立ち上がった。


私は全体計画を立案した。高橋のAIが、最適化された作業手順を計算した。ラジェシュと李が、各チームに技術指導を行った。中村が資材管理を統括した。田中とエミリーが、作業員の健康管理を担当した。ヴィクトルが安全管理を監督した。佐藤が、全作業員との通信ハブとなった。


作業は三段階に分けられた。


第一段階——既存構造の補強。劣化した部分を、利用可能なすべての材料で補強する。これで、構造変更中の崩壊を防ぐ。


第二段階——測地線フレームの組み立て。コロニー内部の金属資源を再利用し、三角形フレームを製作する。農業区画の支柱、工業区画の機械部品——すべてが材料となった。


第三段階——外殻の再構成。新しいフレームに沿って、外殻パネルを再配置する。球形構造への移行。


各段階に、二十時間。計六十時間——それが、私たちに残された時間だった。


作業開始から十二時間——第一段階は順調に進んだ。四万人の手が、コロニーのあらゆる場所で動いた。溶接の火花が、星のように輝いた。


私は、作業現場を巡回した。第三区画では、六十代の元建築家・山田タケシが、若い作業員たちに溶接技術を教えていた。


「白石さん、私たちは間に合いますか?」山田が尋ねた。


「間に合わせます」私は答えた。「必ず」


第五区画では、二十代の教師・鈴木ナオが、子供たちと共に資材を運んでいた。


「先生、これで本当に助かるの?」小学生の男の子が尋ねた。


「助かるわ」ナオが微笑んだ。「だって、みんなで頑張っているんだもの」


私は彼らの姿に、勇気をもらった。


だが、二十四時間目——問題が発生した。


「白石さん、第九区画で亀裂が拡大しています!」佐藤からの緊急通信。


私は即座に現場に向かった。亀裂は、補強作業中に突然拡大していた。作業員たちが避難している。


私はスキャナーで確認した。「この部分......想定より劣化が進んでいる。補強材では不足です」


李が駆けつけた。「どうする?」


私は決断した。「この区画を放棄します。緊急隔壁で封鎖し、他の区画の補強を優先します」


「しかし、第九区画には重要な水循環施設が——」


「代替システムを構築します。時間はかかりますが、コロニー全体を失うよりマシです」


藤原に報告し、承認を得た。第九区画は封鎖された。


作業は続いた。三十六時間目——第二段階が開始された。


測地線フレームの組み立て——これが、最も困難な作業だった。無重力下で、巨大な金属フレームを正確に接合する。わずかなズレも許されない。


ラジェシュが、各チームに精密な座標を指示した。高橋のAIが、リアルタイムで位置を計算した。


作業員たちは、宇宙という名の工場で、完璧な協調作業を見せた。一つのフレーム、また一つ——徐々に、新しい構造が形作られていった。


だが、四十八時間目——最大の危機が訪れた。


コロニー全体が、激しく振動した。


「何が起きた!?」私は管制室に連絡した。


高橋の緊迫した声。「第七区画の亀裂が——破断しました! 区画の一部が、剥離しています!」


画面を見た。第七区画の外殻パネル、約五十平方メートルが、宇宙空間に飛散していた。


「このままでは、連鎖的に——」


ラジェシュが叫んだ。「構造不安定が伝播しています! コロニー全体が、崩壊し始めている!」


私は計算した。残り時間——十二時間。だが、この崩壊速度では——


「六時間で、コロニーは破壊されます」高橋のAIが無慈悲な予測を示した。


私たちは——敗北したのか?




第五章 真空に響く声


対策本部は、絶望に包まれた。


「もう、無理です......」中村が泣き崩れた。


佐藤が通信機に叫んだ。「地球、月、誰か応答してください! 救援を!」


だが、応答はなかった。最も近い救援船でも、到着には三十時間かかる。私たちには、六時間しかない。


藤原が立ち上がった。「避難船を出します。可能な限り多くの人を——」


「五千人です」私が言った。「五千人しか、救えません」


「では、残りの三万五千人は——」


沈黙。


その時、通信が入った。作業現場からだった。山田タケシの声。


「白石さん、私たちは作業を続けています」


私は驚いた。「山田さん、状況は聞いていますか? コロニーは——」


「知っています。でも、諦めません。まだ六時間ある。まだ、できることがある」


別の通信が入った。鈴木ナオの声。


「白石さん、子供たちが言っています。『僕たちの家を、守りたい』って。だから、私たちも最後まで戦います」


次々と、通信が入った。全作業現場から。


「俺たちは、逃げない」


「ここが、俺たちの家だ」


「最後まで、諦めない」


私は——言葉を失った。彼らの勇気に、圧倒された。


そして、私は悟った。私は、一人じゃない。私たちは、四万人だ。四万人の意志、四万人の力——


「藤原さん」私は決然と言った。「避難船の準備は中止してください」


「白石さん!?」


「私たちは、勝ちます。まだ、方法があります」


私は全作業員に通信した。


「皆さん、聞いてください。これから、最後の作業を行います。それは——コロニーを一つに繋ぐことです」


私は計画を説明した。


現在、測地線フレームは八割完成している。だが、完全には接続されていない。だから、構造が不安定なのだ。


「これから、すべてのフレームを同時に接続します。一斉に。そうすれば、構造が一体化し、応力が分散される」


ラジェシュが言った。「しかし、同時接続には——完璧なタイミングが必要です。一箇所でもズレれば——」


「全体が崩壊します」私は認めた。「だから、四万人全員で行います。各自が、自分の持ち場で、完璧に作業を実行する。一人も失敗しない。それが、条件です」


高橋が言った。「成功確率は......0.3%です」


「では、99.7%失敗する」ヴィクトルが笑った。「面白い。やろうじゃないか」


私は通信した。「全作業員、持ち場に着いてください。カウントダウンを開始します」


四万人が、それぞれの場所で準備した。溶接機を持つ者、ボルトを持つ者、フレームを支える者——


私は深呼吸した。そして——


「カウントダウン開始。十、九、八——」


全員が、息を合わせた。


「七、六、五——」


私は、彼らの顔を思い浮かべた。山田、ナオ、そして全員。


「四、三、二——」


コロニーが、再び振動した。崩壊が加速している。


「一——接続!」


四万の手が、同時に動いた。


溶接の火花が、コロニー全体を照らした。まるで、巨大な花火のように。


ボルトが締まる。フレームが接続される。一つ、二つ、百、千——


そして——


振動が、止まった。


静寂。


私は画面を見た。構造安定性のグラフが——急上昇していた。


「成功......です」高橋が信じられないという顔で言った。「成功しました!」


対策本部に、歓声が響いた。


通信から、全作業現場の歓声が聞こえてきた。泣き笑いの声、抱き合う音、安堵のため息——


私は、その瞬間、涙を流した。


私たちは——やり遂げた。




エピローグ


それから四十八時間後、コロニーは完全に安定した。


測地線ドーム構造への移行は成功し、応力は均等に分散された。材料劣化の問題は根本的に解決された。コロニー「ヘスティア」は、人類史上初の球形宇宙居住施設となった。


私は、改修された展望デッキに立っていた。窓の外には、地球が青く輝いていた。


藤原が隣に来た。「白石さん、報告書を地球に送りました。この構造変更は、今後のコロニー建設の標準になるでしょう」


「それは、私一人の功績ではありません」私は言った。「四万人全員の——」


「分かっています」藤原が微笑んだ。「だから、報告書には全員の名前を記載しました。四万人の英雄として」


私は感謝した。


李が駆けてきた。「白石、見てくれ」彼はタブレットを見せた。「新しいナノマテリアルの開発案だ。今回の経験を基に、より耐久性の高い材料を——」


「李さん、今は休んでください」私は笑った。


ラジェシュも来た。「白石、次のプロジェクトの提案があるんだ。コロニーの推進システムを改良して、火星軌道まで——」


「ラジェシュさんも、休んでください」


田中、エミリー、高橋、ヴィクトル、佐藤、中村——全員が集まってきた。


私たちは、窓の外の地球を見つめた。


「美しいな」ヴィクトルが呟いた。


「ええ」田中が答えた。「でも、ここも美しい。私たちの家だから」


私は頷いた。


コロニー「ヘスティア」——それは、単なる宇宙構造物ではない。四万人の希望、勇気、そして絆が形作った、本当の意味での「家」だった。


私たちは、宇宙という過酷な環境で生き延びた。材料工学、構造力学、そして何より——人間の意志の力で。


窓の外で、太陽が昇り始めた。いや、正確には、コロニーの軌道が太陽の方向に移動しただけだ。だが、その光は——まるで新しい一日の始まりを告げているようだった。


「さあ」藤原が言った。「仕事に戻りましょう。まだ、やることは山ほどあります」


私たちは笑った。そして、それぞれの持ち場に向かった。


私は、構造解析室に戻った。机の上には、新しいプロジェクトのファイルが積まれていた。第八区画の拡張計画、第十区画の新農業システム、そして——月面コロニーとの連携プロジェクト。


仕事は、終わらない。だが、それでいい。


なぜなら、それが生きるということだから。


前進し続けること。


新しい問題に挑戦し続けること。


そして——決して諦めないこと。


私は、窓の外を見た。地球が、ゆっくりと回っていた。いや、私たちが回っているのだ。地球-月系ラグランジュ点L5——重力が釣り合う、奇跡的な場所。


ここで、私たちは生きている。


四万人が、一つの家で。


そして、これからも生き続ける。


宇宙という名の海で。


真空という名の試練に立ち向かいながら。


だが、私たちには——


科学がある。


技術がある。


そして何より——


四万人の、絆がある。


それがあれば、どんな困難も乗り越えられる。


私は、そう信じている。


なぜなら、私たちは証明したから。


ラグランジュ点L5における72時間で。


コロニー「ヘスティア」は、今日も回り続ける。


いや、回らない。球形になったから。


だが、その中で——


四万人の命が、輝き続ける。


真空に響く、生命の讃歌として。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

読者の皆様には、感謝いたします。

ラプ太郎先生の次回作にも乞うご期待ください。

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