2.聖なる力解放
そこで見たのは、地獄のような光景だった。
漆黒の鱗に燃え盛るような紅い瞳。
伝説級の怪物「古の魔獣」が、村の入り口を破壊し、侵入してくるところだった。
「嘘だろ……なんでこんな伝説級がここに……!」
レオが息を呑む。
村の自警団や、レオの未熟な火魔法では太刀打ちできない相手だ。
「みんな、逃げろぉぉぉっ!!」
レオが叫びながら村に向かっていくが、次の瞬間。
魔獣が大きく息を吸い込んだ。すべてを焼き尽くすブレスの予備動作だ。
その狙いは――逃げ遅れた村人たちがいる、私の家の方角だ。
「――やめてぇぇぇっ!!」
私の絶叫も虚しく、魔獣の口から放たれた紅蓮の炎が、実家と診療所を直撃した。
爆風が私を襲う。砂煙が晴れた後、そこに広がっていたのは絶望だった。
焼かれた家屋。黒焦げになった地面。
そして――。
「……う、そ……」
瓦礫の下に、見知った顔が見えた。
いつも優しく微笑んでくれた、腰の曲がったお婆さん。
私の作ったパンを美味しそうに食べてくれた子供たち。
そして、避難誘導をしていたはずの、大好きなお父さんとお母さん。
みんな、動かない。
血まみれで、煤だらけで。ピクリともしない。
「父さん……母さん……っ!」
私の全身から血の気が引いた。
10年間、私を守ってくれた優しい人たち。
それが今、理不尽な暴力によって奪われようとしている。
嫌だ。
絶対に嫌だ。
この人たちがいない世界で、私だけ生き残ってどうするの?
「お願い……みんなを、返して!!」
「――『聖域展開・広域完全修復』!!」
カッ、と視界が白く染まった。
今までの治癒魔法なんて比べものにならない。
太陽そのものを地上に落としたかのような、圧倒的な黄金の光が村全体を飲み込んだ。
それは、時間を巻き戻すような奇跡だった。
崩れた家屋が元の形に戻り、焼けた大地に緑が芽吹き、そして――瀕死だったお婆さんが、子供たちが、お父さんとお母さんが、傷一つない姿で息を吹き返していく。
やがて光が収まった時。
そこには、何事もなかったかのように平和なポポロ村の姿があった。
私は魔力を使い果たし、膝から崩れ落ちた。
みんなは……助かった。よかった。
でも、視界の端には、まだあの巨大な影がある。
「まだ、魔物が……」
私の魔法は「修復」だ。魔物を倒す力はない。
魔獣は健在だ。それどころか、獲物を横取りされた怒りで、私の方を向いている。
逃げなきゃ……でも、もう指一本動かない。
魔獣が爪を振り上げた、その時だった。
『――下がっていろ』
凛とした声と共に、銀色の閃光が走った。
ズドン!!
という地響きと共に、あの伝説級の魔獣の巨体が、一撃で地面にねじ伏せられるのが見えた。
砂煙の向こうに立つのは、白銀の鎧を纏った一人の騎士。
(……つよい……だれ……?)
薄れゆく視界の中で、その騎士がこちらを振り返った気がした。
金色の髪。碧い瞳。
……あ、前世の推しに似てる……。
そこで、私の意識は完全に途切れた。
後で知ったことだが、この時駆けつけたのは、遠征帰りの王国騎士団だった。
そして魔獣を一撃で葬ったのは、この国最強の剣士でもあるアレクセイ王太子殿下、その人だったという。
……つまり。
私の力はバッチリ王太子に目撃されていたのだった。
◇ ◇ ◇
「――っ、はぁ、はぁ!」
私は弾かれたように体を起こした。
全身から冷や汗が噴き出している。心臓が早鐘を打って痛いほどだ。
脳裏に焼き付いているのは、紅蓮の炎に包まれた村と、瓦礫の下で動かなくなった家族の姿。
「お父さん! お母さん! みんな……っ!」
叫びながら周囲を見渡す。
……え?
そこは焼け野原ではなかった。
ふかふかの羽毛布団に、豪奢なベルベットの壁、そして甘いアロマの香り。
揺れすら心地よいこの空間は、どう見ても高級な馬車の中だ。
混乱する私の耳に、落ち着き払った低い声が響いた。
「……村人なら、全員無事だ」
ハッとして横を見ると、そこにはこの世の者とは思えない美男子が優雅に足を組んで座っていた。
アルカディア王国の至宝、アレクセイ王太子殿下だ。




