第五話 ネタバラシ② side ローランド
まずナターシャに出会わなければ、横恋慕されて恨まれることもないのじゃないか?
小説の中のナターシャは社交界で馬鹿にされ、城に閉じこもっているような姫だった。
だから、私がサラマンド王国に行かなければ会わないのでは…?と思い避けていたのだけれど…
この世界のナターシャは小説の中の卑屈で殻に閉じこもったナターシャとは異なり、父王が溺愛しているのを良いことに、奔放に動き回り、グラマラスな体を武器に好みの男達を侍らす、恋の狩人のような女性だった。
私は、この手のタイプの女性が最も嫌いだ。
何故なら、前世で私に一方的な好意を抱き、挙句の果てには『自分にとって邪魔だから』という身勝手な理由で、私の大切な家族を亡き者にした中山くるみという同僚の女が、そんな女性だったからだ…。
〜・〜・〜・〜・〜
中山くるみは、元々は貴金属売り場の担当をしていたけれど、そこで上司との不倫がばれ、僕のいる食品売り場に異動して来たという噂だった。
噂はどうであろうと、ちゃんと仕事をしてくれればそれで良いと思っていたのだけれど…
これから契約をとりつけたいと思っている寿司の名店に、キツい香水の匂いをプンプンさせて来た彼女は、まるでヤル気がないのだと思った…。
『ちょっと、その香水…』
と注意しようとした僕に…
『分かります〜?これ、いますごく人気でなかなか手に入らないものなんです〜。
せっかく山崎さんとデートだから、嬉しくてつけてきちゃった。エヘッ♡』
と理由のわからないことを言い出し、寿司屋の親方をドン引きさせていた…。
それまでの付き合いと、後から何度も一人で交渉に行き、熱心に口説いたその熱意で、何とか出店はしてもらえたけれど…
その後も、中山くるみは見当違いな発言が多く、僕の話も勝手な解釈をして、距離を詰めてこようとするし、これは仕事だと言っても理解しない頭の悪さに疲れを感じ…距離を置くようになった。
大手の取引先の娘らしい彼女は、どんなに重大なミスをおかしても、きつく叱責されることはなく、態度を改めることはなかった。
ただ…初めのうちは、高級ブランド品で身を包み、気前の良い彼女には多くの取り巻きがいたのに、だんだんその我儘さに辟易して人が離れていったので、気がつけば職場でも一人でいることが多くなった…。
みんなに羨ましがられて注目を集めないと気がすまない彼女は、そのうち『僕と付き合っている』という、ありもしない嘘をつくようになった…。
(今考えれば、もうその頃から彼女の思考はだいぶ狂っていたのかもしれない…)
それを職場の他の人から教えてもらった僕は、彼女に『これ以上出鱈目な嘘を職場でばら撒くようなら、警察に相談する!!』と脅しを掛けた。
何も本当に警察沙汰にするつもりはなかったのだけれど…いい加減彼女の嘘に振り回されるのにうんざりして、苛立っていたから…ついキツく言ってしまった。
それが、まさかあんな悲惨な事件の引き金になるとは…思いもしなかった…。
〜・〜・〜・〜・〜
それは丁度僕が北海道フェアに携わっていた時のことだった。
ずっと出店を断られていた"幻のチーズケーキ”を、今回7度目の依頼でやっと出店してもらえることになった。
そこは真由と僕の思い出のお店で、独身時代初めて二人で北海道旅行に行った時に、たまたま見つけたお店だった。
外観はこぢんまりした普通のケーキ屋さんで、当時はまだ無名のお店だったけれど、そこで食べたチーズケーキがあまりにも二人の好みにドンピシャだったので、旅行から帰った後も忘れられない味となった…。
年老いたパティシエが1人で作っているお店だったので『せっかくのお誘いだけれど量産できないから…』と断られていた。けれど…今回7度目にして、僕の熱意に負けたと1日80個限定で出店にこぎつけることができた。
真由にその話をすると…もちろん『買ってきて〜!!』と頼まれたけれど、今回は販売個数が少ないので買えるかわからないと話をしていた。
真由も僕が何度もチャレンジして、やっと出店が叶ったことはよく知っていたので、それ以上無理やり強請るようなことはなかった…。
そんな僕がリーダーとなって率先した北海道フェアが無事大盛況に終わり、幻のチーズケーキは買えなかったけれど、他の北海道土産を買って家に帰ると…
何だかいつもと様子が違った…。
まず、真由はどんなに遅くなっても僕が帰ってきたら玄関で出迎えてくれるのに、やって来ない…。子供達もまだ起きている時間のはずなのに、何の物音もしない…。
(コンビニに買い物でも行ったのだろうか…?)
そう思いながらダイニングに入っていくと…
真由と子供達が机に伏せって寝ている…。
テーブルの上には、食べかけのケーキがあって…
明らかにおかしい状況に、僕はそんなはずない!!と思いながらも、真由や子供達を起こすため、大きな声で名前を呼んだ。
『真由!!空!!海!!』
どんなに大きな声で名前を呼んでも、肩を思い切り揺すぶっても、3人が起きることはなかった…。
真由達が食べていたケーキは、あの“幻のチーズケーキ”で、テーブルの隅には僕の勤める百貨店の包装紙が置いてあり、そこには送り主に僕の名前が書かれた送り状が貼られていた…。
僕は何とか最後の気力で救急車を呼んだけれど…もう僕の家族が戻ってこないのは明らかだった…。
〜・〜・〜・〜・〜
ケーキに毒を混ぜ、僕の名前で真由に送ったのは、中山くるみだった。
彼女は『自分と透さんは結婚する予定なのに、妻と子供達が邪魔をするから一緒になれない…。だから殺した…』と自供したそうだ。
いつそんな約束をした?
どうしたら僕が彼女を愛しているなんて勘違いをできる?
僕が、いつそんな誤解をするような行動をした?
全て、彼女が作り上げた妄想だ!!
中山くるみが逮捕されて死刑になっても、僕の家族が戻って来るわけではなかった…。
(神様、僕に真由を…空を…海を…家族を返してください!!)
僕は会社を辞め…。
…その後のことはよく覚えていない…。
そして気がついたら、この『可憐な白い花は手折られる〜この子誰の子?〜』の世界にいた…。
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