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白角の方程式  作者: 喜々
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第六章 記録されなかった声

風が止んだ。

足元の青いリュックは、確かに妹が投げたものと同じ重みを宿している。

砂の粒が付着し、金具の隙間には半年前の錆が黒く沈んでいた。


蓮は膝をつき、ゆっくりとファスナーを開けた。

中から現れたのは、水で滲んだノートと、まだ使われていない観覧車のチケットが数枚。

チケットの時刻は――事故のあった日より、さらに一週間後の日付だった。

存在しないはずの未来の乗車券。


ノートの表紙には、美緒の癖字でこう書かれていた。

《見たものを、信じて》


ページをめくると、地図のような落書きと、断片的な言葉の列。

「海風」「影の通路」「27番の外側」――

それらは意味を持つようで持たず、しかし一つの方向へ蓮を導こうとしている。


ユニコーンは、リュックの中身を覗き込むと静かに顔を上げ、廃園の奥にある潮風塔を見やった。

そこは安全管理棟の隣に立つ、高い展望施設。

事故後は立ち入り禁止になっているはずの場所。


蓮はリュックを肩に掛ける。

胸の奥で何かが、再び脈を打ち始めた。

あの日の謎は、まだ終わっていない。

そして――答えは、潮風塔の最上階が握っている。


夜の園は、月の光とわずかな海霧に沈んでいた。

潮風塔の最上階にある監視室は、廃墟というよりも“時間の抜け殻”といった趣だ。


蓮は、錆び付いた階段をひとつずつ踏みしめながら上る。

靴底にかすかに伝わる微かな振動は、海から運ばれるうねりか、それとも――塔そのものが何かを覚えているのか。

最上段の扉には鍵が掛かっていなかった。だが取っ手を握ると、金属越しに冷たく脈打つものがあった。


「……開けるの?」

妹の声が、鍵穴の奥から微かに滲んだ。


監視室の中はほこりと塩で白く濁り、壁一面のモニターは半分が沈黙している。

唯一生きている古い録画機を蓮が再生すると、事故当夜の映像が浮かび上がる。

観覧車のゴンドラは、26から28へとカウントを飛ばし――


——そして、画面が15秒間、真っ黒になった。


復帰した瞬間、画面の端をかすめる白い軌跡。

螺旋を描きながら消えるそれは、ユニコーンの角に似ていた。


机の上には、事故当日の運行ログが残っている。

「26→28」と記録されているはずが、センサーの記録欄には“追加荷重+1名”の赤い文字。

さらに、保守員の走り書きが挟まっていた。


 3:27 停止信号が通らない(要点検)

 —報告未提出、原因不明—


潮の匂いが急に濃くなり、外の海鳴りと混じって低い旋律が聞こえてきた。

それは妹がよく口ずさんでいた童謡――。


旋律に導かれるように、モニターの黒い枠の奥が揺らぎ始める。

波の音は次第に観覧車の軋みへと変わり、監視室の床下からも同じ振動が伝わってくる。

ユニコーンの声が、妹の声色で重なった。


「3:27は閉じる――選ぶのは、あなた」


足元の影が伸び、蓮の片足を飲み込む。

視界は廃墟の監視室から、事故前夜の“昼の園”へと反転し始めた。

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