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白角の方程式  作者: 喜々
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第四章 境界の蹄跡

ユニコーンは、ほとんど音を立てずに進む。

蓮はその後ろ姿を追いながら、廃墟と幻影の境目を歩いているような感覚にとらわれていた。


やがて二人(ひとりと一頭)は、半壊したメリーゴーラウンドの前に立った。

木馬たちは首を垂れ、ペンキの笑顔は色褪せている。

だが耳を澄ますと、確かにオルゴールの旋律が聞こえた。

壊れているはずなのに、音だけは完璧だった。

鍵盤を弾く指の感触まで想像できるほど、鮮やかな音。

現実の空気を押しのけ、空間そのものに染み込むように流れていた。


蓮の視線は、メリーゴーラウンド脇の掲示板に引き寄せられた。

そこには色あせた紙が何枚も貼られ、端は風に裂かれている。

「ルナ・パーク安全報告書」「運行記録」「目撃証言」――表題はすべて半年前の日付だった。


震える指で一枚をめくると、裏に手書きのメモがあった。

《あの日、女の子は27番ゴンドラに…》

それ以上は、紙が黒く煤けたように読めない。


ふと、メリーゴーラウンドの鏡面に自分の姿が映り込む。

だが、その肩越しに――妹が立っていた。

口元は動いているのに、声は届かない。

蓮は息を呑み、声を返そうとしたが、喉が固まっていた。

その瞬間、妹の姿は霧のように消えた。


代わりに足元の砂地に、小さな蹄跡が刻まれている。

ユニコーンはすでに歩き出していて、蹄跡はそのまま園の奥の影へと続いていた。

影の中から、微かに観覧車の軋む音が響いてくる。


蓮は息を呑み、追う。

蹄跡の先に、巨大な影がそびえていた。

観覧車――その回転はほとんど止まっているのに、27番のゴンドラだけがゆっくりと揺れていた。

風は吹いていない。にもかかわらず、まるで誰かが中から呼吸しているように、微かな振動が伝わってくる。


近づくほどに、足音は砂の上を歩く音から、鉄骨がきしむ金属音に変わった。

ユニコーンは蓮の横で立ち止まり、真っ直ぐそのゴンドラを見上げている。

その瞳には、空の色とは異なる、深い群青の光が宿っていた。


階段を上ると、半年前に止まったままの時計が入口に掛かっている。

午後三時二十七分。

事故の時刻だ。蓮はその数字を、記録帳の空白と重ねた。

手すりは冷たく、指先がひりつくほど。


27番ゴンドラの前に立った瞬間、蓮の視界が揺れた。

足元の鉄板が溶けるように透け、下には昼とも夜ともつかぬ景色が広がっている。

無数の声が遠くから押し寄せ、重なる。

――「まってるね」

妹の声が、その中で一際はっきりと響いた。


扉は、鍵がかかっていない。

蓮は一度だけユニコーンを振り返る。

ユニコーンは小さく頷き、その瞳の光を蓮に映した。


蓮はゴンドラに足を踏み入れる。

次の瞬間、観覧車がひときわ大きな軋みをあげ、

世界が音もなく反転した。

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