第三章 痕跡
ユニコーンの背中を追いながら、蓮は園内を歩いた。
さっきまで錆びていた観覧車の外壁は、鮮やかな赤に塗り直されていた。
剥がれ落ちていたペンキも、まるで昨日塗ったばかりのように艶やかに輝いている。
地面のひび割れは跡形もなく、砂糖菓子を焼くような甘い匂いが風に混じって漂っていた。
人々の笑い声があちこちから届く――はずなのに、目を凝らしても誰の姿も見えない。
空気はやわらかく、潮風は甘い香りに押し流されていた。
音と匂いだけが、まるで夢の残り香のようにそこにあった。
ユニコーンは歩みを止め、古びたベンチの前で首を傾げた。
そこに、何かが置かれている。
蓮が近づくと、それは妹のリュックだった。
日に焼けた青色に、小さなユニコーンのキーホルダーが揺れている。
確かに、美緒が誕生日にもらって以来、ずっと大事にしていたものだ。
蓮は思わず手を伸ばした。
指先に、確かに重みがあった。だが次の瞬間、リュックはふっと空気に溶けるように消えた。
そこには何も残っていない。
代わりに、足元に一枚の紙切れが舞い降りていた。
拾い上げると、それは切符だった。
「観覧車・27番ゴンドラ」の文字と、半年前の日付。
そして裏面には、鉛筆でこう書かれていた。
《まってるね》
その文字を見た瞬間、蓮の胸が締め付けられた。美緒の癖字——間違いない。
胸の奥で、鼓動が速くなる。
蓮は顔を上げ、ユニコーンを見つめた。
ユニコーンは何も言わず、また歩き出す。
陽射しに照らされたその影は、さっきよりも長く伸び、園の奥へと続いていた。
蓮は唾を飲み込み、足を踏み出した。
この先に、もっとはっきりとした答えが待っている――そんな予感がした。