第二章 白い案内人
ゴンドラは、ゆっくりと夜の空へと昇っていく。
蓮の背中を包む空気は、冷たいはずなのに、夏の縁側で感じた風のような、やわらかな温度を帯びていた。
その感覚が、胸の奥にかすかな安らぎと不安を同時に呼び起こす。
窓の外では、朽ちた遊具がふっと色を取り戻し、灯りがともる。笑い声が湧き上がり、潮風の匂いに甘い綿菓子の香りが混ざる――それは、蓮が知っているはずの、ずっと昔の景色だった。
ほんの数秒前まで確かにあった“廃園”は、蜃気楼のように揺らぎながら解けていく。
くすんでいた色がにじみ、淡い光に溶け込み、夜の青が昼の黄金に変わっていく。まるで誰かが記憶のフィルムを静かに差し替えたようだった。
蓮は、ふと妹の落書き帳を思い出した。
そこには、白い動物の絵が何度も描かれていた。一本の角と、波のようなたてがみ。
「お兄ちゃん、これは夢の案内人なんだよ」――美緒はいつもそう説明していた。
その時だった。
霧の中、白い影がゆらめく。
ゆっくりと近づくにつれ、細い角としなやかな脚の輪郭が浮かび上がった――ユニコーンだった。
真っ白な体は光を吸い込むように淡く輝き、その瞳は磨かれたガラスのように無機質で冷たい――はずだった。
だが、その奥に、自分と、もう一つの小さな笑顔がふっと浮かんだ。
「美緒……」
唇から零れた瞬間、ゴンドラの床がかすかに震えた。
視界が揺れ、足元の感覚が消える。耳が詰まり、胸の奥で自分の心臓の音だけが響く――世界が反転する。
気づけば、蓮はゴンドラの外に立っていた。
観覧車は止まり、園内は昼の光に包まれている。
人の声、笑い声、音楽。
すべてが、半年前の姿に戻っていた。
ユニコーンはすぐそばに立ち、陽射しの中、その影を地面に長く伸ばしていた。
理由は分からない。ただ、その背を見失えば二度と会えない気がして、蓮は迷うことなく後を追った。




