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第八話 王子様と敬語

 ボイスレコーダーのスイッチを入れると、いつものように、少し硬いカイルの声が流れ始めた。


 「日本語の敬語には……ていねいご、そんけいご、けんじょうご……の三しゅるいがある」


 真面目なトーンで、しっかりとひとつずつ区切りながら読む声。その一文だけで、澪の口元には自然と笑みが浮かぶ。


 最近は、文通のやりとりに加えて、発音練習を兼ねた“音声の往復”が日常になりつつあった。


 澪は実家に残っていた昔の国語の教科書を引っ張り出し、ページをコピーして瓶に詰める。カイルはそれを音読し、録音して送り返してくれる。なかなか律儀で、なかなか面白い──そんなやりとりだ。



 ある日、瓶の中から流れてきたのは、どこか芝居がかった、やたらと丁寧なカイルの声だった。


 「澪様。お茶を……お召しになりますか?」


 「……え?」


 “お召しになる”。


 カイルがこちらの敬語を覚えようとしているのは知っていたけど……いや、それ、“飲む”時には使わない。


 「お召しになるって……それ、服を着るときの尊敬語じゃないの……」


 つい突っ込んでしまってから、澪はペンを取る。


 《“お召しになる”は、“着る”ときの言葉。お茶をすすめるときは、“召し上がりますか?”の方が合ってるよ》


 それだけじゃなんだか教科書っぽい気がして、《たとえば「お茶を召し上がりますか?」とか、「お飲みになりますか?」が自然かな》と、付け加えて瓶に入れる。



 数日後。瓶の中から返ってきたのは、丁寧すぎる文面だった。


 《澪先生、ご指導ありがとうございました。今後とも、よろしくお願い致します》


 「……先生……?」


 たしかに、自分は国語教科書を送り、日本語の使い方を指摘した。でもまさか“先生”呼ばわりされるとは思っていなかった。


 「……剣術の先生にも敬語使うって言ってたけど……もしかして、日本語の先生認定されちゃった……?」


 笑いながら、澪はボイスレコーダーを手に取った。録音ボタンを押し、軽く咳払いをひとつ。


 「私に対する敬語は禁止!そんなのされたら逆に緊張するでしょ!」


 録音を止める。ふふ、と笑いがこぼれた。


 王子様が、敬語の練習をしてる。真面目な声で、ちょっとずれた言葉遣いを覚えようとしてる。なんだか不思議で、それが少しおかしかった。

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