第七話『星継の儀と、羽ばたけぬ空』
お世話様です。
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今回は、力を解放したミリィの魔素が、ついに精霊界に気付かれてしまう。
連れ戻そうと、王女直轄部隊《六翼》が人間界に!?
果たして、ミリィはどうなってしまうのだろうか。
――精霊界、王宮最上層。
蒼き星々が瞬く夜空の中、突然、宙に奔るかのような震えが走った。
「……っ、この反応は……!」
精霊城エリュシオンから少し離れた場所にある、精霊大樹の根幹に設けられた〝星律の間〟にて、無数の魔素波を記録する魔法陣が赤く点滅する。
現れた魔素波は、まさしく王族――
それも〝蒼の血〟に連なる者だけが放てる、極めて特異な波長。
「間違いない。これは――第一王女、ミリシア様の魔素です……!」
すぐに報告が上がり、精霊騎士団王室直轄部隊《六翼》の本拠、星刃の塔へと緊急信号が響き渡る。
「捜索対象、発見された」
暗い会議室の中、六つの紋章が光る。
中央に立つ漆黒の鎧の男が、静かに口を開いた。
「全隊、出撃準備。座標、人間界……リーメルだ――!」
その声に、次々と姿を現す五人の影。
鋭い蒼き瞳の女剣士《蒼翼》セレスト。
轟く雷のような魔槍を背負う《雷翼》ジール。
紅蓮を纏った炎術の魔女《紅翼》レイラ。
治癒と支援を担う精霊神官《翠翼》エルノア。
白銀の髪と片眼鏡を持つ少年騎士《白翼》フィン。
そして――
その他にも、各々異なる属性を司る精鋭たちが集う。
「目標はただ一つ。第一王女の確保と、魔族勢力への対処」
団長《黒翼》ヴァルドランの命に従い、六人の翼は動き出す。
音もなく、星の輝きの中へと舞い上がる。
目指すは――人間界のリーメル。
「……」
(……姫様。なぜ、あのような形で力を放ったのですか……――?)
セレストが小さく呟く。
そして、リーメルの空。
ミリィがまだ剣を握っている、その遥か上空――
光の切れ間から、六つの影が静かに降り立とうとしていた――
* * *
人間界 リーメル街――
焦げた空気が、まだ街に残るリーメルの広場。
ミリィの放った魔素の余波が静まった頃、六つの翼が彼女の前に降り立った。
「あはは……やっぱり、バレちゃったか――」
ミリィは、俯いたまま小さく呟く。
《六翼》――精霊騎士団王室直轄部隊。
蒼き月光に照らされ、黒の甲冑に身を包んだ団長《黒翼》ヴァルドランが、一歩前に進み出る。
「第一王女、ミリシア様。あなたを、精霊城エリュシオンへ連れ戻す」
その声は冷徹で、鋼のように揺るぎなかった。
シーナが、心配そうにミリィを見上げる。
その横でミリィは、ぎゅっと拳を握った。
「っ……! 私は……まだ、戻りたくない!」
言葉は、力強かった。
その場の空気が揺れる。
「私は……自分の意思で、ここに来たの。人間界を歩いて、自分の目で見て、心で感じたかった。精霊界の外に広がる――〝知らない世界〟を……!」
《紅翼》レイラが、少しだけ眉をひそめる。
「姫様……それでも、あなた様は王族。ご存命の精霊女王と並ぶ、蒼の血を引く者として、精霊界を統べる王女の責務があるのです」
「っ! わ、わかってるっ……そんなの、わかってるよ……!」
ミリィは、叫ぶように言った。
「でも、私……〝王〟になる為だけに、生まれてきたわけじゃない。もっと自由に……自分らしく、飛びたかった。なのに……」
言葉が詰まる。
瞳に涙が滲む。
――けれど、足は引かない。
その時――
団長ヴァルドランが、静かに口を開いた。
「――王位継承の儀。正式には、《星継の儀》と呼ばれるものだ」
その名を聞いた瞬間、ミリィの肩がぴくりと震える。
「儀は、星の巡りが重なる〝星降の夜〟に執り行われる。次代の王が《星契の冠》を戴き、精霊界と精霊大樹に、その存在を刻む神聖なる儀式……」
ヴァルドランの声は静かだが、鋭く胸を刺すようだった。
「それが、七日後に迫っている。姫様、あなたは逃げられない」
ミリィは、まるで地に縫いつけられたように動けなかった。
自由と、宿命――
その狭間で揺れる心が、まるで裂けるように痛んでいた。
その様子を黙って見ていたシーナが、そっと彼女の袖を引いた。
「ミリィ……行っちゃうの?」
ミリィは、すぐには返事をしなかった。
ただ……星のない空を、見上げる。
そして、その沈黙の先で、彼女の中に一つの〝選択〟が芽生え始めていた――
* * *
重たい沈黙の中、ミリィは一歩、ヴァルドランに踏み出した。
「……私は、戻らない。自分の心を裏切って、ただ王になるなんて、そんなの……本当の〝私〟じゃないから!」
空気が張り詰める。
ミリィの魔素が膨れ上がり、金色の髪が風に揺れた。
《雷翼》ジールが抜剣した。
蒼雷のエネルギーが、地面をひび割れさせる。
「……だったら、実力で連れ帰る! それが、六翼の使命だ!」
ミリィの瞳が燃える。
「そう、なっちゃうよね……なら、かかってきなさい! 私は――自由の為に、戦う!」
その瞬間、光の柱がミリィの足元から天へと伸びる。
「……聖光の揺炎よ、目覚めの刻は今──純白なる怒りを焔と化し、世界を灼け。汝は清めの業火、導きの光──万象を包み、浄化せし精霊の裁きとなれ!――」
「っ! そ、その魔法はっ――い、いけない! ジール! 何をやってるの!? 早く、姫様を止めなさい!」
本来なら司令塔役のセレストが指揮するのだが、咄嗟に《紅翼》レイラがジールに命令する。
魔法に長け、魔素の構造を理解している彼女だからこそ、王女殿下が放とうとしている、その魔法に危険を察知したからだ。
「ぐ、レイラ! 俺に、命令するんじゃ、ねぇーー! うおぉおーー!!」
ジールは自身の能力を使い、雷鳴の速度でミリィに飛び掛かった。
しかし――
詠唱は既に完了していた……
ミリィは天高く手を上げ、空に向かって叫ぶ。
「――《ルミナス・インフェルノ》!!」
「っ! なにっ! うぁあーー!!」
黄金の火柱が炸裂した。
瞬間、広場が白く焼かれ、六翼のメンバーは各々の手段でそれを防ぐ。
《蒼翼》セレストが氷の壁を瞬時に展開し、爆発の熱から仲間を守る。
「くっ……火力が、桁違い……!」
「あわわぁ、燃えてしまいますぅ~」
「……ダメージ率、拡大――危険」
ジールは、それを自身の素早さで、何とか危機を回避。
続いてヴァルドランは、回避が遅れてしまいダメージを負ってしまった。
そして、他の団員は、セレスト副団長の魔法のお陰で、軽傷で済んでいた。
前衛にヴァルドラン、中衛にセレストとジール、後衛にレイラ、エルノア、フィン。
各自それぞれダメージを最小限にする為、最善を尽くしていた。
だが、ミリィは止まらない。
続けて空中へ跳躍し、風を纏う。
「――《ヴェリタス・テンペスト》!」
さらにミリィは、高等技術の詠唱破棄で魔法を放つ。
手を振るごとに、鋭利な風の刃が次々と走り、空間を切り裂いた。
《紅翼》レイラが片翼を展開し、火属性の斬撃でそれを切り払う。
「ぐっ、詠唱破棄でこの威力……王女相手とは思えない、まるで戦場の魔導兵……――!」
ヴァルドランが、重く剣を構えた。
「姫様……本気で、我々を敵に回すつもりか」
ミリィは、剣と魔法に囲まれながらも、ただ静かに微笑んだ。
「だって、私は――〝誰かのレールの上〟じゃなくて、自分で空を選んで、飛んでみたいの……」
そして、再び詠唱を始める。
「我が声に応えよ、精霊たちよ。絶えぬ願い、揺るがぬ絆を盾に変えて。今ここに、悠久の環を描き──破壊の波より、すべてを護る永劫の障壁となれ!──《エテルネア・シールド》!!」
眩い光の球体が、リーメル全体に展開し、彼女と後ろにいたシーナに、さらに防御結界で包む。
その堅牢さは、精霊界の騎士すらも数秒の隙を強いられるほど。
しかし、戦いはまだ序章にすぎなかった。
六翼の本当の実力、団長ヴァルドランの〝黒翼の奥義〟が、未だ封じられたままだったからだ――
* * *
精霊の風が止み、世界が静寂に包まれる。
その中心で、ミリィとヴァルドランが向かい合っていた。
他の《六翼》は、ミリィの先程の魔法の余波で距離を取っている。
この空間は――二人だけのもの。
「……ヴァルドラン。あなたが動くってことは、本当に〝引く気はない〟ってことね」
ヴァルドランの漆黒の鎧が、月光を反射して鈍く光る。
手にした大剣《黒翼刃グラディウス》は、闇の魔素を纏いながら、静かに彼の背から生える〝漆黒の翼〟と共鳴していた。
「姫様。これは、任務ではない――戒めだ」
ミリィは、静かに目を閉じる。
そして、再びその瞳を開けたときには――もう迷いはなかった。
「だったら、私の意志で戦う。自由を、私自身の手で勝ち取るために!」
ヴァルドランが静かに剣を構える。
「その覚悟――見せてもらおう」
次の瞬間、爆発的な速度で二人がぶつかり合った。
ギィン!!
光と闇の衝突。
ミリィの星霊剣が、ヴァルドランの黒翼刃と火花を散らす。
「――《ルミナス・インフェルノ》!!」
ミリィの周囲が光の炎に包まれる。
ヴァルドランは後方へ跳び、翼を広げて空へ。
「姫様、貴方の火は強い。しかし――」
彼の足元に、黒い霧が渦を巻く。
「それは〝空〟を支配するには、まだ脆すぎる――《漆翼断界》!!」
漆黒の斬撃が空間を断ち裂き、一直線にミリィを狙う。
ミリィは咄嗟に詠唱する。
「っ! ――間に合えっ! 《エテルネア・シールド》!」
展開された光の盾が闇の斬撃を受け止める――が、その威力は圧倒的。
結界が悲鳴を上げ、ひびが走る。
「……っ、やっぱり団長は……本気なんだね」
息を切らしながら、ミリィが微笑む。
「だが、姫様。あなたのその〝強さ〟が、今どこから来ているか……私は理解している」
その声に、ミリィはハッとする。
「その力の核は〝誰かを守りたい〟という――王としての資質に、ほかならない」
ヴァルドランの剣が、再び振り上げられる。
「私は、貴方を否定しない。だが、それが〝今〟であるかは――この剣で決める」
ミリィは剣を構え直し、全魔素を集中させる。
「私は……王にならないわけじゃない! でも、誰かの命令で立たされる王座なんて、私は絶対に座らない!」
星が瞬く。
「――《星霊剣》!!!」
天空から降る星々が集い、ミリィの剣に宿る。
白銀の光が闇を裂く――!
その瞬間、世界は光に飲まれた――
* * *
一撃、また一撃――
ミリィとヴァルドランの戦いは、もはや人知の域を超えていた。
夜空が焦げ、街が崩れ、空間さえも揺らぐ。
けれど、ミリィの剣は止まらない。
「姫、様…………で、す………っ! 姫様! ――も、もう……もう十分です!」
セレストの悲痛な叫びが木霊する。
だが、ミリィは振り返らない。
「私は……今ここで証明する……!」
星の力を握りしめ、ミリィが静かに呟く。
「この自由も、この想いも――私の〝選択〟だってことを!」
その瞬間、世界が静止したかのように見えた。
ミリィの体を中心に、淡い金色の光が花弁のように広がり、天空に巨大な魔法陣が浮かぶ。
「……星よ、語れ。精霊よ、目覚めよ。古の名を継ぎし我、今こそその真なる力を示す。眠れる神話よ、再び輝きを取り戻せ……伝説は目覚め、運命は輝く。全ての光は我が手に、全ての力は仲間と共に! 星環解放──精霊律、全開! ――!」
ミリィの身体から膨大な魔素が溢れ出す。
空気が震え、まるで世界全体が揺れているようだった。
「なっ、そ、その魔法は……っ、い、いけません! 姫様! それを使用なさっては、あなた様がまたっ――!」
六翼の中でも特に、ミリィを崇拝し慕っているセレストは、またしても悲痛に顔を歪めて、彼女に向けて叫んだ。
それを人間界(異界)で使ってはいけないと――悲鳴をあげているようだった。
しかし、それでも……ミリィは止まらない。
「――行くよ、ヴァルドラン……私の力、見せてあげる――目覚めなさい! 私の中の〝霊核〟よ! 《レジェンダリア・アウェイク》!!」
そして、紋章が浮かみあがり、ミリィの真の姿が現れる。
その紋章は――
かつて、精霊王が纏ったという、伝説の印。
「まさか……ッ!!」
ヴァルドランの瞳が見開かれる。
そして――ミリィは、そのまま魔法を唱えた。
「──汝、理を統べし、創星の律動よ。眠れる輝き、いま我が名に応えて目覚めよ──聖光、黎明、輪廻の環を描き──天を穿ち、星を織り、全てを照らす煌きとなれ――」
その名を告げた瞬間、空が裂けた。
世界の法則がねじ曲がり、万象がひれ伏す。
四大精霊――風、火、水、土が彼女の周囲に具現し、彼女にひざまずく。
さらにその外周には、古代精霊たちの影が円陣を描く。
「これが……精霊王族の証……!」
他の《六翼》たちが息を呑む。
「これは……〝禁忌〟です、ミリィ様! それを使えば――精霊界が、貴女様を認めてしまう!! また、あの時みたいに、魔法の代償(副作用)が――!」
セレストが泣き叫ぶ。
だが、ミリィはただ微笑んだ。
「いいよ、認められても。私は、それでも――〝自由な王〟になるから!」
彼女が腕を掲げると、煌めく星々が降り注ぎ、魔素が収束していく。
「――《煌霊創星陣》、展開開始――!」
その瞬間、天地が反転した。
世界の構造そのものを書き換えるかのような光が、ヴァルドランを包み――
黒翼が溶け、剣が砕ける。
……だが、彼の命は奪われなかった。
「これは……《破壊》じゃない。これは……〝再創造〟だと……?」
ヴァルドランは天を仰ぎながら、ようやく膝をついた。
「……見事です、姫様……いや――ミリシア・ハーヴァリィ・バレンタイン殿下。あなたこそ……真に相応しき〝王〟の器……」
そして――戦いが、終わった。
だが、ミリィの胸の内は静かではない。
王に認められるということは――
彼女の〝自由〟が、真に奪われるかもしれないということ。
けれど、その時のミリィの瞳には確かに光があった。
「それでも……私は、歩くの。自分の足で」
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