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ACT8

私達は今、雑居ビルが並んだ細い路地に来ていた。最寄り駅としては、渋谷から数駅ほど離れた場所である。渋谷などの東京の中心には、10分〜15分程度で通える距離ではないだろうか。



この場所は、駅からは少し離れているが、徒歩でも十分通える距離である。駅近というわけではないが、通勤などの事を考えれば、それほど不便という訳ではないだろう。むしろ、生活しやすい環境かもしれない。まあ、周りは飲み屋が立ち並んでいるので、その事が気にならなければ、であるが。



今、私達がいる路地は、そのような飲み屋が立ち並ぶ場所から少し離れた場所にあった。隣の、やや広く整備された通りには、マンションなどが立ち並んでいる。駅前の飲屋街と住宅街が入り混じったエリアといった感じである。



さらに、駅前から離れたエリアは、完全に住宅街となっているようであった。このエリアには、少し古さを感じるビルが立ち並んでいた。暗いビルの入口を見ると、スナックやバーなどの看板が並んでいる。



私達が目指す場所も、このような雑居ビルの一室のようであった。どうやら、この辺りの雑居ビルは、店舗として貸している部分と、住居として貸している部分があるようである。私達が入口に立っているビルは、中層階までは店舗スペースとして貸しており、さらに上の階には、住居として貸しているスペースがあるようであった。



凛子からのメールによって、女達がこのビルの上層階にいると連絡を受けていた。おそらく、サヤカという女は、この雑居ビルの上層階の住居スペースに住んでいるのだろう。という事は、凛子はサヤカの住む部屋にいきなり行った事になる。



私としては、迂闊な行動だと思う。あるいは、危険があるかもしれないと解っていて、自ら進んで、サヤカの誘いに乗ったのかもしれない。だからこそ、保険のため健吾に連絡してきたのかもしれない。もしそうであるなら、なかなか計算高い女だ。私は、雑居ビルの入口に立った健吾の肩の上で、そう考えていた。



「立花さんからのメールの住所は、ここのはずだ」

凛子からのメールを確認しながら、そう言った健吾の目は真剣であった。それは強い悪意を感じているからだろう。おそらく部屋にいるであろうサヤカの悪意を、ビルの入口にいても感じられた。



それは、猫である私だけが感じられるというレベルではなかった。私よりも、感じる能力が格段に劣る健吾ですら、この距離で感じているのだ。



「これは、なかなかマズイ状況のようだな」

私は、健吾も気付いているであろう状況を口にした。



「ああ、急ごう!!立花さんが心配だ」

2〜3人が入れば、いっぱいになりそうなエレベーターに乗りながら健吾が答える。エレベーターがサヤカの部屋があるであろう階に到着し、入口が開いた瞬間に、私達は跳ね上がるように飛びだした。



私達は、凛子がいる部屋に向かい、全力で走っていた。健吾は、サヤカの部屋であろう扉を、躊躇もせず開く。扉は、ガチャリと音をたて簡単に開いた。



どうやら、凛子は健吾に電話で言われていた、入口のカギを開けておくという指示を忘れていなかったようである。私は、開いた扉の隙間を縫うように部屋へと走り込んでいた。



「なぜ、やめ…」

そう言いながら、もうろうとした意識の凛子は、横目で私の存在を確認したようであった。凛子の意識を奪おうとしているのは、サヤカである。



サヤカの両手は、凛子のクビを掴み締めていた。その様相を見れば一目瞭然であったが、明らかに普通の女性の力とは思えないものである。なぜなら、サヤカは凛子のクビを掴み、その細腕で凛子を持ち上げていたからだ。



私は、サヤカの顔に飛びつき、凛子を掴んだ両手を離させようとする。片手をはなし私を振り払うサヤカ。それと同時に、凛子のクビを掴んでいた片手も、はなさざるおえなくなっていた。



私達の状態を見た健吾は、瞬時に状況を把握し、凛子のクビを掴んでいる腕を、自らの右腕を下から上に振り上げるように前腕部をサヤカの腕にぶつけ、打ちはずしたのである。さらに、振り上げた右腕をねじるように横方向に振り、サヤカの胸のあたりを、前腕部で打ち飛ばした。



確か、八極拳の「崩捶」という技のはずだ。横に裏拳のように腕を振り、前腕部をぶつけた技も、この「崩捶」の変化である。ここでは前腕部をぶつけているが、確かもっと近い間合いの場合は、肩をぶつけ体当たりのように使う技でもある。



「ゴホゴホ!!」

凛子は、解放された自らの首をさわりながら咳込み、酸素を求めて荒い呼吸をしていた。



「イーーーー!!」

鳴き声のような、言葉にならない声を出しながら、サヤカは私達の間を抜けて、部屋のドアから走り抜けていく。健吾も私も、凛子に気を取られていたため、それを止める事ができなかった。



「大丈夫ですか!立花さん」

健吾と私は凛子に駆け寄りながら声をかけた。



「ゴホ、大丈夫です。いきなりサヤカさんが首を掴んできて」

そう言った凛子は、青白い顔をしていた。凛子とサヤカは、はじめは和やかに話していたのだという。



凛子曰く、サヤカの印象は、柔らかくカワイイ人、というふうに感じたのだという。実際、今私達がいるサヤカの部屋は、ピンクと白で家具などが統一されていた。前に渋谷で会った時の黒っぽい服で、落ち着いた印象とは大きく違う内装である。本来のサヤカは、このような雰囲気を好む人柄なのかもしれない。



実際、凛子は渋谷にいた時のサヤカが演じているものではないかと考え始めていた。そのような和やかな会話の中で、今回のバラバラ殺人の被害者の話しになった時から、少しづつ雰囲気が変わってきたのだという。



そして、さっきと同じように、奇声を上げながら凛子を襲った。その表情は、常軌を逸したこの世のものとは言えない表情だったと凛子は答えた。



「あんな表情、はじめて見ました」

そう言いながら、凛子は両手で自分を抱きしめるようにしながら、恐怖に震えていた。



「人間にあんな表情ができるなんて」

さらに言葉を付け加えた凛子は、サヤカの顔を思い出したのだろう。



「大丈夫です。オレ達はこういう事件の専門家なので」

凛子を落ち着かせようとして、健吾は少し明るい声で答えた。



「こういう事件って、なんですか?」

まだ震えが止まらない体で、凛子は健吾に目を向けながら尋ねる。



「オレ達は、悪霊退治を専門としている探偵です」

おそらく、健吾はあえて探偵という言葉を使ったのだろう。そう力強く言った。



「サヤカさんは、悪霊に取り憑かれているのですか?」

まだ混乱している凛子は、目を見開くように驚きながら言う。



「もしかして、悪霊が殺人をしているって事ですか?」

さっきのサヤカの行動と、その恐怖から信じる気になったのかもしれないが、普通の状況なら信じる事のできないであろう、悪霊という言葉に凛子は驚いた声をだす。



この凛子の質問に対して、健吾は自身がよく言うセリフで答えた。それは、今まで私も何度も聞いたセリフである。



「幽霊に人殺しなんてできません。人を殺せるのは人間だけです」

このセリフを言う時の健吾は、いつも少し悲しそうな顔をする。私は、その表情があまり好きではなかった。そして、こう付け加える。



「悪霊は、人の心に働きかける事はできますが、直接人を操ったり、直接人を殺す事はできません」



「じゃあ、さっきの彼女は?」

「彼女自身の隠された負の感情です」

そう、つまり、あれほど常軌を逸した表情や行動も、あの女自身の一部でしかないのだ。



「悪霊は、ああいう感情を表面化させる働きをしているだけです」

「じゃあ、はやく彼女を止めないと」

凛子は、生気を失い震えていた自身を奮い立たせるように言った。凛子は、あのようなサヤカを見た直後だからだろう、健吾の言葉を全面的に信じていた。



「おい、健吾!!あの冷蔵庫とかいう箱の中だ」

私は、二人の話に割り込むように声をかけた。



「冷蔵庫の中に何かあるのか?」

健吾は、私に普通に答えながら冷蔵庫に近づいていった。そのやり取りを見た凛子は、問いかける。



「その猫、源之助の言う事がわかるんですか?」

「コイツは特別なんです」

それに対して健吾は、答えながら冷蔵庫を開けていた。



「源之助は悪霊退治の相棒です」

そう付け加えながら、冷蔵庫の中を確認した後、静かに冷蔵庫の扉を閉めた。



「冷蔵庫に何かあったのですか?」

凛子は、恐る恐る尋ねる。恐らく凛子自身も答えがわかっていたのだろう。少し震えた口調である。



「たぶん、遺体の一部が入っています」

口をおさえて、驚愕の顔をしている凛子に対して、健吾の表情は怒りを見せていた。



「源之助!!彼女が何処にいるかわかるか?」

健吾は、静かに私に問いかける。



「上だ!!このビルの一番上だな」

「屋上か?このビルは屋上に出れるのか」

健吾は、そう答えながらサヤカの部屋を出て行こうとする。もちろん、私もそれにならいついて行く。



「彼女を、止めるつもりですよね」

凛子は、無言で部屋を出ようとした私達にそう尋ねた。



「私も一緒に行きます」

私達の答えを聞く前に、凛子は決意のこもった言葉をかけた。健吾は無言で頷き、屋上へと歩き出した。そう、決戦の場所へ。



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