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act6.山吹色の貝殻

 この漁師街に産まれた者達は、昔から海の守護によって繁栄してきた。子を成した家族が、子どもが産まれてくるまでに、ある祠に出向いて"お祈り"をすると、貝殻の形をした海の守護を授かることができる。そして生涯、肌身離さず身に付けるのが、この街のおきて。失くしたり壊れたりしたら、災いが降りかかると言われていて、そうなってしまった人のその後を知る者は、誰一人としていないという。

 僕の貝殻は、山吹色のあたたかい色をしていて、ブレスレットにしていつも左手首に身に付けている。お母さんの貝殻の色は紫、お父さんのは水色。二人はネックレスにして身に付けているけど、髪飾りにしたり、アンクレットにしたり、人によって様々な身に付け方をしている。これがあるから、僕達は海に護られ、毎日を豊かに生活できているのだ。


 小さい頃から、お父さんの船に乗り、漁師の仕事を間近で見てきた。海の恵みをいただく時、お父さんが必ず言う言葉がある。


 「感謝の気持ちを忘れてはいけないよ。獲りすぎてもいけない。海の神様が、私達を護ってくれているのだから。」


 毎回毎回、何度も何度も言うから、僕も自分の言葉のように言うことが出来る。それが、何の役に立つのかは、分からないけれど。


 海の神様って、海の中に住んでいるんだよね。僕達とは違う生き物。いるかもしれないし、いないかもしれない。信じる信じないは、人それぞれ。だから、祈るんだ、「海に出る時は、護ってください」ってね。


 そういえば、僕のブレスレットは、他の人とは一味違う。小さい頃に、海辺で拾った綺麗な青い羽根を編み込んであるんだ。拾って、お父さんに見せた時に、そんなもの捨てなさいって怒られた。なんでも、海の守護を授かる祠の近くに、鳥獣人の村があって、そこに住む者達はみんな野蛮で、悪い奴らなんだと言う。何かされたことがあるのか聞き返してみたら、漁で捕まえた魚を横取りされたことがあるんだって。確かに、それは悪いことだ。でも、たったそれだけのことだけで、"鳥獣人はみんな野蛮で悪い奴ら"だと決めつけるのは、なんか違う気がする。こんなに綺麗な色をした羽根の持ち主は、心根も綺麗に違いない。…なんて、それも決めつけになっちゃうのか。難しいね。


 海に沈んでいく夕日を眺めながら、ふと、ブレスレットに目がいく。山吹色の貝殻と青い羽根の組み合わせは、我ながらいいセンスだ、と自画自賛すると同時に、青い羽根の色が透けて見えて、切なさを感じた。潮風に当たりすぎて、とか、水やお湯につけすぎて、とかで、ただ色が褪せた、というわけではない。"青く"、"透けている"んだ。気づいた時にはそうなっていて、日に日に透明度が増していくから、そのうち透明になって消えて無くなってしまうのでは?という、途方もない心細さが襲ってくる。


 「綺麗だな…。」


 心細さとは裏腹に、口からぽろりとこぼれたこの言葉が、嘘偽りのない本心。


 ブレスレットを見つめながらぼんやりしていると、遠くから呼ぶ声ではっと我に帰る。大声で返事をして、慌てて駆け出した。


 夜の海は、昼の海よりも危険度が増す。昼は鳴りを潜めている海賊達の脅威にさらされるからだ。だから、日中はどの季節でも自由に漁に出られるが、夜漁(やぎよ)に出られるのは秋だけ。さらに、漁師村は四区に分かれていて、夜漁に出る区は毎年一区だけ。被害を最小限に抑えるためだ。


 船に駆けつけると、お父さんや漁師仲間はすでに準備を始めていて、気まずさを感じながらも、四年ぶりの夜漁の準備に取り掛かった。


 決まりやしきたりだらけで、僕は少し、この村での暮らしを窮屈に思っている。ここでの暮らしに、幸せを感じないわけではないが、いつか、行ったことのない場所や、海の向こうの世界を、この目で見て、この足で踏み締めてみたいと、夢見ている。


 四年ぶりの夜の海。緊張感をもちながら、仲間達と漁火(いさりび)漁をしていると、何の前触れもなく、ブレスレットの紐が切れた。波の影響で常に不安定にぐらつく船、ブレスレットにしていたパーツは、一つ残らず散らばって転がっていってしまった。いち早くそれに気づいたお父さんは、目を見開いたかと思うと、躊躇いもせずに自分のネックレスを引きちぎり、僕に向かって水色の貝殻を放り投げた。それを受け取るや否や、暗闇の中から爆音が鳴り響き、衝撃で僕の意識は数分飛んだ。


 目を覚ますと、船は大部分が大破し、至る所で炎が上がっていた。奇跡的にあまり被害のない、人目のつかなそうなところにいたようで、とりあえず体を起こして体勢を整えた。


 (いたっ…!)


  痛みに驚いて握り拳を見る。ゆっくりと開くと、そこには水色の貝殻が。手に食い込む程、強く握りしめていた。


 (お父さん!!)


 声が出ない。意識が飛んでる間に煙を吸っていたらしい、喉がやられたか。周りの状況を見て、海賊の奇襲に遭ったことを理解する。夜漁に出て、何度か海賊に襲撃されたことはあったが、ここまでひどいのは、初めてだった。


 海の守護を、なくしてしまった。そしてこれが、災い。僕に、自分の海の守護を投げ渡した、お父さんにも今、災いが。


 (僕は、死んでしまうのか…?)


 不安と焦りと混乱と、色々な感情が頭の中と心の中でぐるぐると渦を巻いた。でも、まだ体は動く。何か武器になるものはないか?探せ!そして考えろ!自分に今、何が出来るのかを!!


 なんとか自分を奮い立たせようと、周りを見渡して頭の中で色々考えてみても、全身の震えと涙が止まらない。武器のぶつかり合う音、怒鳴り声、悲鳴、海に何かが落ちる音、船が壊れていく音、燃え盛る炎、焦げ臭いにおい、そしてそのにおいに混ざってにおうのは………。


 完全にショートしてしまい、その場で動けないまま、夜空を見上げた。涙で歪んだ視界の中で、白く光る月が揺らめいている。


 (あぁ、今日は、満月だったなぁ…。)


 この状況下にいるのに、呑気にそんなことを考えたことがおかしく思えて、ふっと息が漏れて微笑(わら)ってしまった。それに気づいた人が、こちらに向かってくる。味方ではなさそうだ。迎え撃つしかない。それでもやっぱり、動かない体。


 (お父さん、お母さん、海の神様、ごめんなさい。)


 そう、心の中で唱えて、目を閉じた。

 その手に握りしめられていた水色の貝殻が、眩しいくらいに光る。海賊は目が眩む。そして、その光に向かって真っ直ぐに、青い閃光が急降下してくる。その正体は、いかに。

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