act2.瑠璃色の翼
この村は、鳥獣人が密かに暮らす、小さな村。この村の祖先は、鳥獣と人間。その二人が交わり、人のなりをしながら、鳥獣にも変身できるという不思議な人種が産まれ、以降、細々とその血を繋いできた。鳥獣も、人も、鳥獣人も、その村では共生している。争いの火種はあちらこちらに燻っていたが、大火となることはなく、何百年も穏やかな時間が流れていた。
鳥獣や人間は、そこそこ長く生きられるが、鳥獣人は短命だった。死期が近づくと、その翼の色は透けていき、最期は完全に透明になってしまうらしい。そしてその時、眠るように逝くのだという。
そびえ立つ高い木のてっぺんに立ち、夜風を浴びながら物思いに耽る。広げた翼は、月明かりに照らされて、青く、透けていた。
(…もう、長くはない、か。)
鳥獣人の寿命が短いことは、知っていた。父親は二十歳で逝ってしまい、母親も二十四で逝ってしまった。私がまだ四つの時だった。村の中で、鳥獣人は二十歳を越えれば長生きした方だと言われている。
両親に先立たれても、村のみんなが私を支えてくれて、衣食住には困らず、平凡に暮らしていた。十八になったある日、翼がむず痒い気がして、鏡で確認した時には、すでに片翼の三分の一が透けていた。驚きはしたけれど、動じることはなく、ひっそりと死のう、と思った。
翼を広げて、夜空に飛び立つ。鳥獣人の中では、人の姿で飛ぶことを嫌う人もいるが、私はこの姿で飛ぶことが好きだ。鳥獣に変身して飛ぶこともできるが、全てが大きく見えて、少しだけ、怖い。
静寂の中で羽ばたく翼の音、着ている服がバタつく音、空気の擦れていく音…。毎日聞いても飽きることのないこの音達が、もうすぐ、聞けなくなってしまうのか。動じていないはずの心の中に、寂しさが揺らいだ。
(…あ、あの船。)
視線の先に、一つの船。どこの国の船なのかは分からないが、この時期になると夜に船を出して、稼ぎの足しにする者達がいるようだ。黒い海に船のライトが灯り、ゆらゆらと動いていくのを、遠くから、ただ、眺める。毎年、こうやって見に来るくらいは、あの幻想的な眺めが、好きなんだろう。
思えば幼い頃から、この場所からあの船を見に来ていた気がする。乗ってみたいわけでもなく、何をしているのか気になったわけでもなく、ただ、眺めたいだけ。それだけで、心が凪いだ海のように、穏やかに、なる。平和な毎日の中に居ながら、ふと聞こえたり見えたりしてしまうことが、ちくちくと心に刺さって、痛みを隠すように笑うけど、その嘘も心を蝕んでいたことに、気づかせてくれた。
「どこまで行くんだろう…。」
声が漏れて、はっとする。あの船の行き先を知ったところで、なんにもならないのに。
目線を地上に戻すと、小さな丸い湖に、ぼんやりと自分の姿が映っていた。片翼はもう、ほとんど透けている。
そのままその湖のほとりに舞い降りた。近づくと、さっきよりもはっきりと、片翼の自分の姿が映る。雲一つない夜空に、煌々と光る月。頬に光って見えたのは、星?…違う、涙だ。これは、どういう感情の涙なのだろう。驚くほど自然に流れていく涙は、ぽたぽたと湖に落ちて波紋を作った。
(もう、いいかな。このままここにいようかな。)
力なくうずくまると、急に襲ってくる睡魔。明日の朝を、迎えることは出来るのだろうか。…考えても、きりがないし、仕方ない。
睡魔を受け入れて、眠りに落ちそうになっていた、瞬間、聞いたこともない爆音が鳴り響き、跳ね起きた。湖の周りは木に囲まれていて、地面は揺れているが、自分の近くで何かが起きたわけではなさそうだ。夜空に飛び立って見渡すと、信じられない光景が目に飛び込んでくる。先ほどまで眺めていた船が炎に包まれ、おまけに、いくつもの船に囲まれているのだ。一際大きな船には、大砲のようなものが見える。爆発音、武器がぶつかり合う音、悲鳴や怒号が飛び交っている。
(助けを呼びに行かなきゃ…!)
でも、自分の村に帰って助けを求めたところで、こんな夜中に起きていて、対応してくれる者はいるだろうか。どこの国のものか分からない船を、助けてくれる者はいるだろうか。
躊躇っている間にも、あの船に乗っている者達は、苦しんでいる。傷ついている。戦っている…。
女で、非力で、鳥獣人の私。行ったところで、出来ることは何も無い。
(…それでも、いい。)
そうだ、どうせ、死にゆく命。最後に無駄なことをしてみても、誰も文句は言わないだろう。幼い頃から、この心を穏やかにしてくれていた船。あの優しい光を奪おうとする輩は、一体どこのどいつだ。
ふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えながら、目を閉じて、鳥獣の姿に変化する。そして、かっと目を見開く。翼を体に密着させ、空気抵抗を最小限に。
夜の闇に紛れ、青く透けた鳥が、戦火に急降下していく。
その姿を捉えていたのは、月だけ。
残りわずかな命を抱いて、鳥獣人の乙女は戦火に降り立つ。そこで、"誰か"と"出会う"のか、はたまた、出会わず最後を迎えるのか。




