第98話 御的初の儀(みまとはじめのぎ)の意義
拓哉コーチが杏子と相談し、祖父と連絡をとり、訪問は翌日になった。
翌日、昼休みに、瑠月が杏子と栞代を集めて話をした。
「昨日、コーチに言われた神事なんだけど、ちょっと調べてみたの」
「さすが瑠月さん」
栞代が感心したように言った。
コーチも言ってたけど、まず、神事の名称は「御的初の儀(みまとはじめのぎ)」。
「由来がすごいの。読むね」
樹神神社は、古来より弓術の神「射和魂命」を祀る神社として知られている。狩猟の神とされる射和魂命は、人々に弓矢の技術と矢の的中をもって幸運と邪気払いを授ける存在と信じられている。
御的初の儀は、厄災を退け、地域の平穏と五穀豊穣を祈願する神事として800年以上の歴史を持つ。
1. 毎年行う簡易の義
「小御的初」
意味と由来: 毎年行われる比較的簡易な儀式で、「小」を冠することで親しみやすさと日常的な祈りの象徴を表現。
特徴: 地域住民が気軽に参加できる開放的な神事で、基本的に流鏑馬のみ行われ、巫女の弓奉納は行わず、神職が中心となる。
2. 12年に一度行う本御的初の儀
「本御的初」
意味と由来: 干支が一巡する12年に一度、正式に行われる「本義」としての御的初。格式高い儀式で、地域全体がこの行事を大切にしていることを示す。
特徴: 流鏑馬や巫女の弓奉納が行われ、特に技術と精神を兼ね備えた射手が選ばれる。厄払いと豊穣祈願を象徴する重要な儀式。
3. 60年に一度行う大祭
「大和矢祭」
意味と由来: 還暦の周期である60年に一度行われる祭典。日本の伝統文化と「大和」の精神を象徴し、「矢」を用いる神事を一大行事として讃える名称。
特徴: 最高の格式を持つ儀式であり、地域外からも人々が訪れる大規模な祭りとなる。流鏑馬、巫女二人による弓奉納、その他の伝統的な演目が披露される。
「続けるね」
儀式の構成
第一部: 流鏑馬の奉納
男性の射手(通常は神職や弓術に長けた者。但し、大和矢祭は神職)が馬上から矢を放ち、神前に矢を奉納する。
流鏑馬の的は3つ用意され、「過去」「現在」「未来」を象徴する。3つ全てを射抜くことで、時の流れの中で全ての厄災を祓うという意味を持つ。
第二部: 御的初(巫女の弓奉納)
この儀式は特別な年にのみ行われ、樹神神社が信仰する「万物調和の象徴」として巫女が一射を奉納する。
弓を引く巫女には神社の強い推薦を受けた縁のある者が選ばれる。弓道経験者であることが必須条件とされる。
巫女が放つ矢には「和矢」と呼ばれる特殊な矢が用いられる。この矢は、神社に伝わる霊木から作られ、命中することで「和」を象徴する音が響く。
大和矢祭には、二人の巫女によって行われる。
4. 神事の意味と伝統
「あたるかどうかは神の意志」という伝統は、この神事がもつ厄災祓いと平和祈願の重要性からきている。矢が的を外れた場合、本来的な意味は、注意喚起であったが、徐々に「祓いが不完全となり、災厄を招く」と信じられるようになった。その結果、射手には並外れた集中力と技術が求められる。
そのため、儀式では射手が万が一外した場合に備え、もう一人の射手が控えとして弓を構えることが義務付けられている。この控えの射手を「影巫女」と呼び、これもまた名誉とされる役割である。
巫女が外しても、影巫女が当てれば問題ないが、二人とも外すと、神から注意喚起を受けたという返礼として、的にあたるまで繰り返される。
「コーチは、あたるかどうかは気にしなくてもいいって言ってたけど、実際には、なんか、日本の平和しょってるみたいな感じじゃん」
栞代が途方にくれたように呟く。
「特に神事において珍しい女性の参加については、こう書いてるの。」
大和矢祭における女性参加の意味とその定義
大和矢祭は樹神神社における60年に一度の大祭であり、その神事において最初期から「女性の参加」が特に重視されることは、極めて特異で一般的な男性による伝統的な価値観を超えた現代に通じる普遍的な意味を持ちます。この特徴には以下のような深い意義があります。
1. 平和の象徴としての女性
調和と再生
弓矢は武器であると同時に、古来より邪を祓い、秩序と調和をもたらす道具とされてきました。特に女性が弓を引くことは、破壊的な力ではなく「和」を生み出す力を象徴します。
平和の守護者
女性の参加は、争いではなく平和的な調和を求める大和矢祭の精神を具現化したものです。男性中心だった武的な象徴に対し、家庭や社会において包容力を持つ女性が参加することで、真の平和と共存が祈願されます。
2. 家庭調和の祈願
家庭の基盤としての役割
女性は家庭の柱と見なされることが多く、その存在は家庭内の調和と絆を象徴します。女性が神事に弓を奉納することで、家族の繁栄や家庭内の平和が祈願され、地域全体にその影響が波及すると信じられています。
子孫繁栄と未来の祈り
女性の参加は、未来の世代を育む母性の象徴とも重なり、地域の発展と次世代へのつながりを祝福する意義を持ちます。
3. 男女の調和を祝福する神事
陰陽の融合
日本の伝統では、陰(女性)と陽(男性)の調和が宇宙や自然の秩序を支える重要な要素とされています。大和矢祭では、男性による流鏑馬と女性による弓奉納が組み合わされることで、陰陽のバランスが完全となり、世界の調和が祈願されます。
共存と尊重の精神
男性だけでなく女性も重要な役割を担うこの神事は、互いを補い合い、尊重する共存の理念を体現しています。これは家庭、地域、そして社会全体における調和を目指す象徴でもあります。
4. 現代へのメッセージ
多様性と包容力
現代社会における多様性の尊重を反映し、女性の参加は「役割の固定観念を超えた新しい価値観」を示します。弓を引く女性巫女の姿は、強さと優しさ、決断力と包容力が一体となる新しい時代の精神を象徴します。
地域と未来への誓い
女性参加の神事を行うことで、地域全体が未来へ向けての繁栄と調和の誓いを共有することができます。特に若い世代にとって、過去の伝統を受け継ぎながらも新しい価値観を大切にする姿勢を示す重要な場となります。
「大和矢祭における女性の弓奉納は、平和と調和を祈願し、家庭の絆を深め、男女の共存を祝福するものです。陰陽の調和を象徴し、地域全体に新しい時代の価値観を広める大切な役割を果たします。」
「だって」
「多分これ、本当は拓哉コーチに弓の名手と結婚しろとか、いろいろとプレッシャーあったんじゃね?」
「じゃ、わたしたち、コーチのお嫁さんの代わり?」
「その辺も、聞いてみてよ、栞代ちゃん」
「うん。でも、この辺の答え方で、杏子のおじいちゃんの対応代わりそうだな~。おい、杏子、聞いてる?」
「難しすぎて、付いてけないよ~。半分寢てたかも」
呆れながらも、瑠月と栞代は、こうした世俗に超越したところがまさに巫女に必要な要素じゃないかと思った。単に鈍感、とも言うが。




