第92話 猛反対劇
3月には、準公式戦とでも言うべき試合が予定されていた。光田高校所属の地区での親善大会とでもいうべきもので、男女混合の団体戦のみ行われる。男女それぞれ2人ずつ、合計4人の団体戦だ。
勝ち抜いたからと言って、県大会などはなく、この地区独自の大会である。
親善試合ということもあり、特にこの試合に向けて調節をしている訳では無かったが、一週間前からは、筋トレと平行して、団体戦の立ち順での練習が始まった。
女子は、冴子・沙月ペア、栞代・紬ペア、瑠月・あかねペアが決定していた。杏子は、1.2月と部活には変則参加ということもあって、優先順位は一番下だった。
そして、もしもまゆが参加したいと希望すれば、杏子とのペアが実現することで、そのこと自体はまゆにとっては憬れではあったが、まだまだ的中には時間が掛かるといことで、まゆ自身、来年を目標にしたい、ということで、今回、杏子の出場は見送られることになった。
ただ、このことを受けて、栞代は、杏子に一つ、来年出場するために、杏子のおじいちゃんに一度話をしてみないか、と持ちかけた。
杏子のおじいちゃんの、杏子に対する気持ちは、ある意味、杏子以上に感じていた栞代は、男女混合の試合は、おじいちゃんが絶対に許可しない、と踏んでいた。
今年は杏子の参加はなくても、来年、まゆが目標にしているのであれば、それは実現したい。そのための布石は、今年から打っておく必要があると考えたのだ。
杏子の家のリビングで、栞代と杏子が並んで座っていた。
祖父が、いつもは自信満々で入れてくれる紅茶の代わりに、今日は日本茶が出ていた。
「紅茶が悪いという訳ではないんじゃが、日本茶が健康には良い、ということなんでな。研究しとるんじゃ」
と祖父は言った。
「おじいちゃん、ちょっと改まるのも変なんだけどさ、3月に、地区の親善試合があるんだ」
「ほう」
「でさ、その試合、男女混合の団体戦なんだよね」
栞代は、おじいちゃんと話しつつ、杏子の家に来るまでの、杏子との会話を思い出していた。
「でもおじいちゃん、そんなに怒らないと思うよ。」
「いや、怒るって。怒るというか、大反対するって。杏子のおじいちゃん、ちょっとでも男の影が見えたら、大事になるぞ。」
その瞬間、おじいちゃんの表情が凍りついた。次の瞬間、ニヤリと嫌な笑顔を見せて言った。
「だが、ぱみゅ子はその試合には出ない、と」
「えっ。いやいや、おじいちゃん、杏子はうちのエースだよ? 試合に出ないなんてことある?」
「あるんだよ、それが」
おじいちゃんの声は心なしか震えていた。
「ぱみゅ子が的前に、男子と一緒に立つだと・・・・?」
杏子と栞代は顔を見合わせた。そしてほぼ同時に、「えっ?」と声を揃えた。
「男なんかと一緒に弓を引いたらな、治りかけているわしの心臓が止まるわ。ぱみゅ子、それでいいのか? わしの友人に、孫娘が同じようなことをした奴がいたんだがな、倒れたぞ!」
「どこの知り合いだよ」栞代が小さく呟く。
「 男女が一緒にチームを組むなんぞ、不自然なこと極まりない。礼の心に反する。道に背く。イカン。絶対にイカン」
栞代は半ば呆れながら、笑いをこらえつつ突っ込む。
「おじいちゃん、それいつの時代の話なんだよ。おじいちゃんが産まれた江戸時代とは違うんだよ」
「わしゃ昭和の生まれじゃっっ」
おじいちゃんは腕を組み、ますます頑固な表情になる。そして、「ぱみゅ子がそんな試合に出るなんて、わしは許さんぞ!」と断言した。
「おじいちゃん、わたしはまだ出るって決めてないよ。でも、そんなに反対しなくても……」
杏子の声が耳に入らないのか、おじいちゃんはさらに畳みかける。
「お前が男子とチームを組むなんて……そんなことになったら、わしは……わしは、あっ、イタタタタ、心臓が、心臓がイタイ」
「おじいちゃん、おじいちゃんが悪いのは心臓じゃなくて、確か頭の血管だったよね」
栞代が思わず吹き出した。その笑い声を聞いて、おじいちゃんはさらに顔を真っ赤にしながら訴える。
「わしが言いたいのは、それだけお前を心配してるってことだ! 男子なんか鬼じゃ、獣じゃ、悪魔じゃ~~」
「あの、おじいちゃんも男だよね?」
杏子はそう伝えながらも、順調に良くなっているとは言っても興奮させたりするのは御法度。そう思いなおした。
「おじいちゃん、大丈夫だよ。おじいちゃんがダメって言うなら、出ないから」
その言葉に、祖父は安心したように落ち着いた。
「心臓の痛みは治ったの?」
栞代が少し意地悪く、笑いながら尋ねる。
「今のぱみゅ子の言葉で、全て治った」
杏子と栞代は目を見合わせた。そして、ついに堪えきれずに笑い出してしまう。
そこへ祖母がやってきて
「おじいちゃん、わたしたちがやってきたことをちょっと考えてごらんよ」
そう言われると、祖父は慌てて
「こ、こりゃ、わしの時とは時代が違うんじゃ、時代が」
と言い出した。
「今の方が厳しくなってるの?」
杏子がニコリとして尋ねる。
「そ、そうじゃ。そうなんじゃ」
今度は祖母も交えて、三人で笑った。
「な、杏子、オレの言った通りだろ?」
杏子の部屋で、栞代は杏子に言う。
「ん、まあそうだね」
杏子は呆れたような、疲れたような、それでも、特に嫌がっている雰囲気は無かった。
「来年は、まゆを前面に押し出して、それに、男子とは極力交流はない、と話を持っていかないとダメだな」
「うん。栞代、でも大丈夫だよ、きっと」
「そうか?」
「まゆを連れてきたら一発だよ」
「まあ、そうか。まゆもおじいちゃんお気に入りだもんな。男子とはイヤだろうけど、そのまゆの数少ない晴れ舞台、となるとな」
「今回も、あんなこと言ってるけど、ちゃんと頼んだら、イヤって言わないよ」
「そやろか・・・」
栞代は微妙な相槌を打った瞬間に、
「あっ、そうだ。おばあちゃんがさ、わたしたちの時のことを思い出してごらんよって言ってたじゃん。おじいちゃんとおばあちゃん、どんなだったのか、杏子は知ってるの?」
「うふふふ。それはね・・」




