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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
選抜大会
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第91話 三月

3月に入っても、祖父の検診の数値は安定していた。病院での診察を終えたあと、主治医の先生が穏やかな口調で言った。

「この調子で、食事と運動に気をつけていれば、特に大きな問題はないでしょう。」


その言葉に、杏子は胸を撫でおろした。おばあちゃんも「良かったねぇ」とほっとした顔を見せる。


帰り道、祖父は珍しく黙って歩いていた。杏子はちらりと横顔を見て、何か考えているのかなと思ったけれど、声をかけずにそっと寄り添って歩いた。家に着くと、祖父が突然、炬燵の前に腰を下ろして言った。

「ぱみゅ子、少し話そうか。」



「実はな、わしはずっと思ってたんじゃ。」

祖父は、湯呑を手に取ると一息ついてから続けた。

「ぱみゅ子が夢を叶えるためには、もっと練習せんといかんじゃろ。わしの、心配ばかりして練習を疎かにしてはならん」


杏子は驚いて、祖父を見つめた。

「でも、おじいちゃん……。」


「いや、わしのことはもう大丈夫じゃ。数値も安定しているし、こうして元気に歩けている。ぱみゅ子が、中田先生のところで最低限の弓を引いて、休日は学校に行ってと、努力してるのは分かるが、やはり、悔いの残らないように、できることはせんとな。わし自身も申し訳ない」


祖父の真剣な目を見て、杏子は少し言葉に詰まった。


「ただし、無理をしてはいかん。わしも無理はせんが、お前も身体を壊しては元も子もない。」

祖父の言葉には、強い決意と優しさが混ざっていた。


「だから、これからの予定を一緒に考えようと思うんじゃ。」


「予定?」杏子は聞き返した。


「そうじゃ。もうしばらく朝の散歩は続けよう。ただ、平日は学校の練習にしっかり出る。ただ、帰りがあんまり遅くなるような居残り練習は、暖かくなるまでは少し控えたほうがいい。わしも安心して眠れんからな。」


「うん、分かった」


「休日は、わしも道場に付き添うようにしよう。中田先生のところでもええが、学校の仲間たちと練習するのも大事じゃろう?」


祖父の言葉は的を射ていた。杏子は少し考えてから頷いた。

「うん、分かった。じゃあ、朝の散歩はちゃんと続けて、平日は学校で練習。休日は……おじいちゃんと一緒に道場で。」


「そうじゃ。無理なく、夢に向かって頑張れ」


祖父の言葉は力強く、そして優しく笑っていた。


「でも、おじいちゃん、夜はまだしばらくこのまま三人で寢ようね」

「ん、まあそうじゃのう。でも、杏子も窮屈じゃろ。一応三月いっぱいで、また前のように戻すか」

「え、窮屈じゃないけど」


「いや、杏子ちゃん、やっぱり練習をきっちりするようになると、睡眠がよりいっそう大事になるから、部屋でゆっくりした方がいいわ。

大丈夫よ。おじいちゃんはわたしがちゃんと見張ってるから」


祖母がゆっくりと伝えた。


数値も安定しているし、祖父も、食事も運動も頑張ってるから、先生の言うように、特に問題はないみたいだし。


夜になり、布団に入った杏子は天井を見上げながら考えていた。


夢に向かう道をしっかり応援してくれる姿勢を見せつつも、無理をしないように気をつけてくれる。そのバランスが、祖父らしいなと思った。



杏子が道場に入ると、すでに拓哉コーチが的の位置を確認しながらメモを取っていた。杏子は少し緊張したように声をかける。

「コーチ、今日から平日も練習に参加しようと思います」


「これからは、隔週の病院に付き添う日以外は、普通に練習に参加します。おじいちゃんも大丈夫だから。」


その言葉を聞いて、コーチは微笑んだ。

「そうか、それは良かった。おじいさんも心配していただろうけど、杏子さんがここに戻ってきてくれるのは心強いな」


杏子は少し照れたように笑った。

「それで、練習メニューって今どうなってますか?」


「ちょうど話そうと思ってたところだ。」コーチはメモを手に取ると、少し冗談めかして続けた。

「3月は少し筋トレメニューを増やす予定だ。しかし、これこそ自宅でもできる内容だからな。ちょっとタイミングが悪いな」


「でも、みんなと一緒にやるほうが頑張れますから。」

杏子は笑顔でそう返した。「ツライ筋トレこそ、みんなとやれば頑張れる」そう心の中で繰り返した。


「今日から筋トレメニューを徐々に増やすぞ!」

拓哉コーチが部員たちに向かって声を張り上げると、道場には一瞬のざわめきが広がった。杏子も含めた全員が、少し緊張した顔で耳を傾ける。


「一つ一つ丁寧にな。数をこなせばいいというもんじゃない。追いこむことは大事だが、追い込みすぎるなよ」


「まず、大胸筋と上腕三頭筋を鍛えるためのプッシュアップ(腕立て伏せ)だ。動作はゆっくり、10回を目安に。きつい人膝を使った変形版でも構わないぞ!」


杏子は床に手をつき、じっくりと体を上下させた。ゆっくりと行う動作にじわじわと腕が悲鳴を上げるが、彼女は歯を食いしばって耐えた。横目で見ると、栞代は軽々とやってるようだ。。


「次は、ハムストリングを鍛えるスクワットだ。」

コーチが続ける。

「太ももの後ろ側を意識して、ゆっくりと行う。椅子を使うと正しい姿勢が取りやすいぞ!お尻を後ろに突き出すように股関節から折り曲げる。膝がつま先より前に出ないように注意する。太ももが床と平行になるまでゆっくり腰を落とすんだ」


全員が一列になり、動作を始める。杏子は自分の姿勢を確認しながら慎重に動いた。

「杏子、スクワット、きれいだね!」瑠月が感心したように言うと、杏子は少し照れながら「中田先生にみっちり教えられたから」と答えた。


「次は手のひらと甲の筋肉を鍛えるハンドグリップだ。」

コーチが部員たちに渡したのは握力を鍛えるためのグリップだった。

「ゆっくり握って最後にぎゅっ、ゆっくり離す。20回連続で握れないくらいの強度のものを選んでいるから、地味にきついぞ。」


「背筋はバックエクステンションだ。うつ伏せから上体を持ち上げるが、反りすぎには注意するんだぞ!」

コーチが説明を続ける中、全員が床に横になった。杏子は静かに息を吸い、上体を持ち上げる。背筋にピリッとした感覚が走るたび、しっかり鍛えられていることがわかった。


「最後は体幹だ。バランスボールを使う!」

杏子たちは順番にボールに座り、姿勢を正してバランスを取る練習を始めた。杏子はぐらつくボールの上で真剣な表情を浮かべるが、隣であかねが早速バランスを崩して転がった。

「うわっ、これ難しい!」

全員が大笑いする中、杏子も思わず吹き出してしまった。


「よし。まずはこれで1セットだ。最初からやりすぎるなよ。今日は最初だから3セットでいい。とにかくゆっくりな。反動を使ったり勢いにまかせてやらず、一回一回、ゆっくりとやること」


「終わったら、帰っていいの?」あかねが期待して声をあげるが、

「休憩して弓を引くんだ」と、コーチが言うと、あかねがまゆに

「まゆ、回数誤魔化して~」と泣きつくも、まゆは黙って首を振り、お約束のように、みんな笑っていた。


終わるころには、全身がじわりと疲労感で包まれていた。それでも、杏子は充実感に満ちていた。

「こういう筋トレは家でもできるけど、やっぱりみんなと一緒にやるから頑張れる。」


「杏子、無理するなよ!」

栞代が心配そうに声をかける。だが、杏子は振り返って笑った。

「大丈夫。!」


コーチは少し離れたところから杏子の様子を見ていたが、その動きに目を細めていた。他の部員が疲れた表情をしている中、栞代は別格としても、冴子と並んで、杏子はむしろ全員をリードするほどのペースで動いている。


「確か杏子って、今まで基本、休部だったよね。休部ってことは休んでたってことだよね」あかねが呆れたように声をかける。


コーチは、中田先生から、杏子が通っていること、基礎練習をきっちりとしていると報告を受けていたが、改めて杏子の努力に敬意を払っていた。


「杏子、やっぱりすごいよね」

隣に座った沙月がぽつりと呟くと、他の部員たちも次々に頷いた。


「いや、みんなとの練習が嬉しかったので」杏子がそう言うと、栞代がニヤリと笑った。

「その割には、一番最後までバテなかったよね? やってただろ?」

杏子が照れくさそうに、小さい声で、うん、と呟くと、部員は、改めて杏子の本気さを推し量っていた。


練習が終わり、道場を後にする杏子はふと空を見上げた。春に向かう空の下で、冷たい風が頬を撫でる。

栞代と二人で話ながら帰る。なんだか、随分久しぶりだ。


「栞代、今日、家に寄るでしょ?」

「おじいちゃんの様子も気になるし、少しだけ寄るか」

「おじいちゃんは大丈夫だよ」

「いや、杏子欠乏症で喘いでるはずだ」

笑い声が絶えない二人だった。

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