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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
選抜大会
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第89話 バレンタインデー

2月に入り、おじいちゃんの体調は目に見えて安定してきた。

朝の散歩で並んで歩くその足取りは、病み上がりとは思えないほどしっかりしていて、笑顔も増えた。おばあちゃんが作る食事も、気をつけているおかげか、病院での数値も良好だ。毎週の通院も、今月から隔週で良いと言われたときは、ほっと胸をなでおろした。


「おじいちゃん、無理しないでね。」と杏子が言うと、祖父はいつもの調子で「わしは無理などしとらん!」と笑った。それでも、その笑顔が少しずつ本物になっている気がして、杏子は安心していた。


弓道部への参加は、まだ変則的なままだった。杏子は、どうしてももう少し祖父のそばにいたかった。もちろん、弓を手放すつもりはないけれど、部活を優先する気持ちには、まだなれなかった。


休日だけ弓道部に顔を出す生活が続いていたが、調子の良くなってきた祖父が、かえって気をつかって、次第に家にいることが多くなってきた。平日の学校の授業がある時と、だいたい同じバターンになりつつあった。


ただし、練習が終わったらまっすぐ家に帰る。以前は杏子の代名詞でもあった、居残り練習をして遅くなることはせず、祖父のいる場所へ戻る。これが、今の杏子にとっての優先順位だった。


弓道場に立つ時間は短かったけれど、それでも事情が分かっている弓道部のみんなは、変わりなく、杏子に声をかけていた。


瑠月さんや沙月先輩も、「あまり無理しないでね」と気遣ってくれる。そんな仲間たちに支えられているからこそ、杏子は少しの練習時間でも全力を尽くそうと思えた。


家に帰ると、祖父が炬燵でテレビを見ながらうとうとしていた。

「ただいま、おじいちゃん。」

「おお、ぱみゅ子。今日はどうだった?」

「うん、いつも通り、正しい姿勢だけ考えたよ。」


そんな杏子の言葉に、祖父は満足げに頷きながら「それが一番じゃ」と笑う。その笑顔を見ていると、私はますます、今の生活が大切に思えてくる。


祖母の、着替えておいで、という声を聞いて、自分の部屋に急ぐ。


そして、2月といえば、14日の朝、台所では杏子と祖母が小声で相談をしていた。

「杏子ちゃん、これでいいのかしら?」

「うん、ばっちりだよ、おばあちゃん。おじいちゃんも喜ぶはず!」


二人が手作りしたのは、素焼きナッツとドライフルーツをたっぷり使ったグラノーラクッキー。アイシングで「健康第一」「長寿万歳」と書いた小さなメッセージも添えられている。杏子がデザインを考え、祖母が器用な手つきで仕上げた。


その午後、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい!」と元気に答えたのは栞代だ。ちょっとした包みを手にしている。


祖父は炬燵にどっしりと座りながら、わざと無関心を装っているが、耳はしっかりとそちらに向いている。

「今日は、その……あの、なんだ、ほら、あの日じゃろ?」


「どの日ですかね?」

栞代が首をかしげてとぼけると、祖父は少しムッとしたように眉をひそめた。


「バレンタインじゃよ、バレンタイン!」


「ああ、そのことでしたか。」栞代はようやく思い出したように、手にしていた包みを祖父の前に差し出した。

「部員一同からです、おじいちゃん。」


祖父は期待に満ちた目で包みを受け取る。だが、開けた瞬間に目を丸くした。そこには、チョコレートではなく、立派なフルーツの詰め合わせが入っていたのだ。


「……これは?」

「豪華なフルーツだろ!おじいちゃん、健康が第一ですからね。」栞代は満面の笑みで言った。


「ふむ、まあ、わしの体を気遣ってくれるのはありがたいが……やっぱりチョコがないとなぁ。雰囲気でんてあ」

祖父は少し不服そうに呟いたが、フルーツを見つめる目はどこか嬉しそうだった。

その言葉を聞いて杏子は、

「おじいちゃん、いっつも、バレンタインデーにチョコを贈るのは、チョコレート会社の陰謀だって言ってるじゃないっ」

と言って、呆れた顔を見せる。

「栞代、ほんとにありがとう。あとで、みんなにもお礼を言わないとね~」

「いやいや、杏子、気にするな、これぐらいのことは、折り込み済みだ。なんせ、杏子のおじいちゃんだからな。素直じゃねーんだから。ヘンクツだっ。」

と言って笑った。


そのあと、杏子が「おじいちゃん、これもあるよ」と、小さな箱を差し出した。

「おばあちゃんと二人で作ったの。はい、どうぞ!」


箱を開けると、中にはナッツとドライフルーツがぎっしり詰まったクッキーが入っている。表面には、「おじいちゃん大好き」「いつまでも元気でいてね」と書かれていた。


祖父はそれを見て、一瞬言葉を失ったが、すぐに咳払いをして体裁を整えた。

「ほ、本当のバレンタインってのは、こういうもんだ。愛情があって、健康にも配慮されておる。つまり……わしにぴったりということじゃな!」


「おじいちゃん、照れてるでしょ?」

栞代と杏子が笑いながら指摘すると、祖父はさらに声を張り上げた。

「誰が照れとるか!わしはただ、本物を見極める目があるというだけじゃ。」


その顔は、どう見ても嬉しそうだった。


その夜、杏子たち家族は炬燵を囲みながら、フルーツや手作りのお菓子を少しずつ分け合った。祖父がフルーツを口にしながらぽつりと言う。

「これも案外うまいのう。よしよし。ちょっと待っとくれ。お礼に紅茶を淹れてくるから」


「おじいちゃん、待ってました」栞代が笑うと、杏子と祖母も一緒に笑った。




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