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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
選抜大会
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第84話 年末

寒風が家の中まで忍び込むような朝、杏子はリビングの隅でスマホを手に取った。少し迷ったように息を整えてから、拓哉コーチの番号をタップする。


「もしもし、杏子さん?」

いつもと変わらない落ち着いたコーチの声が耳に届く。杏子は一瞬口ごもったが、決意を込めて話し始めた。

「コーチ、すみません。年内の練習、全部お休みさせてください。」


電話の向こうで一瞬の沈黙が流れる。

「おじいさんの体調が戻らないの?」

「いえ、そうじゃなくて……おじいちゃんの容体は安定しているんですが、先生から一月は少し注意して様子を見ようと言われていて、病院も付いて行きたいし、しばらくそばにいたいんです。」

杏子はまっすぐな声で理由を告げた。


「そうか。わかった。一人で大変な時は、いつでも言ってきてほしい。部員のみんなも随分心配しているんだ」

コーチの問いかけに、杏子は深く息を吸い込んだ。

「それから、1月中もクラブをお休みしたいと思ってます。」


「1月いっぱい?」

今度は明らかに驚いた声が返ってきた。杏子は静かに頷くように答える。

「はい。おじいちゃんが回復するまで、もっとしっかり見守りたいんです。ほんとは学校も休みたいぐらいなんですが、それはいくらなんでも、祖父も祖母も反対されそうなので」


コーチはしばらく考え込むような沈黙を挟んでから言った。

「わかった。ただ、その話は少し相談させてほしい。杏子さんもいろいろと考えているだろうが、おじいさんのことと、弓道のこと、両立する方法がきっとあるはずだから」

その穏やかな声に、杏子は少しだけ安心して、「はい」と小さく返事をした。

「よいお年を」コーチは穏やかにそう言って電話を切った。



その日の午後、杏子の母が荷物をまとめながら、杏子と祖父母に話した。

「年内はこのままこっちに居ようと思ったんだけど、お父さんから手伝ってほしいって連絡があってね」

「31日に、今度はお父さんと一緒に戻ってくるから。それまではちょっとおじいちゃんとおばあちゃんのこと、頼んだわね。」


杏子は真剣な表情で頷いた。

「うん、任せて。お母さん、気をつけてね。」


その夕方、杏子は祖父と一緒に家の周りを軽く散歩した。祖父は少し頼りない足取りながらも、どこか誇らしげな表情だった。

「ほら、ぱみゅ子。これくらい元気に歩けるんだから、心配しなくてもいいんだぞ。」

「でも、あんまり無理しちゃダメだよ。ゆっくり、少しずつね。」


杏子の手にしっかりと掴まった祖父は、冬の冷たい空気を吸い込みながら、「そうじゃな」と静かに答えた。歩きながら話すうちに、二人の影が夕日で長く伸びていった。



翌日、杏子の家には栞代、瑠月、冴子、沙月の4人が揃って訪れた。

「杏子ー!おじいちゃん!体調はどうだい?」

栞代が元気よく声をかける。4人が次々と頭を下げた。祖父は少し照れくさそうに笑いながら「ありがとよ」と答える。


もうすっかり大丈夫じゃ、と祖父はいい、得意の紅茶を淹れる。


そうそう。これこれ。栞代を始め、みんな感心しながら飲んでいた。


杏子が部屋からメダルを持ってきた。

「記念写真を撮ろう。そのための今日のメンバーだから」

明るく栞代が言う。4人揃い、全国選抜大会、3位の快挙を喜ぶ。


栞代、瑠月、冴子、杏子が並び、沙月がシャッターを押していたので、祖父が、どれ、わしが撮ってやるから、全員並ぶんじゃ、と言って勢ぞろいした写真、そして2年生トリオの写真を撮った。


栞代が、「先輩たち、去年は大変だったでしょう。部も全然まとまってなかっただろうし」と、入部当時のだらけた雰囲気を思い出して尋ねる。

「花音さんが居なかったら、ほんとにどうなってたか分らなかったなあ。コーチは孤高な感じだったし」冴子が思い出したように話した。


2年生トリオが揃っていたせいか、今日は、栞代が積極的に去年のことを尋ねていた。



次の日、今度は栞代と紬、あかね、まゆ、弓道部の一年生が訪れた。

いつものように祖父の紅茶を飲みながら、少しだけ談笑し、祖父の顔を見ると、紬が言った。

「おじいちゃん、体調はどうですか?」


すると祖父がニヤリと笑って応えた。

「わしの病状はわしの問題じゃ。心配するには及ばんよ」


だが紬はすぐに笑顔で返した。

「おじいちゃんの体調は、私たちみんなの問題です」

その真剣な言葉に、部屋の空気が一瞬静まり、次の瞬間、全員が笑い声を上げた。祖父も小さく肩を震わせて笑った。



大晦日、今日は栞代が一人で訪ねてきた。杏子と栞代は久しぶりにたっぷり話をした。


おじいちゃんが心配で休部すること、を伝えると、栞代は、私にもなにかできることがあるはず、と言ってくれた。


栞代は、自分の家庭に居場所がないこともあり、むしろ、積極的に杏子を助けたい気持ちが強かった。

杏子は、栞代の気持ちが嬉しかった。


二人で相談していたら、玄関先に父と母が戻ってきた。

「ただいまー!」と声を上げる父に、栞代は少し緊張しながらも笑顔で頭を下げた。

「おじゃましてます、栞代です!」


父と母もにこやかに挨拶を返し、家族の間には穏やかな空気が広がった。その後、栞代は「よいお年を!」と手を振りながら帰っていった。

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