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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
選抜大会
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第80話 病室での団体戦

団体戦の優勝校が決定するその朝、病室に姿を見せた杏子とまゆは、祖母から「明日、退院が決まったよ」という知らせを聞かされた。


主治医は、当初の治療予定どおり数値が安定していることを確認し、自宅でも十分に療養できるという判断を下したのだ。


「本当に大丈夫なの?」

杏子は少し不安げに祖母に尋ねた。あまりにも回復が早いように感じたからだ。しかし、祖母は笑顔で頷き、医師の指示通りであり、むしろ家の方が祖父もリラックスできるだろうと説明した。


それを聞いて杏子はようやく納得し、心の中で明日の退院後のことを思い描いた。

「毎日、おじいちゃんのリハビリで散歩に連れていくよ」

おばあちゃんと一緒に、ちゃんと食事もチェックして、薬もちゃんと確認しなきゃな。


そんなやりとりを聞いていた祖父が、杏子に提案を持ちかけた。


「今日は団体戦の試合の日じゃろ。府屋でタブレットで中継を観たらいいよ」と祖父は言った。祖父自身は「自分は枕元できゃりーぱみゅぱみゅ様を聴きながら読書でもしているから、結果はその都度教えておくれ」と、少し冗談めかして笑う。


「……う~ん。でも、別に見なくてもいいんだよ。まゆに見てもらって報告して貰ってもいいし、あかねもすぐ連絡くれるし」

杏子は気を遣うようにそう答えた。まゆも同調して「興奮したらダメだし」と続ける。


それでも祖父は穏やかな声で言った。

「同じ光田高校の弓道部員として、たとえ離れた場所にいても、時間ぐらいは共有した方がいい。

場所は離れていても、思いは一緒じゃろ。

わしのことは気にせず、せめて同じ時間を過ごしておくれ。倒れたわしが悪いんじゃから。わしの側に、わしの目の見える範囲に居てくれたら、それで十分。わしも安心じゃ。ちゃ~んと、落ち着いて、きゃりーぱみゅぱみゅ様の音楽でも聞きながら、本でも読むことにするから」


と穏やかな口調で諭した。


杏子は「誰が悪いとかないよ」

と口を尖らせた。


だが、その言葉に背中を押されるように、二人はタブレットを手に取り、ベッドから離れたターブルに向かい、まゆと一緒に中継を見ることになった。杏子自身も、祖父から離れたくない気持ちが強かった。と同時に、同じ時間を過ごす、という祖父の言葉も胸に残った。


仲間が試合をしているんだから、気になるのは当然だし、同じ時間を過ごして欲しいとい思いは本心からの気持ちだった。祖父は目を細めて本をめくりはじめた。

ときどき祖母と談笑しているが、ふと視線を杏子たちの方に投げかけると、どこか誇らしげに微笑み、また本に戻っていく。


その安心感に包まれながら、杏子は静かに画面に目を落とした。


それにしても、おじいちゃん、上手いこと言うな。

おばあちゃんが良く、呆れるほど口が上手いって言ってたっけ。

口より手を動かしてくれたら、言うことないんだけどねえ。

おばあちゃんの言葉をセットで思い出して、杏子はくすりと笑った。


タブレット画面には、光田高校の選手たちが静かに並び、矢を構える姿が映し出されていた。杏子とまゆは隣り合い、真剣に画面を覗き込む。


試合は準決勝、相手は優勝候補筆頭の鳳城高校だった。


試合が進むにつれ、まゆがたまに小さな声で実況のように呟き、杏子は一射ごとに思わず息を飲む。


序盤から互角の戦いを繰り広げたが、最後の競射で鳳城高校が一歩上回り、光田高校は惜しくも敗れた。


「……惜しかったね。」

まゆが小さく呟く。杏子はわずかに唇を噛みながら、小さく頷いた。


「でも、みんな本当に凄かったよ」

杏子の声は少し震えていたが、画面越しに見えた仲間たちの姿を思い出すと、自然と誇りが胸に溢れてきた。


それにしても、麗霞さんはやっぱり凄い。どんな状況でも全く動じない。夢を叶えるためには、鳳城高校に勝たなければならないんだ。

麗霞さんだけじゃない。アナスタシアさんも同じ歳だから、来年も居るし。圓城さんの選抜大会は終わりだけど、まだ夏は圓城さんも残るし、さらに層の厚い鳳城高校だから、強い選手がドンドン出てくるんだろうな。。


ふと祖父に目をやると、祖父は穏やかな顔で寝入っていた。その表情を見た杏子はそっと手を伸ばし、祖父の手に触れる。


「おじいちゃん、みんなすごかったよ」



光田高校の選手たちの気迫あふれる射。

瑠月さんの安定感、冴子さん、栞代の積極的に責める矢。


「ほんとに凄かったね」

まゆが震える声で小さく呟いた瞬間、杏子の目からは思わず涙がこぼれ落ちた。


「……みんな、ありがとう。ほんとに素晴らしかった」

その声は震えていたが、感謝の気持ちが溢れていた。


まゆに小声で「おじいちゃん起きてる?」と尋ねると、まゆが祖父をちらりと確認する。「ううん、大丈夫。よく寝てるよ。」


杏子はほっと胸を撫で下ろすと、慌てて目元を拭きながらまゆと小さく笑い合った。祖父には涙そのものを見せたくない。どんな涙でも、おじいちゃんはすぐにパニックを起こすから。そう思いながらも、みんなの戦いへの感動は隠しきれなかった。


祖父の後で編み物をしている祖母に勝利を報告すると、祖母は笑顔で言った。「すごいね、全国で3位だなんて!」


おばあちゃんはそう言ってくれたけど、考えたらおばあちゃんは2位だったんだよね。

杏子はその事実を思い出し、改めて祖母の偉大さに思いを巡らせた。


しばらくして栞代から電話がかかってきた。杏子はすぐに喜びとお礼を伝えた。突然自分が抜けて迷惑をかけたことを謝ると、逆にそれで燃えたよ、と栞代も瑠月さんも冴子先輩も言ってくれた。祖父が順調に回復して明日の朝退院する予定だと報告した。


栞代は「おじいちゃん、もう大丈夫なの?」と心配そうに尋ねてくれる。杏子は「大丈夫、先生も大丈夫だろうって。家の方が落ち着くだろうしね」と笑顔で返事をした。

涙はすっかり乾いており、代わりに充実した喜びが胸のなかいっぱいに広がっていた。


「明日、そっちに戻ったら、報告に行くよ!」

栞代の声には明るい笑いが含まれていた。杏子はその声に励まされながら、画面の中で輝いていた仲間たちを心に刻み、また新たな決意を胸に抱いた。


ふと視線を動かすと、病室の窓の外では冬の淡い陽射しが射し込み、白いカーテンがかすかに揺れている。


言葉に出してみて、改めて祖父が回復したという安堵感に、杏子は祖父の寝顔を見つめた。杏子はそっとまゆに目配せをして、静かに椅子から立ち上がった。

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