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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
選抜大会
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第74話 病院にて

杏子は車窓に流れる景色の方を向いてはいたが、目には何も入ってこなかった。まるで別の世界に来てしまったような感覚に囚われていた。あかねとまゆが隣にいてくれることは分かっていたが、その優しい声もどこか遠くに聞こえる。心はただ一つ、病院にいるおじいちゃんのもとへ飛んでいた。


「おじいちゃん……。」


新幹線を降り、タクシーで病院に着くと、待合室で祖母が座っていた。背筋を伸ばし、手を組みながら静かに待つその姿に、杏子は胸が締め付けられる思いがした。


「おばあちゃん!」


杏子が駆け寄ると、祖母はゆっくりと顔を上げた。その目には不安が滲んでいたが、孫を心配させまいとする笑顔が浮かんでいた。


「杏子ちゃん、大丈夫よ。」


祖母の声は静かだったが、かすかに震えているのが分かった。杏子は祖母の手を握りしめる。


「おばあちゃん……。」


その時、医師が静かに歩み寄ってきた。白衣の胸元には「神経内科」の文字が見える。祖母がすっと立ち上がり、杏子もそれに倣う。


「お待たせしました。症状について説明させていただきます。」


医師の声は落ち着いていたが、その言葉一つ一つが杏子の心に深く刺さるようだった。


「一過性脳虚血発作(TIA)という状態です。脳の血流が一時的に途絶えたため、意識を失われました。幸い、今のところ後遺症は認められません。ただし、この症状は将来的な脳梗塞の前兆であることも多く、しばらく入院して詳しい検査と経過観察が必要です。」


杏子は医師の言葉を一言一句逃すまいと耳を傾けたが、その意味を完全に理解することはできなかった。頭の中では「おじいちゃんは大丈夫」という思いと、「大丈夫なの?」という不安がせめぎ合っていた。


あかねとまゆ、滝本先生も同じ説明を聞き、少し安堵した。


「それで……おじいちゃんは今……?」

杏子がか細い声で尋ねると、医師は微笑みながら答えた。

「今は眠られています。少しお話しされましたが、意識ははっきりしており、私たちにも冗談をおっしゃっていました。」


「そう……ですか。」


杏子は胸を撫で下ろすように頷いたが、涙が込み上げるのを止めることができなかった。


あかねとまゆは、始めて見る杏子の涙に動揺したが、今病院に居ても何も出来ないことから、滝本先生に促され、一端家に帰ることにした。


杏子に声を懸け、明日朝一番で来るから、と伝え、病院を後にした。


祖母とともに病室に向かう廊下で、杏子は震える手を胸の前で組んだ。涙を見せないとおじいちゃんと約束していたはずだった。どんな時でも笑顔でいると誓ったはずだったのに、今はその約束を守れる気がしなかった。


「杏子ちゃん、大丈夫よ。おじいちゃんが杏子ちゃんを悲しませるようなことすると思う? 杏子ちゃんの金メダルを見るまでは、おじいちゃんはどこにも行かないから。」

祖母の言葉に、杏子はなんとか笑顔を作ろうとしたが、瞳にはどうしても涙が浮かんでしまう。


「おばあちゃん……おじいちゃんに、何かあったら……。」


その言葉が口をついた瞬間、杏子は自分を叱るように頭を振った。


「ううん。大丈夫。大丈夫。おじいちゃんは大丈夫……!」


祖母は杏子の手をそっと握り、優しく目を閉じた。

「杏子ちゃん、泣きたい時は泣いていいのよ。人を想う気持ちは、我慢するものじゃないから。」


その言葉に、杏子は


「約束したの。おじいちゃんが悲しむから。泣かないって。約束したの」


言葉とは裏腹に、堪えていた涙が一筋頰に伝わったかと思うと、そのあと、溢れ出る涙を止めることはもうできなかった。


「わたしは……わたし……。」


祖母が嗚咽する杏子をそっと抱きしめる。


「杏子ちゃんは優しい子ね。大丈夫、あなたのおじいちゃんは、必ずまた元気になるわ。きっと、ちょっと構って欲しかったのかもね」


病室に入ると、おじいちゃんは静かに眠っていた。呼吸は穏やかで、その顔には安らぎがあったが、点滴やモニターのコードがどうしても杏子の胸を苦しめた。


「おじいちゃん……。」


杏子はそのそばに座り、小さな声で呟いた。


祖母がそっと椅子を引き寄せ、杏子の隣に座る。そして二人で手を合わせ、ただおじいちゃんの回復を願った。病室の静けさの中で、杏子は自分の心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。


「絶対に大丈夫だよね、おじいちゃん……。」


杏子はそう自分に言い聞かせるように呟き、祖母の隣で祈り続けた。


「少しお父さんに電話してくるから、ここに居てね。」

おばあちゃんは、そう言って、病室を出て行った。


おじいちゃんと二人きりになった。

いつも笑ってて、いつも笑わせてくれるおじいちゃん。


杏子はゆっくりとおじいちゃんの手を握った。


「おじいちゃん、手がちっちゃくなったね。」


ちっちゃい時はいつも手を握ってくれたおじいちゃん。


大丈夫だよね。


杏子はその手をそっと自分の頰に添えた。目を閉じると、幼い頃、同じようにその手に包まれていた記憶が蘇る。無邪気に笑いかけた自分と、優しく微笑んでくれたおじいちゃん。


(絶対に大丈夫だよね……。)


声に出さずにそう呟くと、ふいに涙が頰を伝い、手のひらに落ちた。約束していた「涙を見せない」は守れなかったけれど、今はただ、このぬくもりを信じたかった。


杏子はその手を優しく両手で包み、祈るように胸の前で組み合わせた。





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