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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
選抜大会
73/422

第73話 大会前日

全国選抜大会を控えた前日練習の場。広い練習場には、全国から集まった強豪校の選手たちが、それぞれのフォームを確かめながら矢を放っていた。


光田高校のメンバーも、杏子を中心に練習を進めていた。栞代は自分の矢の軌道を確認しながら、隣で的に集中する杏子の姿をちらりと見ていた。


その時、冷たい声が後ろから聞こえた。

「つぐみがいなくなったら、光田高校なんてうち(鳳城高校)の相手にならないな。」


黒羽詩織だった。腕を組み、余裕を見せるその態度に、栞代の眉が一瞬動く。しかし、彼女は言葉を返すことなく、無視して矢を構えた。


いちいち反応するのは、同じ土俵に居るといことだ。

もっと言えば、挑発に乗る余裕も無かった。


「詩織、いい加減にしろ。」

不動監督の声が静かに響いた。

自由な射型で的に向かうのはまだしも、「礼」を欠く態度だけは許すことはできない。

練習試合で光田高校に敗北したことにより、的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアを黒羽に変更しろ、という圧力もそれなりにあったが、なぜ同じ成績の圓城花乃じゃなく、なぜ的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアを対象にするのか、三年生だからか、という反論には、明確な批判はかえってこなかった。

ただし、不動監督にしてからも、今回の大会の結果には、自身の弓道に対する信念と、そして進退を懸けていた。


黒羽詩織は肩をすくめるようにしてその場を離れたが、その目にはまだ挑発的な光が宿っていた。団体戦にはでられないが、個人戦には出場することになっていた。


杏子は詩織の言葉を聞いていなかったかのように、ただ静かに弓を引き続けていた。矢を放つその姿に、一切の乱れはない。その射は、以前の杏子を知る者が見れば明らかに変化していた。


(またさらに、美しい……。)


遠くからその様子を見つめていた麗霞は、心の中でそう呟いた。つぐみがいなくなったことで何かを失うどころか、杏子はその苦しみさえも乗り越えて糧に変えていた。その射は以前よりもさらに澄み渡り、無駄のない美しさを帯びていた。


杏子の練習が終わるまで見学していたが、練習が終わると、


麗霞は静かに立ち上がり、ナディアに目で合図を送り、二人で杏子の方へ歩み寄った。


「杏子さん。」

麗霞が声をかけると、杏子は矢を収め、微笑んだ。


「麗霞さん、ナディアさん。」


「あなたの射は相変わらず素晴らしいですね。団体も個人も、私たちにとって驚異であると同時に、楽しみでもあります。」

ナディアが真摯な瞳でそう言うと、杏子は少し照れたように微笑んだ。

ナディアは個人戦には出場しないが、杏子と同じ場所に立てる団体戦を楽しみにしていた。


「ありがとうございます。私も、お二人との対戦を楽しみにしています。」


麗霞が静かに手を差し出した。

「お互い、ベストを尽くしましょう。」


杏子はその手をしっかりと握り返した。



その瞬間、遠くから響く足音が練習場の静寂を破った。


「杏子さん!」


拓哉コーチだった。その顔は真っ青で、言葉に詰まりながら駆け寄ってくる。杏子は驚いた表情で振り返り、コーチの姿を見た瞬間、胸に不安が広がった。


「コーチ……どうしましたか?」


コーチは杏子の腕を取り、そっとその場に座らせた。

「杏子さん……おじいさんが、倒れた。」


「え……?」


杏子の時間が止まった。言葉の意味を理解しようとしても、それは彼女の頭に入ってこなかった。


「病院に運ばれた。一過性脳虚血発作(TIA)だと言われているらしいけど、詳しいことはまだ分からない……。」


杏子の目が見開かれた。何かを言おうとしたが、声にならない。


栞代が急いで近づき、その場に膝をついた。

「杏子、すぐ帰ろう。おじいちゃんのそばに。」


栞代は、コーチを見た。わたしも一緒に、と顔に書いてあったが、コーチは

「栞代さん、気持ちはわかりますが、栞代さんが帰ると、試合出場ができません。栞代さんは残ってください」


オレが帰ってしまったら、団体戦が成立しない。冴子先輩は最後の選抜大会だし、それに、瑠月さんは高校生活の最後の大会だ。


栞代自身もショックを隠しきれず、顔が青ざめていたが、必死に杏子を支えようとしていた。


その場に居た、部員全員がショックを受けていた。

試合前には、いつも楽しい食事会を開いてくれて、紅茶を自慢してくるおじいさん、あんなに元気だったのに。いったいなにがあったんだ。


冴子も瑠月も沙月も、青ざめた顔で立ち尽くしていた。


その時、あかねが前に出て声を上げた。

まゆを見つめると、まゆも黙って頷いた。

「私とまゆも一緒に行くよ!わたしたちは試合にはでないから。杏子を一人で帰らせるわけにはいかない!」


まゆも小さく頷きながら、杏子に寄り添う。


「杏子さん……私たちがついてますから。」

小さな声を絞り出した。


滝本先生が冷静にその場を取り仕切り、杏子の荷物をまとめるよう指示を出した。そして、あかね、まゆ、先生とともに、杏子を連れて病院に向かう準備を整えた。


杏子は何も話せなかった。ただ、心の中で何度も「どうして?」と呟くばかりだった。震える手を栞代がそっと握り、「大丈夫だよ」と小さな声で励ます。それでも杏子の瞳には、すでに涙が溢れそうになっていた。


「あかね、まゆ、頼むね。」

栞代は二人に向かって強く言い、杏子を託した。


杏子はただただ、呆然としていた。


杏子はまわりの言う通りに動くだけだった。


新幹線に乗るために駅に着くと、祖母から電話が掛かってきた。

杏子は話すことができなかったので、あかねが交代した。

慌てないで、という言葉だけ、聞こえていた。


電車の中で、あかねとまゆはずっと杏子の手を握っていた。


新幹線の窓の外を、暮れかけた冬の景色が流れていく。杏子はじっと膝の上の手を握りしめ、目を伏せたまま何も言わない。いつも穏やかな彼女の姿が、今は心なしか小さく見える。


あかねはそんな杏子の横顔をそっと見つめながら、何か声をかけるべきか迷っていた。けれども、言葉にしなくても、目の前の友人の気持ちは痛いほど伝わってくる。


「おじいちゃん、大丈夫だよ。」

あかねが優しく声をかける。その声には静かな力強さがあった。


杏子はその言葉に小さく頷いた。


車内アナウンスが目的地を告げる。杏子は息を整え、両手をぎゅっと握りしめた。

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