第69話 部内選抜試合
杏子たちが学校を休んでテーマパークに行った件は、決して誉められることではなかった。だが、これまでの弓道部員として、また授業での真面目な姿勢、そして学校全体の名声を高めるほどの実績を挙げてきた弓道部の存在から、学校側は特に問題にする様子はなかった。
一部の生徒の中には、学校側の寛容な対応に不満を漏らす者もいた。しかし、そこは弓道部の3年生が持つ人間関係のネットワークを駆使し、うまく場を宥めてくれた。
「遊び仲間には遊び仲間のネットワークがあるものだな。頼んでみるもんだよ」と冗談めかして報告してくれた花音部長に、杏子たちは頼もしく思っていた。いつまでもお世話をかけてすいません。
それ以降、杏子をはじめ弓道部の部員たちは、勉強もクラブ活動も全力で取り組む日々を送っていた。
杏子自身、つぐみの引っ越しという大きな出来事を乗り越えなくてはならないと、より一層弓道に打ち込んでいた。みんなに心配をかけてしまった分、応えなければ、と思っていた。
学業の面でも、幸い、中間テストでは赤点を取る部員はおらず、全員が安定した成績を収めていた。部活動に集中できる環境が乱されることは無かった。
次の休日には、全国大会の団体メンバーを選ぶための部内選考試合が控えていた。つぐみが抜けたことで空いた1枠をめぐり、部員たちの練習は熱を帯びていた。
これまでのトップチーム――杏子、瑠月、つぐみ――の一角を担っていたつぐみの不在。その穴を埋めるべく、特に努力を重ねていたのは冴子と沙月の2年生コンビだった。
部長の冴子はリーダーシップを活かし、誰よりも落ち着いた射型を手に入れるべく日々の練習に取り組んでいた。一方、沙月は負けず嫌いな性格からか、力強い弓を引くことに執念を燃やしていた。
そして、そんな2人を打ち破って県大会では予備メンバー入りを果たした栞代は、さらなる高みを目指していた。
「つぐみの代わりになって、杏子の夢を叶えたい」
その思いを胸に、栞代は毎日必死に練習を続けていた。
杏子と瑠月は、他の部員たちとは異なるアプローチで練習を続けていた。杏子は、自分のスタイルを維持しつつ、とにかく量を重ねて弓道に向き合う。「どんなときでも正しい姿勢で引く」ことを最優先に、決して妥協せずに弓を引き続けていた。
そしてその上で、特にまゆには常に気を配り、頼まれれば他の部員の射型のチェックも丁寧に行っていた。
一方、瑠月は限られた時間でいかに効率よく成果を出すかに重点を置き、短時間で集中力を高める練習を徹底していた。時にはメンタルトレーニングも取り入れ、精神面での強さを養うことに力を入れていた。
ふたりは異なる方法であれど、共に全国大会を見据えて着実に準備を進めていた。
そして、ついに部内選考試合の日がやってきた。
道場に集まった部員たちは、緊張と期待の入り混じる空気の中で準備を進めていた。拓哉コーチが全員を前に立ち、声を響かせる。
「今日の試合は、これから全国大会を戦うメンバーを決めるためのものだ。悔いの無いように。立ち順の決め方は、前回同様に決める」
その結果、
杏子、瑠月、紬、冴子、栞代、あゆ、沙月、あかね
の順番に決まった。
再び杏子が一番になった。杏子にとっては、一番いい順番だといえた。杏子には弓道の神様がついてると思うんだけどな。栞代はそう思った。4人ずつ二組に分れて打つことになった。
杏子は弓を握りしめながら、静かに深呼吸をした。つぐみのいない道場。その静けさが、彼女の心に新たな決意を呼び起こしていた。
(私が進まないと、つぐみと全国大会で会うなんて言えないよね。)
その思いを胸に、杏子は的に向き直った。周囲の視線が一斉に集中する中、道場の空気がさらに張り詰めていく。選考試合の幕が、今まさに上がろうとしていた――。
杏子、瑠月は全て的中させて皆中
紬2本、
冴子3本
栞代3本
あゆ0本
沙月3本
あかね1本
以上の結果、杏子と瑠月はメンバー決定。
そして、最後の1枠を巡って、冴子、栞代、沙月の競射となった。
そしてその最初の一射を、沙月が外し、予備メンバを含めての4人は決まった。
その瞬間、道場内の空気が変わった。無音に近い静けさの中、沙月は自分の呼吸だけが大きく響いているように感じた。
(外した……。)
手に残る感触が、失敗の確かな証拠だった。沙月の目が自然と弓を握る手に向かう。その手はいつもと同じはずだった。自分を支え続けてきた、力強い手。しかし、今はどうしようもなく頼りなく思えた。
頭の中で思い返すのは、これまで積み重ねてきた時間だった。杏子や冴子、瑠月と並んで試合に出場するために努力した日々。誰にも負けたくなくて、時には練習が終わった後も一人で弓を引き続けたこと。そのすべてが、今の結果につながらなかったという現実が、じわじわと胸を締めつけてくる。
試合後、沙月は無言で弓道場を後にした。自分を心配そうに見つめる冴子や瑠月の視線も、何も言えずただ見守る杏子の姿も、目に入らなかった。
(どうして……もっと練習しておかなかったんだ。もっとできたはずだ)
自分への怒りと、どうしようもない悔しさが、胸の中で渦を巻いていた。だが、その渦の中には、どこか冷静な自分がいた。
(予備メンバーにも入れなかった。だから、ここからは……サポートに回るしかない。)
その結論に達した瞬間、沙月は立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。
(次の練習からは、みんなのためにできることを探そう。)
心に広がる悔しさは、そう簡単に消えるものではない。それでも、沙月はその感情を飲み込む決意をした。
自分が弓を引くのではなく、仲間が最高の射を放つために力を尽くす――それが、沙月にとっての新しい挑戦の始まりだった。
まだ最後のインターハイが残ってる。そこでは絶対に勝ち取る。そのためにも。




