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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
インターハイ
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第68話 杏子の元に

翌朝、杏子は弓道部の早朝練習に向かおうと家を出た。しかし、玄関先に見慣れた顔が揃っているのを見て足を止めた。


「おはよう、杏子。」栞代がいつもと変わらない声で言った。だが、その後ろには紬、あかね、そしてまゆまで揃っていた。


「え……みんなどうしたの?」

驚いて尋ねる杏子に、栞代は腕を組んで眉をひそめる。

「そんな暗い顔して。今日は『杏子の元気を取り戻す会』を今からやるんだ」


「え?」


「学校はサボりだ。みんなでテーマパークに行くぞ」


「は?」杏子はあまりのことに言葉を失った。


そのとき、背後から陽気な声が響いた。

「ほれっ、行くぞ行くぞっ!」

振り返ると、杏子の祖父が満面の笑顔で出掛ける準備を整えて立っていた。


「おじいちゃんも!?」


「もちろんじゃ!栞代が昨日、計画を電話で教えてくれてのう。おばあちゃんもちゃんと賛成しとるから、安心するんじゃ、杏子。それで、わしが車を出すことになったんじゃ。」


「杏子、たまにはこういうのもいいだろ」栞代が杏子を車へ押し込みながら笑った。


車の中はすっかり満員だった。栞代、紬、あかね、まゆ、そして運転席のおじいちゃん。まるで小さな旅行のような雰囲気だった。


「ほれ、この車に買い換えてよかったじゃろ!」

自慢げなおじいちゃんの声に、栞代が笑いながら返す。

「間違いない。荷物も全員分載せられるし、おじいちゃんの人生で一番素晴らしい決断だな」


そんな賑やかな空気の中、突然おじいちゃんが「あっ、しまった!」と声を上げた。


「どうしたの?」杏子が尋ねると、おじいちゃんは慌てた顔で言った。

「水筒を忘れた!ちょっと待っててくれ!」


おじいちゃんが家に戻ると、杏子は栞代に小さな声で「ありがと」と呟いた。その言葉に気づいた紬が横から割り込むように言った。

「これは私たちの課題ですから。」


栞代も頷きながら「その通り。弓道部全員の課題だよ。なんといっても、杏子はエースだからな。ちなみに瑠月さんも冴子先輩も沙月先輩も行きたいって言ってたんだけど、さすがに全員サボるのはマズイだろ?瑠月さんが『弓道部のために我慢しよう』って言い出して、冴子さんも納得した。沙月さんは最後まで行きたがってたけどね。」と笑った。


間もなくおじいちゃんが戻ってきた。大きな水筒をいくつも抱えながら、「いや~、この紅茶を忘れたら元気が出んわい。ちゃんとみんなの分もあるからな」と笑顔で車に乗り込む。


杏子はそんなみんなの姿を見て、そっと俯いた。

どんなことがあっても、

(おじいちゃんの前では泣かない――。)

そのことはもう、身についていたから。



道中もとても賑やかで、笑顔が絶えなかったが、テーマパークに着くと、全員が一気に盛り上がった。


「あれ乗ろう!」「いや、こっちだ!」

あかねが楽しそうに指差し、紬が冷静にマップを開いてルートを考える。まゆも静かに笑顔を浮かべながら、その様子を見守っていた。


一方で、おじいちゃんは車から降りようとせず、「わしはここで待っておるからのう。」と手を振った。しかし栞代がすかさず腕を組んで言う。

「変なところで遠慮するな!誰もたからないから安心しろ。

そもそも、おじいちゃんが居なかったら誰が紅茶を淹れるんだよ。

ほれ、水筒はみんなで持ってやっから」


その言葉に、おじいちゃんは照れたように笑いながら「まあ、それもそうかのう。」と素直に従い、一緒に入園した。


アトラクションを次々に楽しみ、お土産屋では栞代が全員分の記念品を選び、まゆがそれを袋に詰める。杏子も少しずつ気持ちがほぐれていくのを感じていた。

休憩所では、おじいちゃんの紅茶をみんなで楽しんだ。

「いや、紅茶だけはほんっとにおじいちゃんすごいよな」

栞代が言うと、おじいちゃんは

「栞代はまだまだ青いのう。わしのすごいところは紅茶だけじゃないんじゃぞ。さ、紬さん、わしのすごいところをみんなに教えてやってくれ」

「それは私の課題ではありません」

いつもの言葉に、全員が笑う。



昼食を食べ終わると、全員のスマホに同時に通知が届いた。

弓道部のグループLINEだった。

「あれ、これって……瑠月さんたちから?」

再生すると、瑠月、冴子、沙月の三人が笑顔で映っていた。


「みんな、今日は楽しんでる?これからも頑張っていこうね!全国優勝目指して!優勝したら、今度は全員で行くよ」


その言葉に全員が拍手を送った。

さらに、その後にはもうクラブは引退している、三年生からの動画も届いた。ユーモアたっぷりの演出とメッセージに、全員が声を上げて笑った。


仕方ない、今度教えに行ってあげるから。

いや、あんたより、杏子の方が、百万倍は上手いからっ

誰が弓道の話をしたよっ。

じゃあ、何教えるんだよ。

好きな男の子の気を引く方法だよ。


そんな動画が流れたもんだから、おじいちゃんが、あわてて杏子の耳をふさいでた。「三年生とはもう話しちゃいけません」


動画が終わり、それぞれが笑顔で感想をいい終わったころ、


杏子はふっと息をついて、スマホを手に取りながら呟いた。

「なんか……弓を引きたくなってきたな。」


その言葉に、栞代が満足げに頷く。

「やっぱりな、杏子ならそう言い出すと思ったよ。」


それから、全員でアトラクションに一つ乗ったあと、おじいちゃんの車で学校に向かった。このための車でもあった。


夕方、全員で学校の弓道場に着いて、こっそり、入って行った。

事情を知ってる男子部員や、瑠月さん、冴子先輩、沙月さんが拍手で迎えてくれた。


そして一通り練習が終わったころ、拓哉コーチが笑顔で近づいてきた。

「お前たち……授業をサボってクラブだけ来るなんて、本当は許されないんだぞ。」


言葉とは裏腹に、表情はとても穏やかでどこかほっとしているようにも思われた。

「頼むから、次は早めに相談してくれ。滝本先生の立場もあるからな。」


コーチがそう言うと、


それに対して冴子が一歩前に出て言った。「コーチ、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。女子弓道部の総意でした。本当にすいません」


杏子は胸が熱くなるのを感じた。


(みんなに心配かけちゃったな。止まってちゃいけない。ちゃんと前を向いて進まなきゃ。そして――つぐみと全国で会うんだ。)


杏子は決意を新たにしながら、そっと弓を握り直した。

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