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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
インターハイ
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第65話 鳳城高校戦

鳳城高校の不動監督にしても、光田高校のメンバーは驚異に映っていた。


春の練習試合の時に、既に驚くべきものがあったが、あの時に見た杏子、つぐみの成長はもとより、さらには、瑠月の台頭。


不動監督は、光田高校を、最も警戒すべき相手だと思っていた。練習試合の申し込みは、まさに渡りに舟であった。


春と違い、今回は女子のみで訪れた光田高校で、雰囲気も一変したが、鳳城高校は鳳城高校で課題を抱えていた。


試合出場のメンバーが伝えられた。


的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシア、圓城花乃、雲類鷲麗霞


という、予想通りの県大会、ブロック大会を制した、レギュラーチームであった。


光田高校も、

小鳥遊つぐみ、奈流芳瑠月、杏子、という、県大会、ブロック大会を制覇した団体チームで挑むことになる。


偶然だが、それぞれ1年生、2年生、1年生、という布陣になった。


鳳城高校でぐんぐん伸びてきて、新人戦で上級生を押し退けてレギュラーの座を掴んだ、的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシア。


彼女の物語に少し触れておく。


ナディアが初めて弓道の道場に足を踏み入れたのは、中学生の時だった。


「弓道は日本の美そのものだ。」

母がそう言ったのがきっかけだった。ロシアの血を引く母親は、かつてバレリーナとして世界を舞台に立っていた。彼女の踊りは、美と規律を融合させたようなものだった。ナディアはその背中を見て育った。


一時は、バレリーナを目指そうかと思った時期もあったが、日本で偶然見た「弓道」に心を奪われた。


ナディアにとってそれは、自分の心の中の曖昧さや迷い、そして――日本で過ごす中で抱えた違和感を打ち破るために必要てものだった。


父親は日本人だったが、ナディアの外見はその多くを母から受け継いでいた。青い瞳、柔らかなブラウンの髪色、そして長い手足。道を歩けば振り返られ、初対面の人からは決まって「日本語が上手ですね」と言われる。


その視線や言葉が刺さるように感じたのは、子どもの頃から変わらなかった。特に中学で弓道を始めてからは、その感覚がより鮮明になった。


「弓道は日本人のためのものだ。」


最初はささやき声だった。いつしかそれは直接的な言葉となり、道場の片隅で投げかけられることもあった。


「ハーフが弓道をするなんて滑稽だ。」


ナディアはその度に拳を握りしめた。そして、誰にも知られないように夜更けまで基礎練習を繰り返した。姿勢を整え、呼吸を深め、無心で弓を引く――その繰り返しだった。


彼女の努力を最初に認めたのは、不動監督だった。


「ナディア、お前の弓は美しい。そして、それが全てだ。」


不動監督のその一言で、ナディアはようやく肩の力を抜くことができた。


鳳城高校では、不動監督の実力主義がナディアを救った。しかし、それでも完全に偏見が消えたわけではない。


ナディアがレギュラーメンバーに選ばれると、一部の保護者や関係者の間でこんな声が上がった。


「黒羽詩織を使うべきだ。彼女の方が的中率が高い。」


黒羽詩織は確かに天才だった。射型に一貫性はないものの、彼女が放つ矢はなぜか的を外さない。だが、彼女は「礼」の精神を持たず、チームの一員としての自覚にも欠けていた。


ナディアが自分のポジションを守るためには、努力と結果を常に示し続けるしかなかった。


そんなナディアを支えてくれたのが、同じ1年生の雲類鷲麗霞だった。


「アナスタシア、私も似たようなものよ。才能があるって言われても、それで周りが納得するわけじゃない。私も流派の家元に生まれて、プレッシャーの種類は違うけど、その辛さはよく分かる。でも、結局は、自分が証明するしかないんだよね。」


麗霞のまっすぐな言葉は、ナディアの心を軽くした。彼女は麗霞に負けないよう、そして麗霞の隣で輝けるようにと練習に打ち込んだ。


「全国大会で必ず優勝する。それが私の証明だ。」


そう決めたナディアだったが、同時にそのプレッシャーが彼女を縛っていることにも気づいていた。団体戦の一員としての責任感、黒羽詩織との比較、そして自身が「日本弓道」の場に立つハーフとしての存在意義――その全てが重荷になっていた。


試合前夜、ナディアは道場で一人、弓を引き続けていた。その姿を見た不動監督が声をかけた。


「ナディア、弓道はお前が日本人かどうかで決まるものじゃない。ただ、自分がどう弓を引きたいか、それだけだ。」


その言葉にナディアは深く頷き、静かに弓を構え続けた。


光田高校、そこには、杏子が居た。


春の杏子の射を見た的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアは、思わず、

「……美しい」

と呟いた。


ナディアは、自分の胸の奥から湧き上がるこの感情に驚いていた。杏子から眼が離せなくなった。


彼女にとって、弓とは戦いの道具であり、自分を証明するための手段だった。そしてそれは、麗霞から教えられた精神とも重なるものだった。麗霞の矢は鋭く、力強い。標的を貫くその矢には、揺るぎない自信と才能が宿っていた。


「杏子の矢は……麗霞とは違う」


ナディアの瞳に映る杏子の姿は、静かで穏やかだった。矢を引くその姿勢は、まるで一本の柳の木が風に揺れるようにしなやかで美しかった。そして、その矢が的に当たる瞬間には、余計な力が何一つない完璧な自然さがあった。


「なんて綺麗なんだろう……」


心の中で呟いたその言葉は、驚きに満ちていた。彼女はこれまで、矢が的中することだけを追い求めてきた。それこそが自分の証明だと。そして、自分の存在を証明し続けている、自分を超える存在として麗霞を目標にしてきた。しかし、杏子の矢にはそれだけではない何かがあった。


その日の夜、麗霞が彼女に声をかけた。

「ナディア、杏子という子の弓、見た?」

麗霞のいつもの冷静で優しい声に、ナディアは少しだけ目を伏せて頷いた。

「私の求めている矢とは違う」


「驚いた?」

麗霞が首を傾げる。


ナディアは一瞬だけ迷ったが、素直に思ったことを口にすることにした。

「あの光田高校の杏子、という子……彼女の矢が、すごく美しくて……。ただ中てるだけじゃなくて、何か特別なものを感じた」


麗霞はその言葉を聞くと、少しだけ笑みを浮かべた。

「杏子さんには確かに驚いたわ。私とは全く違う。結果で証明し続けなければならない、私やナディアには持てないものがある。羨ましくもあったわ」


「……」


麗霞の言葉が胸に響いた。ナディアはこれまで、常に結果を求め、自分の矢が的に届くかどうかばかりを気にしてきた。自分の矢に美しさを見出すことなんて、考えたこともなかった。


「麗霞……」


麗霞は微笑み、静かに言った。

「ナディア。あなたはとても強くなった。自分を証明するための矢はもう十分。あなたは私とは違う。もう何も証明する必要はないわ。あなたはあなたの矢を見つけて」


麗霞は一抹の寂しさを感じながらも、それが己に課されているものだと理解していた。

ナディアは、その言葉を胸に、新たな目標を心に刻んだ。杏子のような美しい射を放ちたい。自分の矢が的に届く瞬間、誰かの心に残るような射を放つ人になりたい――そう強く思った。


それからのナディアの成長は凄かった。ナディア自身、純粋に矢に集中できる自分に驚いた。


目標の、憬れの杏子と対戦できる。




静かに試合が始まった。

今回は、鳳城高校からのスタートだった。


的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアは落ち着いた様子で、きっちり決め、その流れは両校ともそのまま続いた。


二順目に、的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアが外し、対して光田高校は全員が決めて、光田高校が一歩リードした。


三順目、的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアは持ち直したが、圓城花乃が外す。

光田高校は、瑠月が惜しくも外す。まだ一本光田高校がリードして、最終の4射目に入った。


ここで、さすがに経験抱負な鳳城高校。三人とも決めて、横皆中を出す。光田高校が逃げきるには、全員皆中が必要だったが、全員皆中すれば、鳳城高校に勝てる場面だった。


中学時代以来の夢、団体戦であっても、雲類鷲麗霞を越える、その瞬間が来たと思ったつぐみが、惜しくも外す。相当なプレッシャーだった。

ここで、逆に、一瞬にして光田高校が追いこまれた。残り二人、瑠月と杏子、どちらかが外した時点んで、光田高校が敗れる。


しかし、さすがに瑠月だった。冷静に同じ姿勢で矢を放ち、的を捕らえる。春とは違う姿を見せた。

そして、杏子はやはり別格の落ち着きだった。状況など、全く把握する必要もないといわんばかりであった。いつもと寸分違わず、自分の姿勢で的の中心を捕らえ、鳳城高校に並ぶ。


ここで、4射を終わって、10ずつ、の引き分け。


不動監督と拓哉コーチの申し合わせにより、的を24センチ的に変えて、競射勝負として続けられた。


ここからは、まさに一進一退、全くの五分の勝負か続いた。


一射めは、圓城と瑠月が外し、同点。

二射めは、的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアとつぐみが外し、また同点。

三射めは、お互いに外さず、同点。


そして、勝負は四射めに、動いた。


緊張と疲労が蓄積された中、通常の的なら的中だった矢が、24センチ的の中には入らなかった。的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシアが外す。


つぐみは、気迫を前面にだした矢を的中させる。絶対に負けない。先程の勝負が掛かった場面で外した悔しさを全面に押し出した、つぐみらしい矢だった。


圓城、続けて外す。


決めれば勝利、という大きな場面、さすがの瑠月も手が震えたか、わずかに外す。


麗霞が変わらぬ矢を見せたが、追いこまれた。


そして、最後の一射が杏子に託された。


杏子は静かに深呼吸をした。

周囲のざわめきも、勝負の重みも、全てが意識の外に追いやられている。ただ弓を引く――それだけが彼女の心を支配していた。ここまでの5射分、すべて勝負が掛かった場面での射だった。にも関わらず、最初から、杏子の姿勢は全く変わらなかった。


杏子なら大丈夫。つぐみは確信していた。

杏子ちゃんなら大丈夫。瑠月もまた、信じきっていた。


引き絞った弓の張力が、身体の隅々にまで緊張を伝える。杏子はその感覚をただ受け止めた。


矢が放たれる瞬間、時間が止まったような静寂が訪れた。


ビシッ――


矢は一直線に飛び、的の中心を捉える音が響いた。その瞬間、会場は静まり返った。


不動監督が一歩前に出て、静かに告げた。

「光田高校、19本。鳳城高校、18本。以上で、光田高校の勝利です。」


杏子は微かに頭を下げた。瑠月もつぐみも、表情を変えることなく、静かに深く礼をする。


勝利の歓声が上がった応援席とは一線を画し、光田高校の三人はその場に動じず、揃って礼を終えたあと、退場の所作を丁寧に守った。


道場の外に出るまで、三人の顔には喜びを表すことはなかった。それは弓道の精神に対する彼女たちの深い敬意そのものだった。







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