第581話 『嫉妬のポテト、アンナのいる合宿と、緊張と緩和のローテーション』
「な……なんで……!? なんでアンズ部長ばっかり、いつもアンナちゃんの愛を全部持っていくんですかっっっ!」
葡萄の嘆きが夏の空に響く。
「葡萄、親分はだから親分なんや。アンナちゃんのことは潔く諦めろ。相手が悪すぎる」
真映がわざとらしい冷酷な声で、容赦なく追い打ちをかけるが、葡萄は「諦めませんよ! いつか必ず、アンナちゃんを振り向かせて見せます!」と無駄に熱く拳を握る。
その様子を見ていた楓は、葡萄にエールを贈る。
「そうそう。葡萄、頑張るのよ。アンナちゃんの眼を杏子部長から逸らせ・・・いやいや、絶対に諦めちゃだめ。諦めたら終わりよ」
その言葉を聞いて滴が黙って頷く。
そして楓と滴の二人は、ちゃっかりと無言で杏子とアンナの『両隣の特等席』をキープしていた。
「お前ら完全に、ドロッドロの昼ドラだよな……。一歩間違ったら、嫉妬でアンナちゃんのこと刺しそうやん」
栞代が心底呆れる中、当の杏子はそんな愛憎劇には全く気づかず、アンナと仲睦まじく、祖母特製のローストポテトを摘んでいた。
アンナが、横でジッと見つめてくる楓と滴を交互に見て、小さな手でポテトを差し出す。
「Haluatko maistaa tätä?」
言葉が分からず戸惑う二人に、あかねがニヤニヤしながら意地悪く茶化した。
「あーあ、怒らせたんちゃう?『私の杏子に近づくな』ってフィンランド語で言ってるんじゃない?」
「違うよ、あかね〜!」
簡単なフィンランド語なら分かる杏子が慌てて否定し、意味を伝えようとした瞬間、アンナは一生懸命、知っている英語に言い換えた。
「Do you want to taste? Try this!(味見してみる? これ食べてみて!)」
「……Thank you, Anna.」「Can I eat this with you?」
驚きながらも、とっさに英語で返事をする楓と滴。そして、アンナのあまりの可愛さに完全に負けたように、大人しくポテトを受け取る。杏子とアンナがニコニコしながら二人を見守る。
「Onko hyvää?(おいしい?)」というアンナの声に、「It’s good」「So good」と笑顔で応える二人。
「なんだ、二人ともちゃんと意味が分かったんだね」
杏子がホッとして微笑む。
「……今、あっし、なんで英語の勉強が必要なのか、初めて明確に分かりましたわ、若頭」
真映の真剣な呟きに、栞代が「お、ようやく勉強する気になったか?」と聞き返すと、「いや、それは……ソフィアさん! あっしにアンナちゃんと話すための生きた英語を教えてくださいっ!」と、勉強の動機が不純すぎる真面目な顔になった。
お昼休みの残り時間は、部員総出でアンナと駆け回って遊んでいる。しかし、午後からの本格的な合宿練習が始まると、あまり相手をしている時間はない。
「Are you bored, Anna?(退屈してない、アンナ?)」
杏子がアンナを気遣うと、アンナは「Joo, kaikki hyvin.(うん、全部大丈夫だよ)」と健気に頷いた。
ソフィアに「絶対に練習の邪魔をしないこと。もし迷惑になったら、すぐにおうちに連れて帰るからね」と固く約束させられている。
彼女は、練習中はソフィアの監視のもと、実にお利口に、祖父をヘロヘロにしながら、一方中田先生とは大人しく遊んでいる。
午後から、臨時コーチ陣の指導のもと、練習はますます密度と厳しさを増していく。
コーチの目前で何度も姿勢を確認され、一華からの冷徹な映像チェックを受けていく。夏の暑さで体力はもとより、極限の集中で精神力もガリガリと削られていく。
その数少ない合間の休憩時間が、アンナの相手をすることで無くなることに、真映と、そして栞代も少し心配していた。
「ご隠居、親分の体力大丈夫ですかね? 休む暇ないっすよ」
練習の合間にもずっとアンナの相手をして遊ぶ杏子を心配した真映が、縁側で休む祖父に小声で囁いた。
祖父は、自身は暑さとアンナの相手でヘロヘロになりながらも、眼光だけは鋭く光らせて笑った。
「大丈夫じゃ。ぱみゅ子にとっては、かえって集中するための良いエネルギーになるわい。……それにじゃ」
「それに?」
「この程度のことで集中が途切れて射に響くようなら、インターハイ優勝など夢のまた夢じゃ。そんなヤワな優勝なら、最初からせん方がええ」
栞代が「おじいちゃん、珍しく厳しいこと言うじゃん」と声をかけると、いつのまにか側にいた中田先生も、
「ま、そういうことじゃな」と軽く言い退けた。
栞代は、強がる祖父の体力の方も心配していた。
そんな様子を見ていた裏方のまゆが、あとは二乃に任せ、積極的に車椅子でアンナと遊ぶようになり、練習のローテーションの合間には、部員たちはそれぞれ示し合わせたようにアンナのところに行き、短いながらも相手をしていた。
それは休憩時間を削る「負担」ではあるものの、厳しい練習の中での、極上の癒やしと楽しい時間でもあった。
真映は縁側で「タイタニック」のごっこ遊び(ジャック役)でアンナを大笑いさせ、紬は無表情のまま、日本アニメの複雑なキャラクター設定を身振り手振りで熱心に教えている。
あまつとつばめは、弓道の道具に興味津々のアンナに、弓や矢の名前を一つ一つ丁寧に教えていた。
全体の厳しい練習を見つめながら、中田先生は目を細める。
的を見据える極限の「緊張」と、アンナと触れ合う「緩和」。
そのうちに、臨時コーチたちも休憩時間になるとアンナにデレデレと自己紹介をはじめ、いつのまにか、すっかりアンナ中心にまわるようになった。




