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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
インターハイ
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第57話 まゆの勇気

光田高校弓道部の道場には、連日のように弓を引く音が響いていた。新人戦を目標に、部員たちは、全員が目標に向かって熱心に練習を重ねている。その中で、いつも一歩引いたところから部員たちを支えるマネージャー、雲英(きらら)まゆも例外ではなかった。


まゆは、明るくて可愛らしい笑顔で、弓道部を陰から支えてきた。練習用の矢を揃えたり、スケジュールを管理したり、的中数のチェックもしっかりと管理しており、誰もが認める名マネージャーだったが、まゆの心には密かに抱いていた思いがあった。


まゆは全身にハンデを抱えており、長い距離を歩くことはできない。短い距離にも杖が必要だった。声帯も弱く、日によって状態に差があり、声を出すのは大変な時もあるため、普段はノートに文字を書いたり、簡単な手話で意思を伝えていた。それでも、いつも笑顔を絶やさず部員たちを支え、彼女の存在は弓道部にとって欠かせないものだった。


しかし、そのまゆがある日、親友のあかねに筆談で思いを打ち明けた。

ノートに書かれた言葉は簡潔だったが、そこに込められた決意は明白だった。


「私も弓を引きたい。」


あかねはノートの文字を読み、驚いて顔を上げた。

「まゆが弓を? 本気で言ってるの?」

まゆが杏子に憧れていることはあかねも知っていた。杏子の姿を見て弓道に興味を持ち、マネージャーも希望したのだ。


まゆは頷き、少し照れたように微笑んだ。ノートをめくると、次のページにまた新しい言葉が書かれていた。


「ずっとみんなの練習を見ていて、懸命の努力を続けてるのを見て、私もやってみたい思いを抑えきれなくなった。私も的に向かって矢を放ってみたいと思ったの。」


杏子に一歩でも近づきたい。その言葉は、一旦消していた。


その言葉を見たあかねは、目に涙を浮かべながらも力強く頷いた。

「いいじゃん、すごくいいよ!私が全力で応援する!」

あかねは、まゆがマネージャーをやりたいと言った時から、いつか言い出すんじゃないか、とどこかで思っていた。

そして、まゆに言った。

「杏子に近づこうっっ。まってろ杏子っ」

悪戯っぽく笑ってまゆの手を握った。


放課後、あかねはまゆと一緒に拓哉コーチのもとを訪れた。あかねが事情を説明し、まゆもノートに書いた言葉で自分の気持ちを伝えた。


「挑戦したい」という文字を見たコーチは、少し考え込んでから、柔らかい表情で頷いた。


「いいね、その決意は素晴らしいよ。まゆさんが弓を引きたいと思う気持ちは大事にするべきだ。ただ、身体に負担がかからないように慎重に進めよう。特別なメニューを組むから、焦らず少しずつやっていこう。」」


まゆはその言葉を聞いて涙ぐみながら、震える手で「ありがとうございます」と書いてあるノートを見せた。


拓哉コーチはまゆの体力や身体の状態に配慮し、特別なトレーニングメニューを用意した。弓を引くための最低限の体力づくりを目標にスタートした。軽いストレッチや、短時間でできる簡単な筋力トレーニングが中心だった。


立って引くことも無理すればできなくも無かったが、車椅子がいいのか、特別な椅子を用意する方がいいのか、相談しながら進めて行くことにした。


「まゆ、これくらいなら無理なくできそうだね。」と、あかねが声をかける。

また、マネージャーの仕事も、一年生の部員、男女全員でフォローすることになったが、特にまゆの可愛らしい笑顔に心を奪われている男子部員たちは、マネージャーの仕事を積極的に手伝うようになり、まゆがトレーニングに専念できるようにサポートしてくれた。


「よーし、まゆさんの分まで頑張るぞ!」と意気込む男子たちに向かって、あかねは苦笑いしながら「仕方ないから今回ばかりは大目に見よう」と呟いた。


そして、あかねは、心配と嬉しさが入り混じった表情で「無理だけはしないでよね」と声をかけた。


少しずつでも身体を動かし始めたまゆを見て、あかねがまゆに言う。

「まゆ、わたしが頼むのは簡単だけど、直接杏子に頼んでみなよ。」まゆは驚いた顔であかねを見る。

「ちゃんと自分で言わなきゃ。もしも断られたら、わたしが出て行くからさ。でも、杏子ならきっと大丈夫。」そう言ってあかねは笑った。


杏子が道場の隅で矢の手入れをしているところに近づいたまゆは、杖を握りしめながら小さく深呼吸をした。そして、か細い声を振り絞り、囁くように言った。

「杏子さん…私に、弓を教えてください。」


まゆは杏子に指導をお願いしようと決意した時、手話やノートでの筆談で意思を伝えるのではなく、このときばかりは直接声を出して伝えたいと思っていた。。


杏子は少し驚きながらも、すぐに快く引き受けてくれた。

「私で良ければ、いつでも手伝うよ。まゆさんが挑戦したいって思う気持ち、すごく素敵だと思う。」

あかねはあまりの嬉しさに表情を抑えることができなかった。


「でも、ひとつ条件を出してもいい?」

続けて杏子がそう言うのを聞いて、まゆも、そして少し後で見守り聞き耳をたてていたあかねも驚いた。

何を言われるんだろう?


「これからは、杏子「さん」じゃなくて、杏子って呼んでくれる?」

少しずつ練習していた手話で伝えた。まゆは二重に驚いた。

「じゃ、わたしのことも、まゆって呼んでください」


後で聞いていたあかねは、弓道部に入って本当に良かった、と心から思った。


杏子は、まゆやあかねと相談し、拓哉コーチからも助言を受けながら、どのように進めていくべきか考えた。人を教える、ということはとても出来ない性格ではあったが、まゆに対しては、できるだけのことをしようと決めた。


まゆの体力に合わせて、短時間でも効率的に学べる練習方法を考えた。まずは正しい姿勢を身につけることを優先し、弓を握る手の形や引き方を丁寧に優しく指導した。


杏子が最初から射型の指導をすることに抵抗があるのは、厳密にはそれぞれの個性にあった形があるから、と思っていたからだった。基本は絶対に必要だけど、それだけじゃないものがある、とも思っていた。

あかねにそれを相談した時、「大丈夫だよ。まゆは杏子にベタ惚れだからさ。杏子と同じように引きたいんだよ」そう言われた。その時ふと、わたしとおばあちゃんの関係に似てるのかな、と思った。おばあちゃんの言う通りに引きたいって思居続けてるし。だからこそ、おばあちゃんを教えていた中田先生に教えてもらったし。


杏子は、自分の練習時間を削りながらも、丁寧にまゆの指導を始めた。初めて弓を握るまゆの手を優しく支えながら、「まずは正しい姿勢を覚えることからだね。焦らずゆっくりやってみよう。」と語りかける。


まゆの体力には限界があり、長時間の練習はできなかったが、それでも短い時間の中で集中して一歩ずつ成長していった。杏子の教え方は的確で、まゆが少しでも姿勢を崩すとすぐに修正してくれた。


まゆは少しでも上手くなりたい一心で、杏子の言葉に真剣に耳を傾け、毎日少しずつ努力を重ねていった。短い練習時間の中でも、全力を尽くすまゆの姿に、杏子は心から感動していた。


「まゆさん、本当に頑張ってるね。すごいよ。」

杏子のその言葉に、まゆはノートに大きく「ありがとう」と書いて見せた。その文字には、彼女の感謝の気持ちがあふれていた。


「私も一緒に頑張るから。でも絶対に焦らなくていいよ。ゆっくりやろうね。まゆはすごくセンスあるよ」


まゆの挑戦は、部員全員の士気を高める効果があった。あかねはもちろん、男子部員たちも積極的にサポートし、練習の場には温かい絆が生まれていた。


まゆの挑戦は、弓道部全体を一つにまとめる大きな力となっていた。




一方、そんな中、栞代は杏子の多忙さを心配していた。杏子はまゆへの指導だけでなく、部員たちから頼まれる射型のチェックにも応えており、自分の練習時間がほとんど取れなくなっていたからだ。


「杏子、そんなにみんなの頼みばっかり聞いてて、自分の練習ができなくなるよ?」

しかし杏子は、穏やかな声で答えた。「大丈夫だよ、人の射型を見るのも、自分の練習になるから。それに、みんなの力になれるのが嬉しいんだ。」


栞代は、そこまでは、まだ十分理解できる、と思った。


としても。


杏子は、まゆが立って弓を引けないから、椅子に座ったまま弓を引くことになった時、拓哉コーチと座ったままの射型のチェックをしていた。

何度も何度も繰り返し、自分で実際に弓を引いて、座った時、どう引くのかチェックしていた。


国体の選抜選考会に推薦されても、自分が築き上げてきた射型が少しでも乱れる可能性があるだけで、拒否したのに。


なのに、まゆのために、椅子に座っての射型を研究して、実際に自分で一から弓を引いている。

自分の形に拘っていたのは、なんだったんだ。


杏子に少し尋ねたら、

「おじいちゃんも許してくれたから~~」

って笑ってた。


あれだけ嫌がってたのに。

一番の目標のために、そこだけは絶対に譲らなかったのにさ。

馬鹿だな、杏子は。

オレが絶対に全力で支えてやるぜ。



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