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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
565/579

第565話 『正射必中と、永遠を引く五人』

南方武道館の空気が、まるで真空に包まれたかのように静まり返っていた。


射位から的まで、二十八メートル。

日常生活においては、わずか数秒で歩き切れる距離が、弓を握った途端、果てしなく遠くなる。

弓道において不変であるその二十八メートルが、今の光田高校の五人にとっては、これまでの人生で最も輝く、そして最も愛おしい空間に見えていた。


三年間が、今からの二十八メートルにすべて掛かっている。


ここでの結果は、控えに回ったまゆをはじめ、会場で見守る後輩たちにも等しく共有される。


そして、まゆに一番輝く色のメダルを。その思いも等しく共有していた。


彼女たちの三年間が、今からの二十八メートルにすべて掛かっている。

その重い決意は、もはやプレッシャーという重圧を越えて、「最高の自分たちを表現したい」という、澄み切った渇望へと昇華していた。


観客席で、奈流芳瑠月は手すりを握る指に、無意識に強い力が加わるのを感じていた。

「……違う。今までと、次元が違うわ」

瑠月の瞳には、五人の背中が、今まで見たどの試合とも違って見えた。言葉にはできない何かが、射場の空気を変えていた。五人の背中から立ち上るそれぞれの「想い」が、一本の太い光の柱となって真っ直ぐに天へ昇っていくのが見えていた。


彼女たちは今、的中(結果)を求めていない。

ただ、正しい姿勢、正しい呼吸、そして正しい「離れ」を極限まで追求した結果として、矢がごく自然に、吸い込まれるように的に向かっているのだ。


栞代の完璧な姿が披露される。

杏子を本当に支えるために、杏子を越えると決めた。

そのために、一度習得した姿勢を放棄して、自ら選んで上を目指した栞代。

その想いを、見事に表現していた。


隣に座る杏子の祖父が、深く、静かに頷いた。

「瑠月さん、これがいわゆる『正射必中(せいしゃひっちゅう)』というやつかもしれんな。彼女たちは今、的を射ているのではない。自分自身を射抜いておる」


ソフィアが弓を引き始めた。


「……ソフィアさんも、見事なもんじゃな。あの子の中に流れるフィンランドのSISUの血が、日本の武道の精神と、今ここで完璧に混ざり合ってひとつになっておるのう」


二人の視線の先で、ソフィアが最初の一射を放った。

「パァンッ!」

乾いた、けれど重厚で深みのある弦音が会場の壁を叩く。ソフィアの碧い瞳には、一切の迷いがなかった。ただ、北欧の深い湖のような静寂だけが宿っていた。


「……ねえ、なんか、変な感じがしない?」

アンナをガードする役割を忘れたかのように、一年生の葡萄が呆然と呟いた。

「音、聞こえる? 栞代先輩も、ソフィア先輩も、あかね先輩も、……みんな、違う弓なのに、同じ音で引いてるみたい。五人で一人、みたいな……」


言葉の意味は分からなくても、その声の祈りは届いた。

「…Joo. Sisko, olet kaunis.(……うん。お姉ちゃん、きれい)」

アンナが、杏子の祖父の膝の上で、祈るように小さな手を合わせていた。

「Sisko loistaa...(お姉ちゃんが、輝いてる)」


アンナの目には、ソフィアがまとう美しい金髪が、南方武道館の照明を反射して聖母のような後光を放っているように見えていた。

「Sisko, olet Kyōkon kanssa. Olet tosi kaunis. Ihanaa… minäkin haluan olla samanlainen.(お姉ちゃん、キョウコと一緒だよ。ほんとに綺麗だよ。いいな。わたしもあんなふうになりたい)」


そのソフィアの隣で、あかねが、紬が、そして杏子が、一つの巨大で美しい生き物のように連動し、一射ごとに会場の温度を一段ずつ、着実に、静かに変えていく。


それぞれが微妙に骨格も射形も違うのに、まるで同じ完璧なフィルムを見ているように、深くシンクロしている。全員が杏子に憧れて杏子のコピーになろうとしていたこともある。だが、今はそんな外観的なことだけではない。大前の栞代に至っては、打起し(弓の構え方)の型からして違うというのに。


観客席には、もう一人、射場に立つ姉を見守る妹が居た。光田のつばめだ。

実の姉である小鳥遊つぐみが率いる千曳ヶ丘高校と、自らの所属する光田高校。「決勝戦まで対戦しないように」という祈りは見事に叶ったのだが、いざその時が来てみると、心が引き裂かれるような辛さも感じていた。どちらも応援したいし、どちらも応援できない。


だから、せめて。どちらにも、一番美しい姿でいてほしかった。

そして、その願いもまた、今、目の前で完璧に叶っていた。

(ほんとに美しい。綺麗だよ、お姉ちゃん。みんな……)

つぐみはいつまでも見飽きないその景色に、そんな満ち足りた気持ちになっていた。


静寂の中で、時間だけが、静かに流れていた。


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