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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
561/581

第561話 『鳳泉館の壁と、シン・悪魔の微笑み』

ブロック大会、男子準決勝。

快進撃を続けてきた光田高校の前に立ちはだかったのは、絶対的王者・鳳泉館(ほうせんかん)高校だった。


彼らの射場には、わずかな隙という概念すら存在しない。

一糸乱れぬ流れるような体配、そして乾いた的中音の連鎖。それはまるで、試合ごとに精密に調整された機械が動いているかのような、息を呑むほどの圧倒的な威圧感であった。


対する光田高校の五人。

準々決勝での競射の激闘を制し、ついに「優勝」の二文字が指先にかかったことで、彼らの身体と心には、無意識のうちに微かな「硬さ」が忍び寄っていた。


山下、立川、一ノ瀬、松平、海棠。

決して、不甲斐ない内容ではなかった。それぞれがこれまでの練習で培った手堅い実力を発揮し、プレッシャーに耐えながら、王者の背中に必死に食らいついていく。

しかし、勝負を分ける土壇場で、普段の限界以上の力を引き出す「プラスアルファ」の爆発が、彼らには起きなかった。


大落の海棠が、気迫を込めて最後の一射を見事に射抜いた。だが、同時に鳳泉館の大落も的を捉え、スコアボードが確定する。


差は、わずかに「二本」。

二十本のうちの、本数にしてたった二本の差。しかし、その二本分に横たわる距離は、今の彼らにとって、果てしなく高く遠い壁であった。


観客席で手元のタブレットへのチェックを忘れていないマネージャーの一華は、結果を見つめて小さく頷いた。

(敗れはしたけれど、あの状態で、通常の実力を100%出し切れたことは大いなる進歩だわ。確実に、チームの地力は付いている)

納得の表情であった。だが、同時に冷静な分析も忘れない。


(男子と女子との決定的な差は、いつか高階会長の前で指摘した通り、『杏子部長が居るか居ないか』に尽きるわね)

杏子という規格外の「宇宙人」は、ただ一人で点数を稼ぐだけでなく、一緒に同じ射場で弓を引く仲間たちの心をも引き上げ、一段上の「プラスアルファ」を引き出す起爆剤となっている。それを改めて、男子の試合を見て実感していた。


会場の外。じりじりと容赦なく照りつける真夏の太陽の下で、試合を終えた男子部員たちは重い沈黙に包まれていた。


「よくやった」という慰めの言葉など、五人の誰の口からも出てこない。

ただ、悔しさが、熱い空気を吸い込むたびに肺の奥を焼く。

全国大会という大舞台でこの鳳泉館を、あるいはさらにその上にいる全国の化け物たちを倒すには、今のレベルでは到底届かない。その残酷な事実を、五人は痛いほど突きつけられていた。


「……足りないな」

沈黙を破ったのは、いつも冷静な部長の山下だった。彼の瞳には、これまでにない暗く熱い情熱が宿っている。

「もう一段、いや、二段上にいかなきゃ、あいつらには勝てない。……明日から、一日三百本、全力でやってやろうじゃないか」


その狂気じみた提案に、いつもなら顔を引き攣らせる立川も、巨体の一ノ瀬も、そして松平も海棠も、迷うことなく力強く頷いた。

「望むところだ。やってやる」

「三百本でも五百本でも、血反吐吐くまで引いてやるよ」


絶望を糧に、彼らの闘志が再び火を噴こうとした。

その時だった。


「……みんな」

背後からそっとかかった声に、五人全員がハッとして振り向いた。そこに立っていたのは、顧問の滝本先生だった。


いつもなら、扇子で口元を隠して「悪魔の微笑み」を浮かべ、彼らを戦慄させる彼女の目が、今はなぜか微かに潤んでいる。


「滝本先生……?」

驚愕が男子一同を襲う。あの、平気で地獄のメニューを課す鬼の滝本先生が、自分たちの健闘に泣いている?


「みんな、本当によくやったわ。……悔しい結果だったけれど、最後まで王者相手に食らいついた今のあなたたちの姿、私、誇りに思うわよ」

女性らしい、柔らかく湿り気を帯びた優しい声。

その労いの言葉に、男子たちの張り詰めていた悔しさの糸が、ふっと緩み、目頭が熱くなった。


「……先生。俺たち、さっき決めました。明日から三百本引きます。だから……!」

山下が涙を堪えながら熱く語りかけようとしたが、滝本先生は優しく、ゆっくりと首を振った。


「ダメよ。毎日三百本も引くには、まずそれに見合う強靭な体力を付けてからにしましょう。今の体力で闇雲に引いても、身体と射型を壊すだけ。それよりも、今は一本の『質』を極限まで高めることが先決よ」


その温かい、生徒を第一に想う慈愛に満ちた言葉に、立川は思わず深い安堵の溜息を漏らした。

「……よかった。体力づくりが先なら、明日からいきなり三百本引かなくていいんですね」

確認するように尋ねると、滝本先生は潤んだ瞳のまま、菩薩のように優しく微笑み返した。


「ええ。三百本はいらないわ。……その代わり」

先生の目が、スッと細まった。


「明日からは、『百本連続的中』をノルマにするわね」

一瞬、真夏の太陽の下で、五人の時間が完全に止まった。


「……はい?」

山下が間の抜けた声を出す。


「的を外さずに、連続で百本中てること。的中が途切れてたら、また一からやり直しよ。もちろん、何度でもやり直してもいいわ。……あら、少し甘すぎるかしら? でも、質を高めるには、それくらいの極限の集中力が必要だもの。……ね? うふふ」


先ほどまでの美しい涙は、いったいどこへ行ったのか。そこには、慈愛の仮面を被った、真の「悪魔」が最上級の笑みを浮かべて微笑んでいた。


「「「「「………………」」」」」

男子、全滅。

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