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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
560/581

第560話 『敗者の誇りと、観客席の元エースたち』

「杏子さん、いったい毎日何を食べてたら、あんなに引けるんですかねえ」

応援席の最上段。川嶋女子高校の元エースであり、去年まで絶対的な力でチームを牽引していた日比野希は、隣に座る奈流芳(なるか)瑠月(るか)に、呆れたような、けれど懐かしい愛おしげな溜息を吐いてみせた。


「……今の試合は、本当にギリギリの勝負でしたね。あかねさんとソフィアさんが、よく重圧の中で踏ん張りました」

瑠月が、かつて共に戦った後輩たちの成長を誇らしげに目を細めて語る。

「本当、光田は強いですよね。……でも、その強いチームにどうしても勝ちたい、そのためにすべてをかける力が、今のうちにはありますよ。結果は残念でしたが」


日比野の視線は、敗れてなお気高く射場を後にする、川嶋女子の後輩たちに向いていた。

「日比野さん、今は川嶋女子にコーチをしに行っているんですって?」

「ええ。春の県大会で光田に完敗したって聞いて、いてもたってもいられなくて。口出ししに行ってます」

「主将の前田さんも、喜んだでしょうね。日比野さんを見る彼女の瞳は、昔からずっと特別でしたからね」

瑠月のその言葉に、日比野は悪戯っぽく微笑んで、静かに瑠月を見返した。

「……杏子さんが、瑠月さんを見る時の瞳は、前田の比じゃないくらい、もっと特別でしたよ」


二人は顔を見合わせ、試合会場の張り詰めた静寂を乱さないよう、口元を隠して声を殺して笑い合った。


「……じゃ、瑠月さん。私はちょっと、負けた後輩たちを激励に行ってきます。泣きっ面に蜂かもしれませんけど」

日比野はスッと席を立ち、戦いを終えたばかりの敗者たちのもとへと歩き出した。


会場の外の広場では、激戦を終えたばかりの川嶋女子と光田高校のメンバーが、互いの健闘を讃え合っていた。


「……なんか、お前ら一皮剥けてたな。県大会とは全然違ったわ」

光田の栞代(かよ)が、川嶋の主将・前田に声をかける。前田は悔しそうに小さく頷いただけで、溢れそうになる涙を必死に堪えていた。

白石、篠塚、西園、市原の四人が、申し訳なさそうに主将である彼女を取り囲む。

「すいません……! あと一本、私が()てていれば」

西園が涙声で謝罪したその時、背後から凛とした、よく通る声が響いた。


「弓道の団体戦に、誰か一人の責任なんてものは存在しないわ」

全員がハッとして、その声の主を振り返った。

日比野希。そして、その後ろには奈流芳瑠月の姿がある。


「希さん……! すいませんっ!」

前田が堪えきれずに頭を下げる。

「何を謝っているの。……今日、光田に対して手を抜いたの?」

「いえ、そんなことは絶対に……!」

「じゃあ、胸を張って顔を上げて。今日は、光田高校が一本分、上だった。ただそれだけのことよ。でも、あなたたちの夏はまだ終わりじゃないでしょう?」


今年は、夏の総体インターハイが地元で開催される。地元開催枠として、川嶋女子にも全国への出場の道はまだ残されているのだ。日比野の力強い言葉に、前田たちの濡れた瞳に、再び闘志の輝きが戻った。


一方、杏子は目を丸くして瑠月のもとへ駆け寄っていた。

「瑠月さん! 来てたんですね。教えてくれればよかったのに!」

「ごめんね、杏子ちゃん。今、大学で援助を担当している子の予定がはっきりしなくて、今日いつ会場に来られるか分からなかったから、連絡しなかったんだ」

瑠月は優しく微笑み、杏子の頭を、昔と同じように撫でた。

「ギリギリ予選にも間に合って、まゆさんの集大成の射もちゃんと見たわよ。トーナメントにも出てたのはちょっと驚いたけど、その結果にはもっと驚かされたわ。お昼は大学からの連絡が溜まっていて、そっちには合流できなかったけれど。……二人とも、すごく綺麗だった」


前田が、涙を拭って杏子に向き直る。

「……杏子。次は全国の舞台で。今日の借りは、必ずあそこで返すから」

「はいっ! 楽しみに待ってます!」

杏子は、悪気など微塵もない、一点の曇りもない無邪気な笑顔で元気よく応えた。

穿った見方をすれば「受けて立つ」という余裕の挑発とも取れるが、彼女の性格をよく知っている川嶋の面々は、その「ズレた純粋さ」に思わず毒気を抜かれて小さく吹き出し、それぞれが清々しい顔で握手を交わして去って行った。


光田高校は、次の試合に向けて男女が集まった。


「あかねさん、すごかったですね。気迫が伝わってきました」

松平があかねに声をかけると、あかねは不敵にニヤリと笑った。

「『将を射んとせばまず馬を射よ』……って作戦かいな? 私を褒めて、まゆのご機嫌を取ろうってか。松平、その作戦、見え見えやで」

その的確すぎる指摘に、図星を突かれた松平が顔を真っ赤にし、横で聞いていたまゆが「くくくっ」と肩を揺らして笑う。


一方、海棠がソフィアに「さっきはナイスでした! 次の準決勝も頑張りましょう!」と熱く声をかけていると、そこへマネージャーの一華が、音もなく背後からスッと割り込んだ。


「海棠さん。ソフィアさん理想が高いんですよ。さっきの競射の最後、勝ったと確信して気を抜いて外したでしょう? すっごく格好悪かったですよ。ソフィアさんの家族も見ていたのに」

アドバイスか、ただの嫌味の苦言か判別のつかない、一華の無機質な旋律。海棠はグサリと刺されて絶句したが、「……つ、次を見ててくれ!」と、辛うじて前を向いて去っていった。


一華は、他校の女子に囲まれて涼しい顔をしている立川を一瞥して無視した後、部長の山下に向かって「流石の安定でしたね」と労いの声をかけ、さらには一ノ瀬には「プレッシャーを見事に跳ね除け、一皮剥けましたね。次の試合も期待していますよ」と、まるで別人のように優しく、温かい激励を飛ばしたのだ。


「……おい一華。なんで男子にはそんなに優しいねん。あっしら女子にも、もうちょっと優しくしてくれや」

真映が理不尽さにツッコむも、一華は眼鏡を押し上げて「私は常に、データに基づき、必要十分な優しさを提供しているはずですが」とにべもない。二乃がくすくすと笑いながら、その一華の「アメとムチ」の様子を見守っていた。


そこへ、拓哉コーチが珍しく少し険しい顔でやってきた。

「準決勝の相手が決まった。……鳳泉館(ほうせんかん)だ」

全員の顔が引き締まる。ブロック大会で常に立ちはだかる絶対的強豪だ。

「さっきの川嶋女子も執念深かったが、鳳泉館もここ最近はずっとうちにやられている。向こうは王者のプライドにかけて、必死で首を獲りにくるぞ。気を抜くなよ」


コーチが煽るように厳しく言うも、杏子はいつも通りの涼しい顔。あかねは松平との距離を測りかねてソワソワしているまゆをからかい、ソフィアと紬は、さきほどのアンナとの会話から派生した日本アニメの話を真剣な顔で再開している。


「……おい、お前ら。俺の話、ちゃんと聞いてるのか?」

コーチが呆れたようにため息をつくと、栞代が笑って返した。

「コーチ、いつも言ってるじゃないですか。『いつも通りに』って。……これ、うちらの完全なる『いつも通り』の姿ですよ?」


栞代の言葉に、コーチは「……まあな」と眉間に皺を寄せたが、そのサングラスの奥の瞳には、揺るぎない信頼の色が混じっていた。


「……じゃあ、男子と一緒ね。アベックで鳳泉館討伐よ」

滝本顧問が、背後からいつの間にか現れ、あの「悪魔の微笑み」を披露しながら扇子を閉じて告げた。

海棠が、さきほど一華に受けた精神的ダメージと汚名を返上せんとばかりに、拳を突き上げた。

「よし! まずは俺たち男子が鳳泉館を倒して、女子に勢いと道を作ってやる! 女子も、俺たちの背中を見習うんやで!」と無駄に熱く叫んだ。


その瞬間。

滝本顧問の顔に浮かんだ微笑みは、一層深く、底知れぬものへと変わった。

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