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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
559/581

第559話 『先行する影を踏み越えて、ベスト4への道』

南方武道館の空気が、さらに一段と重さと熱を増した。


男子。光田高校の相手は、琵弦高校。つい先ほど、女子チームが一回戦で破った相手の男子チームである。

「女子は勝った。同じ相手に、俺たちがここで負けるわけにはいかない」

大前(一番手)の部長・山下を筆頭に、射場に入場する五人の背中には、静かな、そして逃げ場のない「光田のプライド」が宿っていた。


対する琵弦高校も、女子の雪辱を果たさんと、殺気にも似た闘志と気迫で射場に現れた。


試合は、一矢一矢が勝負を左右する、息の詰まるような接戦となった。

光田の一番手・山下が冷静に一本目を()てて道筋を作れば、相手の大前・吉田も一歩も引かずに的を射抜いてくる。


中盤、流れが琵弦に傾きかけた。だが、ここで踏ん張ったのが、松平と海棠だった。

松平は、一回戦で執念の一矢を中てたまゆの残像を追いかけるように、ただ無心に弦を放ち、的を捉える。

そして大落(五番手)の海棠。彼は「愛しのソフィアと、彼女の家族にサムライのいいところを見せたい」という邪念すらも異常な集中力へと変換させ、琵弦にギリギリのところで食らいついていった。


最後の一射。海棠が完璧な「乙矢(おとや)」を的の中央に叩き込み、スコアボードは『15対15』で並んだ。

決着は、五人が一人一本ずつ引く「競射(きょうしゃ)」へと持ち込まれた。


監督席の滝本顧問は微動だにせず、ただ底知れぬ「悪魔の微笑み」を湛えながら、射位に立つ五人を無言で見つめていた。

選手たちが背中に感じる、「悪魔の微笑み」の口角がさらに上がっていた。

その背筋も凍る無言の圧力が、逆に「相手からのプレッシャーなど、あの顧問に比べれば……」という、光田男子特有の『悲壮な開き直り』を生んだ。


競射が始まる。

山下、立川と、完全に開き直ったように的を射抜いて決めていく。そして、プレッシャーに弱い未完の大器・一ノ瀬も、巨体を揺らさずに見事に中てた。

勝負の天秤は、一気に光田へと傾いた。


対する琵弦の三人は、一矢で勝負が決まる競射という極限のプレッシャーに、集中力が底を突いたかのように、矢が逸れていく。


勝負あり。

勝利を確信して完全に気が抜けたのか、松平と海棠の二人はあっさりと的を外してズッコケたが、光田高校男子は県大会以上の修羅場を、泥臭く勝ち上がったのである。


「……ま、首の皮一枚、繋がったわね」

滝本顧問の微笑みがさらに深くなる。その冷たい微笑みに、退場時に気がついた男子一同は、勝利の喜びよりも「次、もし外したらどうなるか」という恐怖に震え上がった。


的を外した松平と海棠の姿を、観客席の一華は眼鏡の奥で冷ややかに見つめていた。二乃に向けた声は、呆れと賞賛が半分ずつ混じっていた。

「土壇場の競射で踏みとどまったのは、本当にすごい。だけどあの二人、あそこはきっちり決めないと」

「うちの最後二人は、状況把握って言葉を知らない人たちですからねえ」

二乃が紬と杏子を思い浮かべ、言葉とは裏腹に誇らしげに応えた。


南方武道館の空気は、限界まで引き絞られた弦のように、ピリピリと鳴り響いていた。


いよいよ女子の準々決勝。光田高校 対 川嶋女子高校。

この試合には、これまでの試合とは明らかに異質な空気の違いがあった。


今年の川嶋女子のスタイルは、先行して自分のペースでどんどん矢を放っていく「速攻」型だ。これは一人一人の呼吸やタイミングによる偶然の産物ではあるのだが、相手より早く的中数がスコアボードに並んでいけば、後から引く相手には「外せない」というかなりのプレッシャーとなる。


対する光田高校は、拓哉コーチが徹底的に「相手は関係ない。自分の射形だけに集中しろ」と教えている。それは弓道の基本ではあるのだが、動く見本の杏子を目の当たりにしている光田高校には、完璧に落とし込まれている。

さらには、私生活でも、もともと周囲の状況にまるで興味がない(つむぎ)や、自分が今何本中てているのかすら分かっていないのではないかという、姿勢だけオバケ・杏子がいる。

スタイルの全く異なる両校の対決は、まさに竜虎相打つ様相を呈していた。


「始め」の合図。

試合開始直後、だが、プレッシャーに押しつぶされて崩れたのは、速攻を仕掛けた川嶋女子の方だった。

二番手の市原が踏ん張ったものの、いつもは安定している大前の篠塚が外し、流れを変えるには重すぎた二年生の西園も外す。そのまま総崩れになるのかとも思えたが、主将の前田が気迫で踏ん張る。

そこからは、「打倒・光田」を掲げる彼女たちの「このままでは絶対に終われない」という強い思いがゾーンに届いたように、凄まじい巻き返しの連続的中が続く。


対して光田高校は、最初の一周目に、安定しているはずの紬が珍しく外してしまった。


バン、バン、と川嶋のスコアボードのランプが先に、素早く埋まっていく。


「川嶋女子、早いな……」

観客席で見守るあかねの両親が息を呑む。

あかねは二周目、極度の緊張からかリズムに僅かなズレが生じ、矢が的を蹴って外れた。対して川嶋は、立て直した的中をそのまま怒涛の勢いで続けている。


川嶋女子は、エースの前田が四射皆中でまとめた。一周目に乱れたものの、それからは二番手の市原が皆中を逃した一本のみを外し、結果『16中』という高スコアを叩き出した。


彼女たちはすでに自分たちの二十射の仕事を全て終え、弓を立てて、静かに光田の「残りの射」を凝視している。

「私たちは16本中てて終わったぞ。あとはお前たちの番だ」

そんな無言のプレッシャーが、会場全体を重く支配する。


この息の詰まるような瞬間、光田高校は三周目。二番手のソフィアが、美しい射形で的の真ん中を見事に決めていた。

観客席で、アンナの顔が誇らしげに輝いている。


一華の眼鏡の奥の目が、鋭く光った。タブレットを弾く指先が、わずかに震えている。頭は冷静に計算しているのに、心臓だけが言うことを聞かない。二乃に小声で囁いた。

「残りの私たちの持ち矢は7本。そのうち6本決めれば、光田の勝ち。5本、つまり2本外せば引き分けで競射。3本外した時点で、負けよ」


「……パァン!」

ソフィアの的中を告げた後、紬がそれに続く。

そして、大落の杏子が三本目を淡々と射抜いた。

相手の速攻に影響されることなく、一射ずつの重みを全員で共有することが、光田の絆の証明でもあった。


いよいよ、勝負を決める光田高校の最終・四周目を迎える。

光田が勝つためには、残りの五人で『四人』の的中が必要だ。プレッシャーが極限に達しているのは、応援団である。


一華が、祈るように二乃に囁く。

「あかねさんとソフィアさん……二人が外したら競射だけど、あの二人が揃って外すことは、まずないはず」

一華の中には、栞代、紬、杏子の三人は『絶対に中ることが決まっている』かのような信頼の言葉だったが、それでも、一華の顔には隠しきれない緊張の色が漂っている。


大前の栞代が、静寂を切り裂いて見事に中てる。

そして続いて、あかねが、気迫で真っ直ぐに的中させた時、一華は「よし」と小さく頷いた。


一方、杏子の祖父は、相変わらず席で立ったり座ったりの謎のルーティンを、真映に怒られながら繰り返している。

真映は「もしかして親分が緊張せんのは、親分の緊張がご隠居に飛んできてるからちゃうか」なんてことを本気で思っていた。


だが、射場の空気は容赦なかった。

続くソフィアが、わずかに的を外して皆中を逃す。


周囲にまるで興味がないはずの紬だが、やはりソフィアが外した直後で力んだようで、離れに若干の乱れが現れた。

それでも、紬の執念の矢は、なんとか的の端を捉えて「パンッ」と音を立てた。


これで16対16の同中。

そして、最後の一矢。大落・杏子。


「いつでもどこを抜き出しても変わらない。宇宙人っていうか、金太郎飴やな。ドラマのカケラもない」

一華も、言葉とは裏腹に、笑顔を見せていた。


17対16。

先行する相手の重い影を、最後の一射で見事に踏み越えた。

相手のペースに飲まれず、自分たちのリズムと仲間を信じ抜いた。その勇気と絆が、光田高校をベスト4へと導いたのである。

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