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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
558/579

第558話  『葡萄の弓道教室、と続くフルーツトリオの密命』

試合に向かう杏子たちに手を振り、素直に笑顔で見送ったアンナ。

一華からの密命を受けた一年生の「フルーツトリオ(葡萄、苺、滴)」とも、身振り手振りとスマホの翻訳アプリを駆使して、随分と打ち解けてきたようだ。


葡萄は、次の光田高校の対戦相手が、あの素晴らしいライバルで、執念の塊である「川嶋女子」になったと知った時、アンナにきちんと弓道の戦いについて説明しておく必要があると思った。


最初は、不安がるアンナを宥めるために「これから親分たちが、悪い悪魔退治に行くんだよ!」と、言葉の壁を越えるために分かりやすくゲーム感覚で戦いを説明していた。だが、今はその葡萄の表情から、茶化すようなお調子者の色は消えていた。


彼女はアンナの吸い込まれるような青い目を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと、スマートフォンの翻訳アプリに語りかけながら、丁寧に言葉を紡ぎ出す。


「アンナちゃん、ごめんね。……さっき、対戦相手の高校の人のことを『悪いやつをやっつける』って言ったんだけど、あれは間違い。訂正させて」


アンナは不思議そうに、ちょこんと小首をかしげる。葡萄は深く息を吐き、静かに続けた。


「弓道はね、相手を憎んで戦うものじゃないんだ。悪い人を倒すゲームでもないの。

目の前の対戦相手も、私たちと全く同じように、毎日指の皮をすり減らして、必死で的と向き合って練習してきた弓道の仲間なんだよ。だから、私たちは戦う相手を心から尊敬している。……いいかい、ダメな相手、尊敬できない相手に勝っても、そこには何の意味もないの」


葡萄の真剣な言葉が、スマホの翻訳アプリを通してアンナの耳に届く。

「全力を尽くした相手に、自分たちも全力で戦う。それで、もしも負けたとしても……自分の全力を出し切ることは、相手に与えられる『勝敗という結果を超えた最大の礼儀』なんだよ。最高のプレゼントって言えば分かりやすいかな」


アンナは、その深い意味が分かっているのか分かっていないのか、黙ってじっと葡萄の顔を見つめて聞いている。


「アンナちゃんの大好きな、お姫様……」

「Kyōko!!」

「うん、そう。そのキョウコ部長が、毎日どれほど一生懸命に弓の練習してるか、想像できる?」

「……うんっ」

「アンナちゃんのお姉ちゃんのソフィア先輩なんか、わざわざ遠いフィンランドから日本まで来て、すっごく努力して、これからあの試合に出るんだよ」

「うんっ」

「そして、それは戦う相手も同じなんだ。相手も、別にキョウコお姫様やソフィアお姉さんを憎んでいたり、個人的に嫌っていたりする訳じゃない。同じように、自分のできるかぎりの努力をして、その結果をあの場で比べるだけなんだね」

「うん……」


「それが弓道の、そして日本の武道の素晴らしさなんだよ。相手に対する尊敬を決して忘れない。アンナちゃんにはまだ少し難しいと思うんだけど……」


アンナはまだ、その言葉の深い意味の半分も理解できていなかったかもしれない。だが、日本の「武道」という精神が、単なる勝ち負けや憎しみを超えた崇高な場所にあることだけは、今日ずっと楽しく遊んでくれている、明るくお調子者の葡萄の、その真剣な横顔と声のトーンからしっかりと察していた。


葡萄はさらに、アンナにとって少し残酷な、けれど尊い事実を付け加えた。


「ソフィアお姉ちゃんはね。このブロック大会でどれほど大活躍して()てても、次の夏の全国大会インターハイには選手として出られないの」


アンナの目が、驚きに丸くなる。

「部内の厳しい選抜試合で、負けちゃったからなんだけど……それでも、お姉ちゃんはずっと手を抜かずに全力を尽くしている。それはね、光田の仲間を心から信じているから。同じ仲間として一緒に戦って、そしてまた支え合って。インターハイに出ても出なくても、みんな一緒の仲間なんだよ」


同じチームの仲間の中でも、そして対戦相手との間でも、言葉にならないほど激しい「魂の削り合い」がある。そしてその果てに、固く結ばれる強靭な「絆」がある。

アンナは、その重厚な歴史と想いの片鱗に触れ、ソフィアや杏子たちの背中を改めて見つめ直した。


そして、さきほどの葡萄の言葉を、思い出して、葡萄に尋ねた。

「Muuten, Budou……Mikä on Anzu?(ところでブドウ、アンズって何?)」


「え? アンズ先輩のこと? さっき苺がノートに漢字で書いた『杏子』って名前、果物のアンズとも読むっしょ?」

「ちょっと葡萄! アンタはもー、そんな変なところで個性出さないでいいんだよっ! そんな呼び方で親分のこと呼んでるの、世界中でアンタだけだよっ! アンナちゃんに変なこと教えないで!」


横からすかさず苺のツッコミが入り、真面目で感動的な空気は一瞬にして霧散した。


苺は、もう一度自分のノートを開いて『杏子』という漢字を大きく書いて、アンナに見せた。

日本語には『漢字』という不思議な文字があること。そして、その漢字には、いくつもの読み方があること。さらに、その文字自体に意味があるということを、身振り手振りを交えて教えた。


「アンナちゃん。この『杏子(きょうこ)』って漢字はね、Anzuアンズって読む果物の意味もあるの」

「Hauskaa!(おもしろーいっ!)」


アンナが目を輝かせると、苺は苦笑いしながら葡萄を指差した。

「アンナちゃんにはまだまだ難しいけど、このBudou(葡萄)は、キョウコ部長を自分たちと同じ『フルーツ仲間』に引き入れようとして、勝手にアンズって呼んでるんだよね。迷惑な話でしょ」


「?」


「あ、いいのいいの。気にしないで。アンナちゃんは今まで通り、Princess Kyōkoプリンセス・キョウコでいいんだよ。……でも、よく考えてみると、部長のことをそう呼ぶのも世界中でアンナちゃんだけだね。独自の呼び方を開発するって意味では、アンナちゃんと葡萄は似てるのかな?」


苺が少し笑った。

そんな苺を見て、アンナは大きく息を吸い込み、嬉しそうに声を上げた。


「Budou, minä rakastan sinua!」

「Ichigoa ja Shizukua myös!」

「Mutta kaikkein eniten… Princess Kyōkoa ja minun omaa isosiskoani!」


自分の名前(ブドウ、イチゴ、シズク)を呼ばれたことに気がついた三人組は、胸を踊らせて翻訳アプリの画面を見た。

そこには、こう訳されていた。


『ブドウ、大好き!

イチゴもシズクも大好き!

でも、いっちばん大好きなのは……

プリンセス・キョウコと、わたしの大好きなお姉ちゃん!』


「……くっ、やっぱり部長と血の繋がった姉には勝てませんね」

と、苺がわざとらしく肩を落として呟くと。

「……わたしはアンナちゃんに負けないわ。部長への愛なら」

と、滴が謎のライバル心を静かに燃やし始めた。


「まだまだこれからやで! アタシはアンナちゃんの気持ちを、アンズ部長から奪い取るで~」

葡萄は一人、斜め上の方向へ本気で燃えていた。


会場では、まず、男子の準々決勝が始まろうとしていた。女子は、いよいよ川嶋女子との、宿命の準々決勝が待っている。

観客席の小さな国際交流は、選手たちに温かいパワーを送り続けていた。

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