第549話 『予選三位の通過、コケなかった親分』
射位に並ぶ五人。一人四射、計二十射で予選通過ラインを競う。
いよいよ、戦いの幕が開いた。
【一巡目】
一番手(大前)・栞代。
「パァン!」
極限の緊張感の中、迷いのない乾いた弦音が響く。矢は吸い込まれるように的の真ん中を射抜いた。チームに勇気を与える、見事な第一歩。
続く二番手のあかねも、持ち前の勝負強さを発揮し、鋭い気合と共に的中させる。
三番手、まゆ。
椅子に座った独特の構えに、会場が静まり返る。丁寧に、拓哉コーチと杏子が作り上げた射型をなぞる。放たれた矢は……惜しくも的の数センチ上を抜けた。
しかし、四番手・紬、五番手・杏子が崩れない。二人は呼吸を合わせたかのように、淡々と、精密機械のように的を射抜いていく。
【二巡目】
栞代が二本目を中て、チームのいい流れを維持する。
だが、ここで目に見えない魔物が顔を出した。あかねの二射目、気合が空回りしてわずかに力みが入った矢が、的を逸れる。
まゆも、前のあかねの動揺を肌で感じ取ってしまったのか、二本目も惜しくも的の枠を叩いて外れた。
「っ……」まゆの顔に焦りが滲む。
しかし、後ろの二人が全く動じない。紬が射抜き、そして杏子。
杏子の目は、完全に「宇宙人モード」に入っていた。入場前の小鹿のような震えは微塵もなく、周囲の音を一切遮断し、ただ透明な心で的と対話し、吸い込まれるように矢を放っている。
【三巡目:執念の弦音】
栞代が三本目。完璧な射形だ。
あかね、ここは持ち前の意地と筋力で強引に修正し、中ててきた。
そして、まゆ。
二本連続で外したあとの三本目。普通なら心が激しく揺れ、射形が崩れる場面。だが、彼女の耳には、試合前にアンナがかけてくれた『一番、杏子に似ている』という言葉が響いていた。
(……繋ぐ。私の矢を、みんなに、絶対に!)
大きく息を吸い、静かに会に至る。
そして、離れ。
「カンッ!」
乾いた、心地よい音が武道館に響き渡った。
的中。まゆの高校生活、集大成となる一矢が、ついに真っ直ぐに的を捉えた。
会場から、より一層大きな拍手が響いた。
動じない紬が動じたほどの歓喜だったが、締める杏子は、一切の動揺を見せない。
【四巡目:静寂の結び】
栞代、圧巻の四射皆中。大前としての責任を完璧に果たす。
あかね、最後の一本を惜しくも外し、悔しそうに唇を噛む。
まゆも、四本目は体力が尽きたように外れたが、その表情には一片の悔いもない清々しさがあった。
紬が的中三本目を中てて、きっちりと締め、最後は、杏子。
彼女にとって、的がそこにあるのかどうかも、もう関係ないようだった。ただ、今朝飲んだ祖母のお吸い物のように、どこまでも澄んだ心で、正しい姿勢のまま矢を放つだけ。
「パァン……」
美しい残心。杏子もまた、堂々の四射皆中で予選を終えた。
【予選結果】
① 栞代 〇 〇 〇 〇 (4中)
② あかね 〇 × 〇 × (2中)
③ まゆ × × 〇 × (1中)
④ 紬 〇 〇 × 〇 (3中)
⑤ 杏子 〇 〇 〇 〇 (4中)
合計 14中
合計十四中。
全体的な的中率としては決して最高とは言えないが、無事に予選通過ラインはクリアした。
奇しくも、小鳥遊つぐみ率いる千曳ヶ丘高校と同中となったが、大会規約の「立ち順(ゼッケン番号の若い順)」により、光田高校が予選三位、千曳ヶ丘が四位というシード扱いで決勝トーナメントへと進出することになった。
「……まゆ。中てたね!」
射場を出て控室に戻った瞬間、あかねがまゆの手を両手で強く握りしめた。自分の不甲斐なさに悔し涙を浮かべながらも、まゆの集大成の一射を、誰よりも自分のことのように喜んでいる。
「うん。……あかね。一本だけだけど……繋いだよ」
まゆも、涙ぐみながらあかねの手を握り返した。
「……よし、予選は通過した。次だ」
栞代が短く気を引き締めるように言い、杏子がいつものようにふにゃりと笑って緊張を解いた。
「みんな、お疲れ様。……緊張しすぎて、お腹、空いちゃったね」
栞代が呆れたように笑う。
「オレは、入退場で杏子が自分の袴の裾を踏んでコケなかった瞬間に、今日の予選突破を確信したよ」
杏子が「も〜、栞代~」と頰を膨らませる。
「なぁ、紬もそう思うやろ?」
栞代が話を振ると、紬は弓を拭きながら、いつものセリフを放った。
「……それは、わたしの、課題では、ありません」
予選通過。
拓哉コーチが頷いている。
「まあ、想定内だな。ゆっくりとお昼にしよう。ちょっと男子にハッパかけてやってくれ」
その雰囲気は試合前とはまるで違い、柔らかかった。
さあ、決勝トーナメントだ。
そこには、予選を上位で通過し、さらに鋭利な集中力を持ったライバルたちが、虎視眈々と光田の首を狙って待ち受けている。
すべての出場高にとっての憧れであり、倒すべき敵。それが今の光田高校だ。




