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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
544/581

第544話 会場へ向うバス その2 狂犬伝説と、アドラー心理学と、十秒の奇跡

「えっ」


「しかも、今回みたいに相手は一人やないで。集団に対してや。杏子が自己紹介で夢を語って笑われ時、ブチギレて道場を恐怖のドン底に沈めた、伝説の『狂犬』がおったなあ……」


「あ、あれは向こうの態度が悪いんや!」

若頭こと栞代が、過去の黒歴史を掘り返されて真っ赤になって反論する。


「コーチが止めんかったら、神聖な道場が先輩らの真っ赤な鮮血で染まるところやったで」

あかねがさらに話を盛ると、栞代は「お、おいあかね! 真映は単純やから、その作り話、全部本気で信じるやろ!」と制しようとする。


しかし、時すでに遅し。真映の目はキラキラと輝き、完全に話に乗ってきていた。

「おおっ! その『若頭・狂犬伝説』、部内ではすでに神話として語り継がれてますよね! やっばり真実やったんですねっ。その一触即発の流血の空気を心配した親分が、スッと前に出て弓を引き、そのあまりの完璧な神の姿に、三年生は恐れをなしてひれ伏したという……!」


「いや、なんかその話、いろいろとちょっと時制がおかしいぞ。流血なんかしてへんし、杏子が引いたのは翌日や!」

と栞代は訂正しようとするが、あかねは「さすが真映や。情報収集能力が半端ないな。CIA並みや」と深く頷いて肯定している。

「ちょっとしたこまけーことは、本筋に関係ないからなっ」


そのあかねのダメ押しを受けて、真映は軽く衣服の佇まいを整え、栞代に向かって深く頭を下げた。

「さすが若頭! しびれます! あっし、一生付いていきます!」

「だから違うって言ってんやろ!」


栞代は助けを求めようと杏子を見るが、杏子は両脇を楓と滴にガッチリと挟まれ、二人の「どっちのお土産のストラップを付けるか」というどうでもいい口論の相手で手一杯なようだ。


仕方なく、栞代は斜め前の席に座る無口なオタクに話を振った。

「なぁ紬、そんな流血沙汰とかなかったよな? オレ、あの時は至って冷静で、理路整然と注意しただけやったやろ?」

それもまた相当偏った見方であったが。


助けを求めるように振られた(つむぎ)は、窓の外の流れる景色を眺めたまま、全く視線も動かさずに一言だけ放った。


「……それは、わたしの、課題では、ありません」


「出たぁーーっ!」

バス内は、待ってましたとばかりに大爆笑に包まれる。真映が身を乗り出して、今度は紬を追求し始めた。


「紬先輩、それ『アドラー心理学』の課題の分離ですよね!? 私、一年半も一緒に居ますけど、先輩からそれ以外の言葉、ほとんど聞いたことない気がするんですけど! 録音再生機ですか!?」

真映が迫るも、紬は一顧だにせず、完全に無視を貫く。


隣の席で見かねたソフィアが、クスリと笑ってフォローを入れた。

「Tsumugiは、私と二人でアニメの話をする時は、普通に流暢に話しますよ」

涼しい顔で説明するソフィア。


「ええっ! 紬先輩のパスワードを解除するコツは、やっぱりアニメですか!?」

真映が目を丸くする。紬は相変わらず一瞥もくれない。

「じゃあ、次は『銀牙 -流れ星 銀-』の話から入りゃいいんですかね!? 赤カブトの倒し方とか! わたしも見てましたよ。再放送」


すると、ずっと窓の外を見ていた紬の口が、微かに動いた。

「……絶天狼(ぜつてんろう)抜刀牙(ばっとうが)の軌道と、あの作品における熊の生態考証の矛盾についてなら、話してもいい」


「あーっ! 紬先輩が普通の日本語話したーっ!!」

真映が歓喜の声を上げ、バス内はもう大スターが降臨したかのような大盛り上がりである。


「でも、それだけなら、会話はたった10秒で終わるな」

栞代が呆れたようにツッコミを入れると、再び笑いの渦が巻き起こった。


盛り上がる車内。ふと、真映の矛先が最前列で腕を組んで目を閉じている拓哉コーチへと向いた。

一華が「真映、そこまでにしておき。自分の首締めるよ」と囁くが、無敵の二年生は止まらない。


「ところでコーチ! さっきの見送り、わたしの感動の口上、ぶっちゃけ何点でした? 泣きそうになったでしょ? え、もしかしてサングラスの下、潤んでたりします?」

車内が、一瞬で凍りついた。男子部員は息を止めている。

男子から見ると、滝本顧問が「悪魔の笑顔」の持ち主なら、拓哉コーチはその笑顔すら見せない、表情を無くした鬼、だった。


とはいえ、実は女子に取っては、その技術指導の確かさで絶大な信頼を得ていたが、同時に時々言う無理難題については、部長の杏子が飄々と軽くいなすという、不思議な存在でもあった。


拓哉コーチはゆっくりと目を開け、サングラスをずらして真映をジロリと見た。


「……まゆとソフィアの前で噛まなかったことは評価に値する」

「え、それだけ!? もっとこう、パパ的な慈愛に満ちた言葉とかないんですか! そもそもコーチ、最近ちょっとカッコつけすぎじゃないですか? そのサングラス、貫祿をつけるための小道具でしょ!」

「……真映。会場に着いたら、まずお前から特別練習もみの手伝いをさせる」

「げぇっ! コーチの『特別』は死ぬやつやん! 堪忍してー!」


大型バスは、市街地を抜け、緑豊かな山間にある会場へと少しずつ近づいていく。

この騒がしさが。

この、かけがえのない絆が。

いよいよ高校生活の最初の集大成となる「戦場」の門を、今、力強く叩こうとしていた。

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