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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
536/581

第536話 『皮を剥いた責任』

ブロック大会の初日が終わった、静かな夜。

地元開催という異例の環境は、選手たちに「住み慣れた自宅のベッドで眠れる」という安らぎを与える一方で、遠征先での宿泊行事につきものの「他校のライバルたちとの交流」を奪っていた。


しかし、現代の高校生には文明の利器がある。

杏子の部屋。柔らかな間接照明の下で、杏子と栞代は、ベッドの上に置かれたスマートフォンを囲んでいた。

スピーカーモードにした端末から漏れるのは、今日、個人戦で三つ巴の激闘を繰り広げた親友、小鳥遊(たかなし)(たかなし)つぐみの声だ。


『杏子、おまえ……噂には聞いてたけど、ほんまに「皮がむけた」って表現がぴったりやな。今日の姿、ちょっと隙がなさすぎて、逆に気持ち悪なったわ』


つぐみの率直な、最大限の賛辞を含んだ感嘆。

それに、杏子は隣に座る栞代と顔を見合わせて、少し照れくさそうに、同時に嬉しそうに何度も頷いた。その姿は、今日射場で放っていたあの近寄りがたい威圧感とは無縁の、素直で無邪気な少女そのものだ。


「その分厚い皮を無理やり剥いたん、他でもないお前やで、つぐみ」

栞代が茶化すように言うと、電話の向こうでつぐみは「んぐっ……」と痛いところを突かれたような声を漏らした。

『……そうらしいな。結果的に大失敗やったわ。自分で自分の首絞めたようなもんや』


「あほ。お前、光田に一緒に居った時から、杏子の本気を引き出そうと必死に煽ってたやんけ」

『そりゃそうやったけどな。あの時の杏子は、周りに変に気を遣って本気が出せんかった。そんな手加減された杏子に勝っても、何も嬉しくないどころか、腹立ってたからなあ……』

電話の向こうで、つぐみが自嘲気味に笑う。


「『傲慢でしかない』とか、『辞めろ』とか、むちゃくちゃキツいこと言ってたで」

栞代が、あの時のヒリつくような道場の空気をさらりと蒸し返すと、つぐみは『えっ、私そんな中二病みたいなこと言ったっけ?』と素で驚いたかと思えば、すぐにトーンを落とした。

『さすがに辞めろとまでは言ってないと思うけど、……まあ、あの時は私も余裕なくて言いすぎてたわ。杏子、すまん』


つぐみの真っ直ぐな謝罪に、杏子は慌ててスマホに顔を近づけた。

「全然そんなことないよ! 今振り返ると、自分でも本当に『傲慢だった』って思うもん。あの時のつぐみの言葉があったから、迷いが消えて、今の私があるんだよ。感謝してる」


『……まあ、そう言ってくれたら少しは救われるけど。だいたい一番腹立つのは杏子を覚醒させた試合で、結局私が負けたことなんやけどな! せめてあの試合は勝ちたかったわ!』

つぐみが当時の悔しさを爆発させると、栞代が笑ってフォローを入れた。


「いや、あの時は、つばめも、最大の目標である姉貴越えを狙って、やっぱり必死やったからな。ほんま、起きてる時は杏子をぴったりマークして、一華の映像見てたしな。授業の合間の休憩時間も杏子のとこに来てたで。つぐみとつばめ、二人の執念が揃わないと、杏子の覚醒には届かなかったと思うわ」


杏子は、去年の冬の出来事を思い出していた。

つぐみとつばめの、火花散る姉妹対決の凄まじさ。

二人のそこに駆ける思いを身近に見ていたからこそ感じた思い。

張りつめた極限の緊張感。すべてが揃っていたあの試合の美しさ。

弓道の神髄を目の当たりにしたあの感動が、今の杏子の「土台」になっている。


『ほんま、どんな状況でも動揺しなくなったわな、杏子は。相手のことを思いやる優しさはそのままに、客に自分自身が強くこだわってるとき、つまり熱くなってる時も、冷徹に的と向き合えるようになった』

栞代が今の杏子の状態を説明した。


つぐみは

「杏子が熱くなるって、なんか珍しいやん。なにがあったん?」


「そこは前と同じようなもんでさ。一緒に努力してるチームメイトのことになると、やっぱり熱くなる。特にまゆのことになると、あいつほんまに我を忘れるほど煮えたぎるで。でも、それを的前では昇華させる術を覚えたんや」

その名が出た瞬間、杏子の表情がキュッと引き締まった。慈しむような、それでいて深い覚悟の決まった表情だ。


『あー、そうか。まゆは杏子に惹かれて弓を始めたし、拓哉コーチと杏子、特に杏子は分からない椅子に座って引く姿勢、めちゃくちゃ研究してたしな。杏子の内弟子と言ってもいいぐらいやもんな。

それに、おじいちゃんが倒れた時に、ずっと横で寄り添ってたって聞いたわ。そりゃ杏子も気合入るな』

「ああ。あの時はオレもびっくりしたわ。今は完全に元気になって、毎日オレに減らず口ばっかり叩いてるけどな、おじいちゃん」


おじいちゃんの話になると、杏子は嬉しそうにパタパタと手を叩いて喜び、それからまゆのことを思い出して、静かに祈るように手を合わせた。

つぐみはその気配を電話越しに感じ取ったかのように、少し声を和らげた。


『そか。……そやけど、栞代。お前、杏子と一緒の家で暮らせるようになって、ほんまに良かったなあ。なんか、声のトーンが去年よりずっと明るいわ』

「あ……ああ」

急に口籠る栞代。その声色の微妙な変化に、杏子は不思議そうに首を傾げ、栞代の顔を覗き込んだ。


『なんや、杏子の前では話しにくい話題やったか? 』

「いや、違うって。……お前にや」

『なんでわたしに話し難いんや』


「これ、はっきりおじいちゃんから聞いたわけじゃないんやけどな。……おじいちゃん、つぐみが黙って光田から引っ越したこと、相当ショックやったらしいんや」


スピーカーの向こうで、つぐみが息を呑み、沈黙する。

家庭の事情で、あの地獄のような環境の厳敷(いずしき)高校へと転校せざるを得なかった。

『……黙って行ったしな。ほんま、あの時は、みんなに、特に杏子と栞代には、すまんかったと思ってる』

「つぐみのギリギリの気持ちも分かるから、そこはもうええねん。ただ、おじいちゃんは『なんで相談してくれなかったのか』って、つぐみをほんまに助けたかったらしいわ。自分の不甲斐なさを責めてた」

『……そうなんか』


当時、杏子の祖母は、つぐみに対し、杏子宅に来るように何度も声をかけていたし、きたらきたで、泊まれ泊まれとうるさかった。


家に帰りたく無かったつぐみにとっては、助かってはいたのだが。

「まあ、母とは折り合いが悪かったけど、帰らなけりゃ帰らないでまたなんか言われそうやったしな」


「その心配は分かるわ。一緒やったから。でも、おじいちゃんはなかなかの策士やで。オレの時もきっちり周りを固めたし、つぐみの時もすでに動いてたと思うわ」


「……。そうなんかな。そこは母は一切なにも言わなかったけど。今振り返ると、父と一緒に家を出る時のことやけど、それを聞いて思い当たる節があるわ」


杏子にとっては、まるで知らない世界の話だった。


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