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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
535/581

第535話 『インフレする皮算用と、星的の三つ巴』

ブロック大会当日。

会場となる南方武道館の空気は、早朝のひんやりとした静寂の中に、各校が持ち込んだ研ぎ澄まされた「勝ち気」が混ざり合い、独特の重みを帯びていた。

インターハイへの直接の切符はかかっていないものの、強豪校がひしめき合うこのブロックの覇者となることは、夏の全国を占う上で極めて重要な意味を持つ。


「ぱみゅ子」から、光田高校弓道部主将・杏子へとスイッチが切り替わるべき瞬間。

そんなピリついた空気の武道館ロビーの中でも、杏子の周りにだけは、どこか微笑ましくも異様な光景が広がっていた。


「部長、動線確保しました。こちらへ」

マネージャーの一華が、もはや杏子の影かと思うほどの至近距離を離れず、タブレットを抱えて先導する。そして、二年生の楓と一年生の滴が、杏子の両脇をガッチリとガードし、他校の生徒が容易に近づけない「絶対防壁」を築いていた。


「……どう考えても、幼稚園児とその過保護な保護者の集団やな、それは」

不意に、からかいの混じった明るい声が投げられた。

振り返ると、そこには千曳ヶ丘高校のジャージを身に纏った小鳥遊(たかなし)つぐみが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「あ、お姉ちゃん!」

千曳ヶ丘にいる姉の姿を見つけ、つばめが声を弾ませる。

真映(まえ)、楓、一華ら二年生たちは、元光田高校で顔見知りの強敵に対し、礼儀正しくも警戒を解かずに挨拶を交わす。噂に聞いていた「親分の伝説の親友」の登場に、滴や葡萄(ぶどう)ら一年生たちも、慌てて背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。


「つぐみ! 会いたかった! 元気だった?」

一方の杏子は、戦う直前だというのに、鉄壁のガードをすり抜けて無邪気に喜んで、つぐみにギュッと抱きついた。


「相変わらずやな、お前は。……杏子、それに栞代。今日は勝たせてもらうで」

つぐみは杏子の背中をポンポンと叩きながら、真っ直ぐに栞代を見据えた。

「その勢いで明日の団体戦ももらうし、全国制覇や。鳳城の麗霞(れいか)が居らんのは正直寂しいが、鳴弦館のかぐやに、鳳城の詩織、それに光田の杏子と栞代を越えてテッペン獲ったら、誰も文句ないやろ」


いきなりの、真っ向からの宣戦布告。

姉の堂々たる態度に、光田の部員である妹のつばめが腕を組んで唸る。

「うーん。血の繋がった肉親の情か、それとも毎日一緒にいて苦楽の時間を積み重ねている部長への忠誠か……それが問題だ」

つばめがシェイクスピアのように呟くと、一華が眼鏡を押し上げてすかさず火に油を注いだ。

「お互いに最高のパフォーマンスを見せられた場合、客観的データによれば、我が部長に明確な分がありますね。悩む必要はありません」


そこに、「ちょっと待った!」と、つぐみ愛に溢れる千曳ヶ丘の二年生・篠森(しのもり)(あおい)が割って入った。

「一華さん、あなたのそのデータはもう古いわ! つぐみ先輩は去年から、もう一枚も二枚も三枚も四枚も……えーい、とにかく百枚は皮が剥けて、別次元に成長してるのよ!」


売られた喧嘩を買うのが、光田の鉄砲玉・真映だ。真映がドヤ顔でしゃしゃり出る。

「ふふふ、葵さん。甘い、甘いですぜ! うちの親分は、なんと一千万枚は皮が剥けるほど上達してますぜ!」

「じゃ、じゃあ、うちは一千億枚ねっ!」

「な、なんだと……! おい一華! 一番大きい数の単位なんやっ!」

無量大数(むりょうたいすう)です」

「よし! うちの親分は無量大数枚の皮が……って、それもうただの細胞やないか!」


本人たちを完全に置き去りにして、後輩たちが何の根拠もないインフレした数字でバチバチと火花を散らしている。


「……よー教育されてんなあ、光田は」

つぐみが呆れ半分、感心半分で、自分に抱きついたままの杏子を引き剥がそうとする。が、杏子は嬉しそうに「うん」と頷き、まだずっとハグしたままだ。

栞代が、杏子の代わりに「お前もな」と不敵な笑みで返した。


つぐみがふと、真剣な顔つきに戻る。

「ところで、川嶋女子の方はどうなんだ? 今日(個人戦)は姿が見えんが、明日の団体戦はやはり要注意だろ」


「前田霞がやはり強いな」

合同練習の記憶を反芻し、栞代が答える。

「それに、二年生の西園千景が、やっぱり皮を破って急激に成長してるな。何枚破れたかは知らんが」

ついさきほどのインフレ会話にひっかけて栞代が応えると、つぐみはニヤリと笑った。


「まあ、弓道は何が起こるかわからんからな。それにさすがにここは、力のあるもの揃いや。……最後まで、私の横に立ってることを祈ってるよ」

高笑いと共に去っていく、強気なつぐみの背中を見送りながら、あかねが「やっぱりあいつは気持ちいいなあ。裏表がなくて最高だ」とカラカラと笑う。


「……よし。アップ始めるか」

栞代の号令で、出場しないメンバーも含め、光田高校弓道部全員がジャージ姿で気合の入ったアップへと入った。



開会式、そして男子予選を経て、会場の熱気は最高潮に達した。

女子予選、準決勝という厳しい関門を突破し、決勝の射位に立ったのは、五人だった。


光田高校: 杏子、栞代

千曳ヶ丘高校: 小鳥遊つぐみ

桜花女子: 高瀬(たまき)

飛火野高校: 鳳凰寺(ほうおうじ)凛音(りんね)


決勝は、一本でも外せば即座に脱落となる、残酷なサドンデス(射詰競射)だ。

極限のプレッシャーの中、サドンデス四射目で高瀬と鳳凰寺の矢がわずかに的を逸れ、乾いた音を立てて失中した。


ここから、的が通常の霞的(直径36cm)から、さらに小さな星的(直径24cm)へと変更される。

争いは、杏子、栞代、つぐみの三人に絞られた。


客席では、祖父が分かりやすく動揺して自分の膝をバンバンと叩き、祖母は静かに祈るようにそれを見守っていた。男子部員たち、そして応援に駆けつけたテニス部の遥と澪も、息を呑んでその一瞬を見つめている。


杏子の射は、もはや「異次元」だった。

麗霞の不在に対する動揺も、まゆに対する強い思いも、全てをのみ込んでいた。

「必死・興奮」という煮えたぎる熱い感情を、強引なまでに「冷静さ」という鋳型へと押し込んだ経験が、彼女を真の「宇宙人モード」へと昇華させていたのだ。


足踏みから胴造り。そして打起し。

杏子の呼吸の一つ一つが、会場の張り詰めた空気を完全に支配し、静かに相手を制圧していくような、底知れぬ威圧感を放っている。

「パァン……!」

鋭く高い弦音が響くたび、矢は吸い込まれるように、小さな星的の中心を無慈悲に射抜く。


その圧倒的で完璧な圧力に、ついに均衡が崩れた。

五射目。

栞代とつぐみが、まるで示し合わせたかのように、同時にほんの数ミリ、矢を的の枠外へと逸らした。


静寂の後、大きな拍手が湧き起こる。


【女子個人戦 結果】

優勝: 杏子(光田高校)…… 全的中(皆中)

準優勝: 小鳥遊つぐみ(千曳ヶ丘高校)…… 遠近競射により決定

3位: 栞代(光田高校)


最後は、二位と三位を決めるため、的の中心から矢がどれだけ近いかを競う「遠近競射えんきんきょうしゃ」、ほんのわずかな差でつぐみが二位。栞代が三位となった。


「……負けたか」

控室に戻る廊下で、栞代が悔しそうに、けれど清々しく呟いた。

杏子の背中を追うだけでなく、越えようとした結果の三位。恥じることは何もない。


そこへ、弓を片付けたつぐみが歩み寄ってきた。

「さすがやな、杏子。宇宙人っぷりに磨きがかかっとる。……でも、次はこうはいかんで」

つぐみは、早くも明日の団体戦を見据え、闘志の炎を燃やしていた。


一方、客席では、杏子たちの凄まじい戦いぶりを目の当たりにしたテニス部の二人が、再び熱く燃え上がっていた。

「杏子も栞代も、ほんまにすごいわ……。あんな極限状態で、あんなに美しく動けるなんて」

遥が拳を握りしめる。

「うん。私たちも、ここでゆっくり観戦してる場合じゃないね。負けてられないよ!」

澪も深く頷く。

全国大会へむけて、二人はアドレナリンを全開にさせ、「うちらも練習や!」と慌てて会場を後にした。


地元開催のブロック大会初日。

光田高校は、個人優勝という最高のスタートを切った。しかし、本当の戦いはここからだ。


表彰式を終えたメンバーは、休む間もなく大型バスに乗り込み、光田高校の道場へと戻った。

すでに西日が差し込む夕刻ではあったが、明日への調整を丁寧に行う。


明日はいよいよ、まゆが予選の射位に立ち、ソフィアがその後ろ盾としてバトンを引き継ぐ「団体戦」が始まる。

女子の「絶対王者の証明」と、男子の「古豪復活への挑戦」。

それぞれの思いを乗せた夏が、最も熱い頂点へと向かおうとしていた。

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