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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
534/581

第534話 『薄明の通学路と、黄金のストラップ、最後のブロック大会」

ブロック大会当日。

まだ夜が明けきらぬ薄明(はくめい)の中、杏子の家の台所には、トントンと軽快な包丁の音が響いていた。

「ぱみゅ子、忘れ物はないか? (ゆがけ)、胸当て、弦の予備……それに気合じゃ!」

祖父が、玄関で靴を履く杏子の背中に向かって、チェックリストを読み上げるように威勢よく声を張り上げる張り上げる。杏子は苦笑しながら、大きな弓道用のカバンのチャックを閉めた。


「もう、おじいちゃん。幼稚園児の初めての遠足じゃないんだから。全部入ってるってば。……ね、おばあちゃん」


傍らでそのやりとりを聞いていた栞代は、「そやで。幼稚園児は失礼やな。精神年齢はなんとか小学校には入学してる」と心の中で密かに呟き、一人でニヤリと笑った。

その笑顔の意味が伝わったのかどうかは定かではないが、台所から出てきた祖母は、ふふっと穏やかに笑いながら二人に風呂敷包みを差し出した。


「ふふ、そうね。はい、二人とも。いつものお弁当よ。今日は少しだけ豪華にしておいたからね」

手渡されたずっしりと重い風呂敷包みの中には、部員たち全員が熱狂する「おばあちゃん特製の黄金の卵焼き」が、今日もたっぷりと詰まっているはずだ。


今朝は学校の道場前に全員集合してから、大型バスで会場へ向かうことになっている。そのため、いつもの川沿いの早朝散歩は中止だったが、祖父は「せめて校門の近くまでは見送る!」と聞かなかった。

結局、杏子と栞代、そして祖父の三人で、黄金色の朝日が差し始めた通学路を並んで歩き出した。


初日は個人戦だ。

先日の厳しい県予選を一位と二位で通過した杏子と栞代は、勝ち上がれば直接の「同門対決」となる可能性を秘めていた。


「栞代、悪いが今日は覚悟しとけよ。わしが鍛えたぱみゅ子には、さすがのお前も敵わんやろ?」

祖父の挑発的な軽口に、栞代は不敵な笑みを浮かべて返し、真っ直ぐに前を向いた。

「おじいちゃん、悪いけど今日はオレが勝たせてもらうで。いつまでも杏子の後ろに隠れて、甘えてるわけにはいかないからな」


「ふふふ。栞代、今のうちに何でも言っておけ! 負けた時の言い訳も考えとくんじゃな!」

「負けへんて!」


そんな二人の小学生のようなやり取りを、杏子は真ん中で歩きながら、いつものようにニコニコと見守っていた。

決して、自分が負けるはずがないという「余裕」からではない。杏子は、栞代のその強気な態度の裏にある、並々ならぬ「出発の気持ち」が嬉しかったのだ。


栞代はかつて、杏子誘われ本気で弓に向かい、杏子に強烈に憧れ、その姿を完全にコピーしようとしていた時期があった。

その「完璧なコピー」の頂点とも言える完成度で臨んだ全国選抜大会で、光田高校は鳳城高校の前に敗れた。

けれど、今は違う。「杏子を越えてこそ、本当に彼女を支えられる」。そう決意し、杏子にも宣言した。射型を変更し、自分だけの射型を模索し続けてきた栞代の目は、かつてないほど鋭く、澄んでいた。


「ぱみゅ子。試合開始までには、おばあちゃんと一緒に会場の応援席に行ってるからな。しっかりな」

学校の校門が近づき、祖父が名残惜しそうに足を止める。

「うんっ!」

その時の杏子の笑顔は、幼い頃に大好きなおばあちゃんに飛び込んでいた時の、無邪気で純粋な「ぱみゅ子」そのものだった。

「おじいちゃん、慌てないでゆっくり気をつけて来てね。……行ってきます!」

そう言って手を振る杏子。

「やっぱ幼稚園児かもしれん」栞代は杏子の表情を見て、前言を反省していた。


「栞代、絶対にワンツー・フィニッシュ獲ってこいよ!」

最後に背中へ投げられた祖父の激に、栞代は振り返らずに右手を上げ、「もちろんやで!」と力強く応えた。


だが、栞代の脳裏には、同時に別の一人の少女の顔が浮かんでいた。

一年生の時に共に光田の道場で弓を引き、今は別の学校の主将としてチームを牽引している、小鳥遊つぐみ。

千曳ヶ丘高校に辿り着いたつぐみは、今、このブロック大会における最大のライバルだ。

そして杏子にとっては、自分の弱点を「傲慢だ」と、強引なほど真っ直ぐな言葉で指摘し続けてくれた親友との「初めて」の公式戦での対決となる。


真剣勝負の美しさを教えてくれた彼女への恩返し。そのためには、最高の自分を見せること。杏子は心の中で、改めてそう固く誓った。


杏子たちと校門前で別れ、満足げに家路につこうとした祖父は、向こうから歩いてくる三人組に気がついた。

あかねとまゆ、そしてまゆの車椅子を甲斐甲斐しく押している男子部員の松平だ。


「おじいちゃん、おはようございます!」

あかねの元気な声。まゆと松平もそれに続いて頭を下げる。だが、車椅子に乗るまゆの表情が、極度の緊張で強張(こわば)っているのを、祖父は見逃さなかった。

今日は、まゆにとって久しぶりの実戦の舞台なのだ。


「まゆさん。おはようさん。……ガチガチになっとるな」

祖父が優しく声をかける。

「あかねさんが横に付いとるし、なにより栞代と杏子が付いとる。それに紬さんやソフィアさんもおる。光田の三年生は天下無敵じゃ。まゆさんは、そこに居るだけで十分チームの力になるんじゃ。とにかく楽しんで。楽しんでおいで」


祖父の真っ直ぐで温かい言葉に、まゆの顔がパッと花が咲いたように明るくなった。

「はいっ、おじいさん! ありがとうございます!」


「僕もずっと全力で付いてますよ、まゆさん! ご安心を!」

松平がすかさず良いところを見せようと割り込むが、祖父は「お前のことは知らんっ!」と冷たく一蹴した。

「そ、それはないっすよ〜! 俺も光田の大事な戦力なのに!」

松平の情けない嘆きに、あかねとまゆが声をあげて笑い、まゆを縛り付けていた緊張の糸が、心地よく解けていった。


さらに歩みを進めると、今度はソフィアと紬コンビが歩いてきた。

ソフィアのモデルのような美しい立ち姿と金髪は、朝の光の中で一際目を引き、目立っている。思わず「ほう……」と見惚れる祖父だったが、それを素早く察知した紬が、祖父とソフィアの間にスッと入り込み、いつものようにクールに、無表情で声を出した。


「……それは、わたしの、課題では、ありません」

挨拶がわりのシュールすぎる一言に、祖父はポカンとした後、ソフィアと共に声を上げて笑った。


そして、続けてやってきたのは、騒がしい後輩たちだ。

「おー、ご隠居! おはようございやす! 親分と若頭はもう学校着いたっすか!?」

元気よく全速力で駆けてきた真映(まえ)と、その後ろで丁寧に頭を下げる楓。

最後に、一年生の葡萄(ぶどう)の声が「ドップラー効果」のように、ものすごいスピードで横を通り過ぎていく。


「おー、おじいちゃん、おはよーっ! 遅刻したらえらいこっちゃからまたねーっ! 部長の身の回りのことは私らに任せて安心してなーーーっ!」

風のように去っていく葡萄を眺めながら、祖父は呆気にとられた。


「……ふん。本当に、騒がしくて、いいクラブじゃわい」

遠ざかる少女たちの頼もしい背中を見送りながら、祖父は満足げに呟き、自宅に向った。


自分たちの弓道場前。

到着した部員たちがそれぞれの荷物を確認し、大型バスの前に続々と集まってくる。

マネージャーでありデータアナリストの一華が杏子を見つけると、挨拶もそこそこにタブレットを片手に歩み寄り、質問を繰り返して体調を細かくチェックし始めた。


「睡眠時間は? 朝食の摂取量は? ……よし、脈拍の乱れも許容範囲。問題ないようですね」

一華は、杏子だけでなく、二乃も手分けして、栞代、あかね、まゆ、紬、ソフィアと、三年生一人一人の顔色と脈動を測るように鋭い視線を向ける。

その視線は容赦なく鋭いが、一華なりの深い愛情がこもっていた。


「一華、そんな朝からガチガチのチェックいる? オリンピックじゃあるまいし」

と栞代は苦笑いして突っ込むが、一華は全く取り合わない。


「一華、わたしらのチェックはどーなってんの?」真映が一華に声をかけると

「あなたたちは応援ですから、朝起きてここに来ているだけで合格です」と言い放つ。

「なんか、ちょっと寂しい」


あかねが隣で、「もしもあのチェックで問題があった時は、あたしたち、どーなるんだろ。出場停止?」と小声で話しかける。

「知りたいような、絶対に知りたくないような……」栞代が肩をすくめた。


「行くぞ」

拓哉コーチの短く、気合の入った号令が朝の空気に響いた。

「はい!」


杏子が主将として先頭に立ち、バスのステップに足をかける。

乗り込む部員たちの弓ケースやエナメルカバンには、あの日WSWウィナー・サミット・ワールドで手に入れた『ヴィヴィ&トリー』のペアストラップが、誇らしげに揺れていた。


朝の光を反射して、黄金色にキラキラと輝く小さな二羽の鳥たち。

それは、彼女たちが決して一人ではなく、仲間と共に「最高の頂き」へと続く道を歩んでいる、何よりの証だった。


光田高校弓道部。

決戦の地へ向かうバスのドアが、静かに閉まった。

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