表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
530/581

第530話 遠足、その後のその1 『干し柿と紅茶、ジャンケン敗者の涙』

遠足の日の午後。三年生不在の光田高校弓道場には、通常とは違う、少しばかり浮き足立った活気が満ちていた。


一番乗りで学校に戻ってきたのは、「白石の渚・波切絶壁(なみきりぜっぺき)」への遠足に行っていた一年生たちだ。彼女たちは学校に着いてすぐに、顧問やコーチの許可を取り、遠足の疲れも見せずに道場へと入った。


今、実際に的前で弓を引けるのは、経験者のあまつと(くるみ)の二人だけだ。残された葡萄、苺、(しずく)の通称「フルーツトリオ」は、彼女たちの矢取りや的貼りのフォローに入る。

そして、あまつか菓が交代で弓を置き、未経験の三人のゴム弓や徒手練習のフォームを細かくチェックする。その効率的なローテーションの流れを、マネージャーの二乃(にの)が迅速にタイムスケジュールに落とし込んでいく。


それから一時間ほど遅れて、「鹿乃子大公園(かのこだいこうえん)」から帰ってきた二年生たちが、賑やかに合流した。

「あ、あまつと菓、もう引いてるんだ。私たちも負けてられないね」

一華が、持参したタブレットを開き、これまた二年生用の練習プランを迅速に組み立てる。真映や楓、つばめたちも手早く着替え、練習に加わった。


しかし、夕日が射し込み、通常の練習終了時刻を過ぎても、三年生一行を乗せた大型バスは学校に戻ってこない。杏子や栞代にLINEを送ってみても、既読すらつかず、当然返信も来ない。

「部長たち、多分バスで爆睡してますね。……まぁ、あの朝の練習量からの絶叫マシンですから、無理もないか」

二乃がスマホを片手に苦笑いした。


やがて、拓哉コーチから「今日はもう早く帰れ」と指示が出され、道場での練習は切り上げとなった。

しかし、一・二年生の部員たちには、どうしても今日中に果たさなければならない一つの「重大な使命」が残っていた。


それは、今日それぞれの遠足先で購入したお土産を、杏子の祖父母に届けること。今朝一華と二乃が運んできてくれた、お弁当に最高の彩りを添えてくれた「おばあちゃんの特製卵焼き」への感謝を、どうしても今日のうちに直接伝えたかったのだ。



「それじゃあ、私からおばあさまにお渡しします!」

一華が当然のような顔でスッと手を挙げると、二乃も「私も行きます! 朝の恩義がありますから!」と負けじと続く。


しかし、その抜け駆けを黙って見過ごす杏子親衛隊ではない。

「ちょっと待てや! お前ら、朝も大奥様の卵焼き食って、夕方もお宅訪問ってもって、どんだけ宝くじ当たってんねん! ずるいぞ! ここは一番お世話になってるあっしが行く!」

真映が猛然と抗議の声を上げた。

そこへ、滴や葡萄も「じゃあ私たちも行きます!」「いや、波切絶壁組と鹿乃子組で分担しよう!」と口を揃え、誰が杏子の家に行くかで大論争に発展した。


一堂が総立ちとなり、「私が行く!」「いや私が!」と収拾のつかない押し問答が続き、部室は一気に騒然とした空気に包まれる。訪問権を巡る、無駄に熱い青春の熱気が渦巻いた。


「いい、みんな。落ち着こう」

一華が、パンパンと手を叩いて冷静に部員たちを制した。

「全員で押しかけたら、おじい様たちがびっくりしちゃうし、ご近所迷惑よ。それに……」

一華の言葉の裏には、「あのお祭り好きのおじい様のことだから、十一人の大所帯で押しかけたら『よし! 全員上がって飯を食え! 宴会じゃ!』と大騒動になる」という、極めて現実的で確かな予測があった。

「ここは、少数精鋭の代表者だけで行くべきだわ」


すると、

「だったら順番に名前出せ!」「いや、恨みっこなしのじゃんけんで決めよう!」「それいい!」と声が重なり合い、再び収拾がつかない大騒動となった。


結局、最も公平な手段として、二年生から一人、一年生から一人を選抜する「代表者決定ジャンケン大会」が開催されることになった。

苺が、さっとカバンからノートを取り出し、『第一回・光田弓道部お土産係決定ジャンケン大会』と太マジックで書き殴り、真ん中のテーブルにバンッと叩きつけた。


道場に響き渡る、「最初はグー!」の咆哮。


二年生ブロックは、あっさりと一回目の勝負で代表がかえでに決まった。

「……嘘やろ」

真映が床に崩れ落ち、一華が信じられないというように天を仰ぎ、つばめが分かりやすく膝をついて肩を落とした。


一方の一年生ブロックは、パー、チョキ、グーが入り乱れてなかなか決まらず、手に汗握る熱戦となったが、最後に見事なパーを出して菓が勝ち抜けた。


ここで、敗退した全員から「お願い! もう一人だけ! 泣きの一回!」と、誰に向けているのか分からない必死の懇願があり、意見がまとまって、学年関係なく全員でもう一人だけ選出することになった。

そして、熾烈な敗者復活戦を制し、最後に残されたプラチナチケットを手にしたのは、あまつだった。


「……嘘だ。私の大奥様の卵焼きへの愛が、たかがジャンケンごときの運に負けるなんて……! 神は死んだ!」

床に両膝をつき、絶望のどん底で嘆く真映。その後ろで、一年生の滴も目に涙を浮かべて本気で悔しがっている。


一華や二乃たちに見送られ、勝者の三人は意気揚々と杏子宅へと向かった。

……が、その背後を、電柱の陰からこっそり尾行する真映の影があった。


「……真映、何してるの」

「ひゃいっ!?」

尾行開始からわずか数十メートルで、一華と二乃によって、不審な動きをしていた真映が呆気なく確保された。

「い、いや、二人が道に迷わないかと思って……心配で……!」

「何度も行ってる杏子先輩の家に迷うわけないでしょ。ほら、未練がましいからさっさと帰るわよ」

首根っこを掴まれ、連行される真映の悲鳴を背に、三人は胸を張って杏子家の門をくぐった。


「おやおや! これは珍しいお客さんじゃ!」

玄関のインターホンに応えて現れた祖父は、三人の姿を見るなり、大喜びで飛び上がって喜んだ。その奥では、祖母もいつものように穏やかな微笑みを浮かべて出迎えてくれた。


「ぱみゅ子(杏子)はまだ帰っとらんのじゃ。バスが遅れとるみたいでな」

と祖父が言うと、楓が一歩前に出た。

「はい、存じております。今日は、おばあさまに今朝の卵焼きの御礼と、遠足のお土産を持ってきました」

そう言って、三人は「これで失礼します」と一応帰る素振りは見せるが、そこは光田弓道部の誰もが想像した通りの展開になる。


「なんじゃと!? すぐに帰るのか? そんな水臭くて寂しいことを言わんでくれ……せっかく来てくれたのに……」

三人が頭を下げて失礼しようとすると、おじいちゃんは目に見えて肩を落とし、顔を覆ってウソ泣きを始めた。

そのあまりに迫真の演技に抗えず、結局三人は「……少しだけ」と、広々としたリビングへと招き入れられた。


「これ、私たちが買ってきたお土産です。鹿乃子大公園の『鹿サブレ』に『鹿もなか』。あと、有名な『御城之口餅(おしろのくちもち)』です」

楓がテーブルの上に風呂敷を広げると、おじいちゃんは「おお、美味そうじゃ!」と目を輝かせて次々に開封していく。

さらに、あまつと菓が「波切絶壁」で買ってきた名物の「足軽まんじゅう」と、立派な木箱に入った「特製・干し柿(ころ柿)」が並んだ。


「おっ、干し柿か! これはわしの大好物じゃ! わしの好物を的確に把握しているとは、お主ら、なかなかやりおるのう!」

祖父は満面の笑みで、我慢できなくなったのか、お茶も待たずにいきなり干し柿を一つ手に取り、パクパクと食べ始めた。


「あ、あの。部長と栞代さんの分は明日、学校で直接渡すので、それはお二人で全部食べて大丈夫ですよ」

楓がそう伝えると、おじいちゃんの食欲エンジンは全開になった。あっという間に、高級な干し柿が胃袋へと消滅した。


「……あ。おじいさん、おばあさんの分の干し柿は……?」

あまつが箱の中身を見て慌てて尋ねると、おじいちゃんは「ハッ」として固まった。

「……す、すまん。目の前に大好物を出されたら、つい理性が飛んで……」

「いいのよ、おじいちゃん。美味しそうに食べているのを見れば、私もそれで十分お腹いっぱいよ」


祖母は優しく完璧なフォローを入れたが、それでも「じゃあ、私はこれをいただくわね」と言って、足軽まんじゅうのこしあんを一つ手に取り、大事そうに(ポケット)にそっとしまった。

その可愛らしくも少しお茶目な仕草に、三人は温かい気持ちに包まれた。


「さあ、お茶にしよう。和菓子には、意外と熱い紅茶も合うんじゃぞ」

祖父が上機嫌で淹れてくれた、香りの良いアールグレイの紅茶。祖母が切り分けてくれた自作の和菓子と共に、五人の穏やかな団欒の時間が続いた。


「もうすぐ夕飯の時間じゃが、食べていかんか? 寿司でも取ろう!」

祖父の最後にして最大の魅力的なお誘いに、楓は必死に首を振った。

「いえ! 今日はこれで本当に失礼します。……そうしないと、ジャンケンで負けたメンバーに、本気で恨まれますから」


三人は、道場での壮絶な「お土産係ジャンケン大会」の様子や、真映の床を叩く悔しがり方、滴が流したガチの涙の様子を、身振り手振りを交えて報告した。

祖父母は二人揃って、涙が出るほどお腹を抱えて笑った。

そして、自慢の孫娘が、そんな賑やかで、愛情深く、温かい仲間に囲まれていることに、改めて目を細めて感謝した。


互いに何度もお礼を言い合い、ようやく別れを告げた。

三人を門で見送る時、祖父が名残惜しそうにポツリと漏らした。

「……今度からは、ジャンケンなんかせず、順番でみんなをここに呼びたいところじゃのう」

その言葉への祖母の返事は、言葉ではなく、いつもの穏やかで全てを包み込むような微笑みだった。


三人の背中が夕暮れの角を曲がって見えなくなるまで、二人はいつまでも手を振り続けていた。


部長がこの「お宅訪問」の話を聞いた時、一体どんな顔をするだろうか。

そんな想像をしながら、三人は充実感に満ちた足取りで、それぞれの帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ