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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
524/581

第524話 遠足 その4 『仮面の剥落、オタクの咆哮』

『ビストロ・ザ・グローリー』での賑やかな食事を終えた一行が向かったのは、現在、期間限定で『ムーンライト・アニメ・ボート』へと姿を変えている、パーク屈指の没入型アトラクションだ。

ソフィアと(つむぎ)(つむぎ)にとっては、間違いなく本日のメインイベントである。


レストランを出た瞬間から、ソフィアの様子は明らかに変わっていた。

「Uskomatonta...(信じられない……)ついに、あの『伝説』をこの目で見られるのですね」

足取りは羽が生えたように軽く、時折ぴょんぴょんと跳ねるように歩く姿は、まるでクリスマスプレゼントを待つ子供のようだ。ただでさえ目立つ金髪碧眼・長身美人のソフィアがはしゃぐ姿は、周辺のゲストの注目を大いに浴びていたが、本人はそれを全く気にしていない。


対する紬は、一見すると相変わらずの「鉄の仮面」を崩していないように見えた。

だが、その背中からは、隠しきれない熱量が陽炎(かげろう)のようなオーラとなって溢れ出している。いつもより歩幅が広く、眼鏡の奥の瞳は、獲物を捕捉した鷹のような鋭さを帯びていた。


「……紬ちゃん、そんなに気合入れなくても、アトラクションは逃げないよ?」

まゆが車椅子から見上げて優しく微笑むと、紬は一度深く息を吐き、クイッと眼鏡の位置を直した。

「……それは、わたしの、課題では……」

いつもの突き放すようなセリフを言いかけた紬だったが、まゆの真っ直ぐな瞳に見つめられると、言葉を切り、一気に堰を切ったように話し出した。


「……アトラクションが逃げなくても、(とき)は無情に流れます。一瞬のフレーム、一線の筆致……。すべてを網膜に焼き付け、クリエイターの魂を感受するのが、私の……いいえ、観客の義務です」


「おおおっ……」

杏子たちから、軽いどよめきが起きた。


「……なんか、今の紬は一味も二味も違うな」

あかねが栞代と顔を見合わせ、頼もしさと可笑しさが混ざったような笑みを浮かべながら後に続いた。


アトラクションの入り口に到着すると、そこには「アニメ特集期間」ならではの特別な装飾が施されていた。歴代の名作の原画レプリカや、設定資料が壁一面に飾られた薄暗い通路キューラインは、ファンにとってはそれ自体が「博物館」と同等の価値を持つ。


頭上の電光掲示板には会話が十分回転できる時間が表示されている。

しかし、どれほど長い時間でも、今のソフィアと紬にとっては、極上の「予習の時間」に過ぎなかった。

二人は列に並んでいる間も、食い入るように持参したパンフレットと壁の資料を見比べながら、何やらヒソヒソと高度な確認作業を始めている。


「Tsumugi、第三エリアの『ネオン・コード』のゾーン。リマスタリングされた新カットが追加されているというネットの噂は本当でしょうか?」

「……おそらく。さらに、さっきソフィアが言っていた『(とき)弦音(つるね)』のクライマックス。……あそこの光源処理は、今回のフェアに合わせて再調整されているはず。注目すべきは、武者の指先から放たれる『光の粒』の数……」


「……あいつら、期末テストの勉強よりよっぽど真剣だな」

栞代が呆れたように呟く。

「あれほど楽しそうに、真剣に教科書を見つめられたら、教える側の瑠月(るか)さんも感激しそうだね」

まゆがクスクスと笑いながら応える。

「なんせ、普段はあんなに表情出さないからな、紬は」

あかねが腕を組んで続く。


「見て見て。ソフィアのあの顔。あんなにキラキラ輝いてるの、道場ではなかなか見られないよ」

杏子が、楽しそうに二人の背中を見守りながら言った。


自分たちの知らない、深くマニアックな世界。

けれど、二人がこれほどまでに心を奪われ、遠い異国で、あるいは孤独な部屋の中で救われてきた「魔法」の世界。

杏子たちも、改めて、ずっと二人を支えてきたその世界に、敬意と感謝の気持ちが沸き上がってきた。

その真髄に触れる入り口を前にして、ソフィアの手は期待で小さく震え、紬の拳は強く握りしめられていた。


そして、ついに。

青い月光を模したライティングが静かな水面を照らす、乗船口が目の前に現れた。


「……準備は、いいですか。ソフィア」

「はい、Tsumugi」


戦地に赴く戦士のような表情で頷き合う二人。

六人を乗せたボートが、静かに、ゆっくりと魔法の闇の中へと滑り出していった。


青い月光に照らされた水路を、静かにボートが進んでいく。

周囲の巨大なスクリーンには、日本アニメの黎明期から現代の最新技術まで、伝説級の名作たちが次々と、立体的なプロジェクション・マッピングで映し出されていた。


「……あ、あれは」

ソフィアが息を呑んだ。画面には、彼女の母国フィンランドの風景をモデルにした不朽の名作『オーロラの森』の、最も美しい雪景色のワンシーン。


「Uskomatonta... Se on aivan kuin lapsuudenmuistoni!(信じられない……まるで私の子供の頃の思い出そのものだわ!)」

あまりの感動と没入感に、ソフィアの口から思わず母国語が溢れ出した。


「おいソフィア、落ち着けって。今、何て言ったんだ?」

栞代が苦笑して尋ねると、ソフィアはハッとして我に返り、「あ、Truly amazing! 本当に、素晴らしいと言いました!」と英語と日本語を混ぜて返し、最後には顔を真っ赤にしてうつむいた。


そんなソフィアの様子を、紬は隣でじっと見つめていた。

「……紬ちゃん、このアニメ、どういう歴史があるの?」

まゆが尋ねると、紬は一度眼鏡を押し上げ、「……それは、わたしの、課題では、ありません」と、照れ隠しのようにいつもの「鉄の仮面」を被って答えようとした。


だが、ボートが次のエリア、一九九〇年代の革命的サイバーパンクSF『ネオン・コード』のゾーンに入った瞬間、その強固な仮面も呆気なく砕け散った。


「……っ! このカットの背景、手描きなの。今では再現不可能な、魂の塗布。ソフィア、見て。この光の粒子は当時のアニメーターがセル画に直接傷をつけて……!」

紬の口から、堰を切ったように専門用語と情熱が溢れ出した。

ソフィアもそれに呼応するように、身を乗り出した。

「Kyllä!(はい!)その通りです! 私はこのシーンの圧倒的な色彩設計に心を奪われて、日本への留学を……!」

興奮のあまり、再びフィンランド語で絶叫するソフィア。


もはや、二人の会話は傍から見ればカオスだった。

ソフィアが母国語で感激をぶつけ、それを紬が(なぜか意味を直感的に理解して)日本語で熱狂的に解説し、補足する。


「……なぁ、あかね。あいつら、何語で喋ってるんだ?」

栞代の問いに、あかねは眩しそうに狂喜する二人を見つめて答えた。

「さぁな。でも、『アニメが好き』っていう共通言語だけは、はっきり聞こえるな」


ボートがさらに奥、薄い霧が水面を這う幻想的な和風エリアへと進む。

そこで待ち構えていたのは、日本画のような繊細な筆致で描かれた大河ファンタジー『(とき)弦音(つるね):三千年の追憶』の世界だった。


月明かりに照らされた朱塗りの橋の上。

一人の若武者が、天空を横切る「流れ星」に向けて、静かに弓を絞っている。

その指先が弦を放した瞬間、映像がドラマチックなスローモーションになり、放たれた矢が幾千もの桜吹雪へと変化して、画面いっぱいに、そしてボートの周囲の空間にまで吹き荒れた。


「……Kaunista. Tämän anime-elokuvan sielu on aivan uskomaton!(美しい……。このアニメの魂は、本当に信じられないほどだわ!)」

ソフィアが祈るように胸の前で手を組み、震える声で叫んだ。

「私が日本に来たのは、この作品で描かれた『静寂』の本当の意味を知りたかったからです。弓道を選んだのも、この武者の澄んだ瞳に、自分を重ねたかったから……!」


その隣で、紬の眼鏡が怪しく、そして熱く光る。

「……わかってる、ソフィア。このシーンの『墨絵(すみえ)』をベースにした特殊エフェクト、当時のデジタル技術では不可能と言われた手描きの限界点……。背景美術の巨匠、山田氏が遺した最後の一枚絵セルが、今ここで現代のプロジェクションとして完璧に蘇っている……。これは単なる展示じゃない、供養……いいえ、神事よ、奇跡よ……!」


ソフィアが「Juuri niin!(その通りです!)Tsumugi」!」と激しく同意し、もはや二人の間には翻訳すら不要な、魂の完全なる共鳴が起きていた。


その光景は、どこか神聖ですらあった。

遠い北欧の地で、たった一人で画面を見つめていた少女。

そして、日本で、静かに自分の世界を生きてきた少女。

二人が今、同じボートに乗り、同じ光景に涙を流して感動を分かち合っている。

その絆の尊さに、杏子も、まゆも、そして栞代もあかねも、……誰も言葉を見つけられず、ただ見惚れていた」


杏子は、画面の中で真っ直ぐに獲物(星)を見据える武者の姿に、自分たちの「今」を重ねるように、静かに、そして強く頷いた。


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