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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
519/581

第519話 『遠足前夜の喧騒と、早朝特訓計画表』

三者面談という「大人への入り口」を通過したばかりの三年生たちは、どこか憑き物が落ちたような、それでいて将来への覚悟をより深めたような、不思議な熱を帯びていた。


「親分、結局大学はどこに行くんですか?」

休憩中、真映(まえ)がいつもの調子で、水を飲む杏子(きょうこ)に詰め寄った。

「やっぱ『日ノ本学園』? 日本一の大学で、親分が弓を引いてる姿、あっしは見たいですわ!」

「それとも『憲政大学』っすか? でも、あそこは東京だし遠いからなぁ。あっしが寂しいから、地元の『立志館』か、冴子前部長たちが行った『西方大学』にしましょうよ、ね?」


杏子は、隣で「やれやれ」と首を振る栞代(かよ)を一瞬見てから、ふふっと柔らかく微笑んだ。

「……全然違うよ、真映」

「えっ、じゃあ『秀峰大学』? あそこはうちと関係が深いすけど、国立だし、遠いし、親分にはちょっとしんどすぎません?」

「違うよ」

「えーっ、どこなんですか!」


食い下がる真映を、栞代が片手で制した。

「真映、それは秘密だ。まあ、すぐに分かるだろうけどな」

「えーっ。……まあ、仕方ないっすね。でも、ここで叶わなかった『親分の横で同じ試合に出る夢』、大学の全国大会で絶対に叶えたいですからね。あっしも死ぬ気で追いかけますよ」

横で聞いていた(かえで)も、強く頷く。

「ほんとに。わたしもです。部長の背中、どこまでも追いかけますから」


その瞬間。

杏子の真っ直ぐな瞳に、微かな、それでいて深い悲しみの色が差した。


自分がこの夏を最後に、弓を置くと決めていること。

この素晴らしい仲間たちと同じ場所に居るのは、この夏が最後になるということ。

その予定を、杏子はぐっと飲み込み、笑顔の下に押し込んだ。


「……大事なのは、今だよ。先のことを言うと、鬼が大合唱で笑うっておじいちゃんが言ってたよ。さ、練習しよ!」

明るい声。

けれど、隣に立つ栞代は、その声が微かに震えたことに気がついていた。


練習後、部室は明日に控えた「三年生卒業遠足」の話題で一気に華やいだ。


「親分、明日はいよいよWSWウィナー・サミット・ワールドっすよね。三年生だけとか、完全に反則ですよ。あっしらも行きたいっすよ!」

真映が床を転げ回って悔しがる。WSWは、浪都が誇る世界規模の巨大テーマパークだ。


「お前も来年行けるだろ」

と、あかねが呆れ顔で突っ込む。


「いや、不穏な噂があるんですよ! あの小うるさい新校長が、『今年は積立金が進んでいるので間に合わなかったが、来年は精神統一のための座禅会合宿に変更する』なんて言ってるって噂が……」

「お前みたいなうるさい奴がいたら、座禅会のお坊さんも、WSWのマスコットの『レオ・ザ・サミット』も迷惑して逃げ出すだろうしな」


真映はむくれて反論する。

「あっしの一押しは、レオじゃなくて『カチンコ・スラップくん』ですから! あの無表情からのシュールな動き、たまらんですわ」

「……あのスラップの中の人、ずっと真映かと思ってたわ」

あかねが笑うと、真映は立ち上がってマジレスで返した。

「あかねアネキ! 中の人なんて居ないんですよ! 映画の魔法ですよ! せっかく夢の世界から舞い降りてきてくれてる『カチンコ・スラップくん』に失礼っすよ!」


そんな喧騒の端で、杏子がふと、俯いて呟いた。

「……あたし、行くの、辞めようかなって思ってるんだ」


「えええーっ!!」

全員がひっくり返りそうな真映の絶叫が響いた。

「なんでですか! 親分! 今キャンセルしても、積み立てたお金は一円も返って来ないんですよ! 一円も! 一円も返ってこないんですよ!!」」

「ふふ、そういうことじゃなくてね。……一日中遊んでるより、弓の練習を、少しでもしておきたいなって」

「……親分。どこまでストイックなんですか……。滝に打たれる修行僧の時代はとっくに過ぎ去ったんですよっ。今や職人の世界も効率なんですよ」


「杏子。そんな顔すんな」

栞代が、杏子の肩をポンと叩いた。

「明日の早朝、また中田先生のところに行こうや。一時間だけ集中して引いて、それからバスに乗ればいいやろ」

「……うん! じゃあ、もう一時間早く起きてもいいかな?」

「えっ」

朝に弱い栞代の顔が引きつる。——マジかよ。勘弁してくれ……。

「ま、まあいいけど。バスで寝ればいいしな」


「私も同行します」

一華(いちか)が、いつの間に用意したのか『遠足当日・早朝特訓計画表』というプリントを差し出した。

「部長、ここにサインをお願いします。一分一秒の無駄も許さない、完璧なスケジュールを組みました」

「なんで遠足の朝にそんなもの要るんだよ」

と栞代が呆れると、横から二乃(にの)がクスクスと笑いながら理由を説明しだした。


「だって一華姉、去年の部長の修学旅行の時の早朝練習に行こうとしたら、気合入りすぎて朝三時に家を出ようとして、お母さんに『勉強のストレスで家出する気だ』と勘違いされて部屋に閉じ込められたんですよ」

「二乃! なんでその極秘事項を知っている!」

「一華姉、うちに来てうちの母に愚痴ってたじゃないですか。母が笑ってました。今度は、大丈夫です、部長。明日は私が責任を持って、一華姉を迎えに行きますから」

「……二乃、お前は一華のお母さんに全幅の信頼を置かれてるんだな」

栞代が深く頷く。一旦決めたら周りも見ず、猪突猛進すぎる一華と、それを手なずける二乃のコンビに、杏子にもようやく心からの笑顔が戻った。


「部長!」

そこへ、一年の葡萄(ぶどう)が目を輝かせて割って入った。

「いっそ明日の遠足、ギャルファッションで行くとかどうですか!? 部長が金髪ウィッグ被って、WSWをジャックするんです!」


「葡萄、別に私服でもいいことに一応はなってるんだけど、私服の場合は、前もって生徒指導部の許可もらわないと駄目なんだよ。だから事実上、全員制服なんだ。ギャルファッションで許可でる訳ないだろ。てか、杏子にそんな服着させるな」

栞代の即答に、(いちご)が続く。


「じゃあ、せめて『光田弓道部参上!』ってデカデカと書いた習字の垂れ幕を用意しますから、パレードに割り込み参加するとか、どうですか?」

「即刻つまみ出されるわ!」

と、今度はあかねが突っ込む。


「……部長。お土産、買ってきてください」

(しずく)が、杏子の袖を遠慮がちに引いた。

「マスコットの『ヴィヴィ&トリー』のペアストラップ、欲しいです。……部長とペアで付けたいから」

「ちょっと待った〜〜っっ!」

滴の抜け駆けのようなアイデアに、楓は血相を変える。

「そ、それは、わたしにっっ! 私がペアになりますっ!」


杏子の戸惑いに、部室には笑いが広がる。

真映がぽつりと、「わたしも早朝練習行こうかな」と呟くも、栞代が制した。

「いやいや、来なくていいって。ニ年生も遠足だろ? 可愛い鹿が真映を待ってるぞ。みんなが練習するのは、学校の道場だけでいい。拓哉コーチが目をひんむいて怒るぞ。まあ、そんな姿見たことないけど」


あかねが少し申し訳なさそうに言う。

「部長が朝から行くのに、なんか、わたしらが行かないの、申し訳なくない?」

「いやいや、大丈夫だって。杏子のペースに付き合ってたら、宇宙に行っちゃうぞ。オレは多分同行するだけで現地で寝るかもしれんし。というか、遠足から帰って元気あったら、普通に夕方からここで練習しようや」

「ま、そだな。それなら付き合うわ」

栞代の提案に、あかねも納得したようだ。


栞代が、黙々と弓を拭いている二人に話を振る。

「ソフィアと紬も、WSWはアニメが元のやつも多いから楽しみだろ?」

「はい。レストラン『ビストロ・ザ・グローリー(栄光の食卓)』の再現メニューが楽しみですね。劇中のパイを食べます」

と、ソフィアは青い目を輝かせる。

「紬は?」

「……それは、わたしの、課題では、ありません」

「ああ、『ムーンライト・シネマ・ボート』の期間限定バージョン、『ムーンライト・アニメ・ボート』が楽しみなんだと」

栞代が即座に通訳する。


「なんで分かるんだよ、栞代太郎。紬もすっかりO次郎化してて、今や栞代しか、言ってることが分からんぞ」

あかねが呆れると、ソフィアがフォローを入れる。

「アニメ見ている時は、普通に流暢に話してますけどね」


Q太郎扱いされた栞代は、慌てて言った。

「いやいや、違うって。だって、紬、さっきから、パンフレットの『ムーンライト・シネマ・ボート』が期間限定バーションの『ムーンライト・アニメ・ボート』になってるページを、穴が開くほど凝視しているからさ」


指摘された紬は、わずかに耳を赤くしてパンフレットを閉じた。


三年生だけの、学校生活最後かもしれない「非日常」。

明日への期待。練習への執念。そして、言葉にできない寂しさ。

様々な感情を乗せて、部員たちは、道場からそれぞれの家路についた。

(※ 注意)

藤子・F・不二雄先生の「オバケのQ太郎」というマンガで、Q太郎の弟のO次郎は「バケラッタ」としか言わないが、Q太郎だけ、弟が何を言っているのか分かる、という設定がある。

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