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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
516/581

第516話 『夜を切り裂く通知音、画面越しの静寂』

中田道場での重苦しい射を終え、栞代(かよ)杏子(きょうこ)が祖父母の家へと帰り着いた頃。

栞代が着替える前に、ブレザーのポケットの中で、スマートフォンが絶え間なく短い振動を繰り返していた。二次会のカラオケ組による、弓道部のグループLINEである。

画面を開くと、若さという無尽蔵のエネルギーが、色鮮やかなスタンプと共に溢れ出していた。


【真映】

『お疲れっしたー! いやぁ、今日のステーキはマジで神がかってましたな。あっし、まだ胃袋が「もっと肉をよこせ」って暴れてますわ!』

(炎の中で踊る肉のスタンプ)


【葡萄】

『真映さん、あれだけ私のポテトも奪っておいて……! でも今日のカラオケ、アゲみ深すぎて最高でした! 紬先輩の「アニソン十八番」はガチで保存版ですよ。アゲ!』


【苺】

『葡萄ちゃん、はしゃぎすぎて声枯れてたよ(笑) でも本当に楽しかった……。紬先輩とソフィア先輩のデュエット、鳥肌立ちました!』


【ソフィア】

『Tsumugiの歌、とても美しかったです。歌詞の「Nuolet lentää vain eteenpäin(矢は前にしか飛ばない)」、フィンランドの歌にも入れたい。あと、明太子パスタも美味しかった。JAPAN、最高』


【紬】

『……ソフィア、その歌詞の検索は禁止。あと、苺も動画を直ちに消去するように』

(『黙秘』と書かれた無表情なペンギンのスタンプ)


【つばめ】

『はいはい、動画は後で姉ちゃん(つぐみ)に送信しときます。姉ちゃん、紬先輩のことも結構気にかけてるからなあ。それにしても、男子連中の食べっぷり、引くわぁ……。海棠(かいどう)さん、ソフィア先輩ばっかり見てて、パスタが鼻に入りそうになってたし』


【菓】

『つばめ先輩、わたしもそれ見た(笑) ま、男子のことはどーでもいいけど、全国決まって、試験も終わって、その後の御馳走は格別でしたね。次は、あまつに気合入れて、全国の表彰式を義務化します。その後に、もっと高い肉を会長にねだりましょう!』


【まゆ】

『ふふ、みんな今日はほんとに楽しかったね。あかね、今日は横でずっとお世話してくれてありがとう。真映ちゃんが次から次へとエビマヨ投下してくるから、あかねがいなかったら私、胃がパンクしてたよ(笑)』


【あかね】

『まゆ、いいんだよ。真映は愛情表現が「食糧投下」だから困るよね。でも、本当にいい夜だった。……次は全国の前にブロック大会がある。まずそれに勝って、全国へ殴り込みだっ』

(気合いの入った『エイエイオー!』のスタンプ)


【真映】

『あかねさん、ええこと言いますな! よっしゃ、あっしも練習試合で「心で血を流した」分、応援で暴れまくりますわ! 親分と若頭にも、明日からまた気合入れ直してもらいましょ! ……ところで全く話題に出ませんが、まゆ先輩、松平さんと少しは話してあげてくださいよ。松平先輩、部屋の隅で泣いてましたよ。笑』


【あかね】

『いーんだよ。まゆは優しいから、男子に付け込まれやすいんや。あいつらからはわたしが護る』


【真映】

『松平さん、アーメン!!』


【葡萄】

『寝るまでが祝勝会! 私は今日の動画を編集して「光田アゲみVlog」作ります!』


賑やかな通知音が、次々と新しいメッセージを運んでくる。

この明るい連帯感、馬鹿馬鹿しくも温かい日常の延長。それこそが、今の光田高校弓道部を根底から支える「もう一つの翼」であることを、彼女たちは無意識のうちに感じ取っている。

スマートフォン越しに伝わってくる熱気に、栞代の口元も自然と綻んでいた。


自室のベッドに腰掛けた栞代は、親指を液晶画面の上で滑らせたまま、ふと動きを止めた。


『楽しかったら、良かったやん』


そう一言だけ返信し、グループの盛り上がりを外から見守ろうとした。

すぐに真映と葡萄から返信が飛んでくる。


【真映】

『おー、若頭! 中田先生の道場、どーでした? 親分、なんかちょっと元気無かった気がしましたけど。明日からはガンガン練習しますよおっ』


【葡萄】

『前回のカラオケとはまた違ってそれが良い、でしたね〜。次は杏子部長にギャルファッションのコスプレしてもらいましょー』


屈託のない、明日への活力が(みなぎ)る言葉たち。

栞代は、暗い部屋の中で小さく息を吐き出した。

今から自分が投下する情報が、この無邪気な祝祭の空気を完全に凍らせ、無残に打ち砕いてしまうことは分かりきっている。

明日の早朝練習のときに、直接口頭で伝えても良かったかもしれない。

しかし、栞代は首を横に振った。


(……いや、知ったことはできるだけ早く伝えるべきだ。情報の共有は必ず必要になる。あいつらが「明日」をどういう心構えで迎えるか。それは、早い方がいい)


栞代は、隣の部屋にいる杏子に短いメッセージを送り、了承を得た。

杏子からは『うん。伝えておいて。ありがと』とだけ、静かな返信があった。


覚悟を決め、栞代はメモ帳アプリで推敲を重ねた長文をコピーし、LINEの入力欄に貼り付ける。

送信ボタンが、まるで鉄の塊のように重く感じられた。

しかし、栞代は短く息を吐き、親指を押し込んだ。


【栞代】

『みんな、楽しい雰囲気のところ、すまない。

今日祝勝会の途中で知った情報なんだが、みんなに共有したい。

少し長文になるけど、それぞれ最後まで読んでほしい。


【件名:鳳城高校・雲類鷲麗霞さんの件について】


大事な報告があるから、全員必ず最後まで読んでくれ。

鳳城高校の雲類鷲麗霞さんが、事故で右肩を骨折したことが今日わかった。

鳴弦館のかぐやさんから杏子のところに連絡があった。


この右肩の負傷により、麗霞さんがインターハイを欠場することが決まった。

事故の詳細は、道路に飛び出した子供を庇っての怪我だそうだ。


正直、オレも杏子も、まだ動揺している。

現代最強と謳われている麗霞さんが欠場することは、わたしたちみんなにとっても、弓道を愛する者全員にとっても、これは大きな損失だ。

けれど、麗霞さんは、弓に恥じない行動をしたんだ。


そこで、みんなに伝えておきたい。


麗霞さんがいない鳳城は、今、麗霞さんの想いを背負って凄まじい執念で練習し、立ち向かってくるはずだ。

考えてもみろ。もしも杏子が同じ理由で欠場したら、オレたちどう思う?

死にもの狂いで勝ちたいと思うだろ。鳳城のメンバーだって同じだ。

オレたちが生半可な気持ちで挑めば、一瞬で飲み込まれる。


的前では一人だし、一人で弓を引く。

だけどそこには、団体戦なら団体全員の、そして弓道部員ひとりひとりの積み重ねが表現されるんだ。


それとまったく同時に、オレたちが最高の姿を見せることが、麗霞さんに、オレたちができる唯一の敬意の示し方だ。


やることは変わらない。

明日からもいつも通り、早朝練習から始める。

オレたちのやることは、一つだ。


全員、腹括ってこい。


以上。』


送信完了。

緑色の吹き出しが、画面の大部分を占拠する。


栞代は、楽しかった雰囲気に冷や水を浴びせたことを、やはり少し申し訳なく思った。

それでも、自分の判断に間違いは無かったと信じている。

これが、自分の果たすべき責任なのだと。



『既読 15』


瞬く間に、数字が増えていく。

全員が、その長文を読んだ証だ。

いつもなら、誰かのメッセージには即座にスタンプや返信が連なるこのグループLINEが、完全に沈黙した。


一分経過。

二分経過。

誰も、発言しようとはしなかった。


画面の向こう側で、それぞれの部屋で、彼女たちがどれほどの衝撃を受けているか。

真映の開いた口が塞がらない様子が。

あかねの息を呑む音が。

ソフィアの青い瞳が揺れる様が、手にとるように伝わってくるようだった。

高校女子弓道界の絶対的な象徴。あの、完璧で美しい麗霞が、もうその舞台に立てない。

その喪失感と、直後に突きつけられた「麗霞の欠場という喪失感と、その悲しみを力に変えた鳳城への恐怖」が、部員たちの思考を麻痺させているのだ。


重苦しい静寂が、その沈黙が、それぞれの夜を静かに圧迫していく。


その呪縛を断ち切ったのは、やはりこの彼女だった。


ピロン、と通知音が鳴る。


【一華】

『本日、中田先生の道場で、部長が弓を引きました』


『当初は、やはりこの情報によりかなり動揺しており、荒れた射になっていたのは事実です。ですが、部長がこれまでに培ってきた技術の「土台」は、まるで動じていませんでした。


みんなも、今までやってきたことを信じて、このまま頑張りましょう。

心配には及びません。


私たちの部長は、宇宙人ですよ。大丈夫です』


その一言が、暗闇に差し込んだ一筋の光だった。

一華の、一切の感情を排したような、それでいて底知れぬ信頼に満ちた言葉。


『宇宙人ですよ。大丈夫です』


その無茶苦茶な論理に、栞代は思わずベッドの上で声を出して笑った。

緊張の糸が、ふっと緩む。

隣の部屋でも、恐らく杏子がこの画面を見て、呆れながらも救われているはずだ。


すぐに、真映からスタンプが届いた。

炎をまとって猛進する、猪のスタンプ。

続いて、葡萄からの『了解!』というポップな文字。

あかねからの、力強いサムズアップ。

次々と、画面に色彩が戻っていく。


言葉はいらない。

彼女たちはもう、前を向いている。


麗霞の不在という悲劇は、決して彼女たちを立ち止まらせる理由にはならない。

光田高校弓道部の真の夏が、静かに、しかし確かな熱を帯びて、幕を開けようとしていた。

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