表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校3年生
509/581

弟509話  瑠月との一週間 その3

週の半ば。杏子の部屋を訪れたのは、一年生の二人、あまつと(くるみ)だった。 机に向かいながらも、二人の間には独特の空気が流れている。 圧倒的な実績を持つ中学王者・あまつに対し、実績としては一歩譲る菓であったが、この数か月で互角以上の成績を叩き出し、選抜試合では立場が入れ替わったことがあった。


「二人はほんま、ええライバルでもあるよな」

栞代が参考書を片手に言うと、菓がペン回しをしながら天井を仰いだ。

「やっぱり……最初はちょっとコンプレックスありましたけどねえ。あまつは『特別』やからって」

菓が正直に呟く。

「でも、それをバネにしてやってきました。あまつに追いつきたくて、追い越したくて。……今回はちょっと頑張りすぎたから、最後息切れしちゃいましたけど」


菓が「あはは」と乾いた笑い声をあげる。そして、隣で黙々と英単語を覚えているあまつを肘で小突いた。

「息切れしただけやで、あまつ。実力負けちゃうからな。だから、最後はあんたに譲ったんや」

それが、菓なりの精一杯の強がりであり、最大の負け惜しみだった。


あまつは顔を上げ、菓をじっと見つめ返す。 その射型も性格も、どこか杏子に似ているあまつ。普段は自分から主張することは少ないが、芯にある頑固さもそっくりだ。

「……うん。分かってる。菓、すごい頑張ってたもんね。最後の一本まで、怖かったよ」

あまつは静かに頷き、それから杏子に視線を合わせた上で、再び菓に向かって宣言した。


「その想いもちゃんと背負って頑張るよ。それに――部長が獲れなかった選抜のタイトル、絶対に獲ろう。だって、インターハイは今年、私たちが獲っちゃうもんね」

その言葉に、杏子は目を丸くし、やがて嬉しそうに微笑んだ。


翌日やってきたのは、未経験者の一年生、「フルーツトリオ」こと苺、葡萄、(しずく)だ。 賑やかな三人が部屋に入ると、空気が一気に華やぐ。


「みんな、部活は楽しい?」

杏子が優しく尋ねる。 弓道の初歩、射法八節に至る前の基礎練習は、地味で単調だ。ゴム弓や素引きの段階で、「思っていたのと違う」と挫折する姿を、杏子は数多く見てきたからだ。


「楽しいですよ! いや、先輩方もみんな通った道ですよね。この先に先輩みたいになれると思ったら、もうめっちゃ楽しみですよ」

葡萄が身を乗り出して答える。彼女は制服であるブレザーのボタンを外し、シャツの裾を気にしている。なんとか自慢のお臍を出そうと苦心しているようだ。

「葡萄、ここでは出さんでええから」

栞代が呆れて制する。葡萄は諦めず、トライし続けている。


三人は顔を見合わせ、声を揃えて言った。

「先輩たち、引退しても、絶対に遊びに来てくださいよっ!」

その言葉に、杏子の胸が温かくなる。

「うん、もちろん行くよ」

「約束ですよ! 私たちの成長、見てくださいね!」

「そのへそ見にか?」

栞代がすかさず突っ込むと、部屋中が爆笑に包まれた。


一人ひとりと向き合い、未来の話をするたびに、杏子の胸に沈殿していた「居たたまれなさ」という重い(おり)が、少しずつ(ほぐ)れていくようだった。 そもそも、誰も立ち止まってなどいない。 後輩たちは、それぞれの速度で、確実に前を見ている。 自分が勝手に悲観して、立ち止まっている気がして、杏子は少し恥ずかしくなった。


週末。 この日はつばめだけが来る予定だったが、インターホンが鳴ると、そこにはビッグサプライズが待っていた。

「よう! 元気しとるか!」 つばめの隣に立っていたのは、姉のつぐみだった。


「つぐみ!?」

驚く杏子たちをよそに、つぐみはズカズカと上がり込み、リビングの祖父の元へ直行した。

「おじいちゃん、突然やけど、今日泊まってもええ?」

あっけらかんと言うつぐみに、祖父は破顔一笑。

「がははは! もちろんじゃ! つぐみはいつでも大歓迎じゃ。相変わらず遠慮がないのう、実に気持ちええ!」


夕食を一緒に摂ったつばめは、栞代と杏子と姉、久しぶりの再会を果たした三人のために気を使い、瑠月と一緒に空いてる部屋に行き、勉強時間をたっぷりと取った。

丁寧に勉強を見てくれた瑠月に感謝しつつ、姉に「あんまり迷惑かけたらあかんで」と言い残し、先に帰宅した。


瑠月は残ったつぐみに「テスト勉強大丈夫なの?」と心配していたが、「私の辞書に赤点という文字はない」と豪語するつぐみの期末テストは、既に終わっていたのだった。


夜。杏子の部屋。 二年前のように、三人で川の字になって寝転がる。 楽しい思い出、辛い思い出。 三人が同じチームで過ごした時間は一年もなかったが、その密度は濃く、思い出は山のようにあった。 その話題が一段落し、部屋の明かりを常夜灯にした時、つぐみがポテトチップスをかじりながら切り出した。


「杏子。あんたまた『傲慢な悩み』持ってるんやて?」

つぐみが、暗がりの中でニヤリと笑う気配がした。

「えっ……?」

「人のことを考えるのは、自分をきっちり屹立させてからや。あんたには百万年早いわ。自分のことだけ考えとき」


つぐみはバリボリとチップスを噛み砕く。

「言っとくけど、敵は鳳城と鳴弦館だけやないで。この私を忘れるなよ。千曳ヶ丘(ちびきがおか)、強なったでー。私が鍛え上げたからな」

その挑発的で、自信満々の物言い。 初めて会った時から変わらない。この強引さ。 それが、昔から杏子の心をどれほど救っただろう。 杏子は、つぐみのこういう、正直で真っ直ぐな乱暴さが大好きだった。


栞代が横から、ぼそっと言う。

「真映が居たら、杏子を護って一悶着ありそうやな。『親分に勝てるかいっ!』って」

「ああ、真映さんか。覚えとるで。元気のええ子や」

「真映だけちゃうで。今の『杏子親衛隊』には、楓もおるし、滴言う一年生も入隊したからな。鉄壁やぞ」

「そりゃコワイなー。命がいくつあっても足らんわ」

つぐみがおどけて肩をすくめ、三人は笑いの中で眠りについた。


翌朝の散歩に、つぐみもジャージ姿で参加する。 祖父とつぐみは、会えば必ず丁々発止のやり取りだ。変わらぬ景色に、杏子と栞代も楽しそうだ。


ふと、祖父が聞いた。

「つぐみさん、今楽しいか?」

「ええ、めっちゃ楽しいで。いろいろ世話なって、おじいちゃん、ほんまサンキューやで。おじいちゃんが倒れたら、いつでも恩返しに飛んでくるからな」

「まだまだ! わしが倒れてたまるかいっ!」


豪快に笑う祖父は、突如として奇妙なダンスを踊り出した。

「見よ! これが最新の『ファッションモンスター』じゃ!」

きゃりーぱみゅぱみゅの曲に合わせ(ているつもりで)、手足を奇妙に動かす祖父。


「……おじいちゃん、それ盆踊りにしか見えんて」

栞代が呆れる横で、つぐみと杏子が爆笑する。 杏子はその背中を見ながら、自分がどれほど多くの「強さ」に守られ、生かされているかを痛感していた。


多くの笑いを残し、つぐみは午前中に地元へと帰って行った。つぐみとは、全国大会の前に、ブロック大会での対戦が待っている。


休日で学校が無く、早朝練習が無かったこの日、杏子はいつものように、栞代と中田先生の道場へ通った。 静謐な空気が漂う道場。

「まだまだ余裕あるから、要らんこと考えるんや」

中田先生は、杏子の迷いを見透かしたように、ただひたすらに矢を射たせた。 言葉はいらない。ただ、弦音(つるね)だけが答えを知っている。


「おばあちゃんと比べたら、まだまだ足らんで~」

先生が、パイプ椅子に座りながら笑う。

「杏子のおばあちゃんはな、ほんまに杏子以上に練習の虫やったんや。才能にあぐらをかかず、誰よりも引いてた。今の杏子の十倍は引いてたで!」

豪快な笑い声が道場に響く。


「……はい!」

杏子の返声に、もう迷いは無かった。 的前では無心に。その究極の姿を夢想して、弓を引き続ける。


栞代が心配して、「休憩しよう」と水を渡してくれるまで、杏子は無心で引き続けた。


自分を愛してくれる仲間たちのためにできることは、申し訳なさそうに立ち止まることではない。 おばあちゃんから受け継いだ(ゆがけ)を、強く握りしめる。 誰よりも高く、美しく、自分の弓を完成させること。 それが、この一週間で彼女が見つけた、たった一つの答えだった。


結局、この一週間、瑠月はほとんど杏子に何も言わなかった。 「頑張れ」とも「大丈夫」とも言わず、ただ傍にいて、微笑んでいた。 それでも、瑠月が取り計らい、栞代が繋いでくれたこの一週間は、杏子にとって何物にも代えがたい時間になった。 言葉以上の何かが、彼女の心を修復し、満たしていた。


帰り際、中田先生がニヤリと笑って付け加えた。

「ところで杏子、ちゃんと勉強もしてるか? おばあちゃんは意外と勉強もできたんやで」

「……うっ」

中田先生の声が、耳に痛い。

弓の迷いは晴れたが、期末テストの壁はまだ高くそびえ立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ