第505話 カラオケの夜 その1
拓哉コーチの解散命令。
「遊んでこい」という、いつもならなんの効力もないその言葉だったが、今日に限っては杏子も素直に従っていた。 杏子が従うのなら、部員たちも安心して、いつもは無視するその言葉に従うことになった。
すぐに栞代が音頭を取る。
「よし、場所はドリームシティな。集合時間は一時間後。一旦解散!」
地元でもっとも活気のあるショッピングセンター、ドリームシティ。その最上階にあるカラオケボックスが今日の戦場だ。 少々待ち時間が出ても、ゲームセンターでプリクラも撮れるし、ウィンドウショッピングもできる。なんとかなるだろう。
栞代が杏子と共に家に帰り、今日は外食すると伝えると、予想通り、祖父が頬を膨らませてぶーたれた。
「なんでじゃ。うちで遊べばええやん。広いし、飯もあるぞ」
「そやけど、カラオケないもん」
栞代がそう言った瞬間、祖父の目が怪しく光った。
(……あ、これマズい)
恐らく、今この瞬間、業務用通信カラオケ機具の購入を決意したに違いない。油断していたら、最新機種のプリクラ機まで搬入されかねない。しかし、どちらにせよ、今日は間に合わない。
「おじいちゃんもおいでよ!」
また杏子が、爆弾発言を投下した。 栞代は慌てて制止に入る。
「いやいや、今日は部員全員で水入らずやから! 女子高生の園やで? またおじいちゃんと遊ぶ機会はちゃんとつくるから!」
そう言ったが、孫娘と離れるのを嫌がる祖父が、駄々っ子のように抵抗している。
「わしは心は女子高生じゃ!」
「無理がありすぎるわ!」
見かねた祖母が、栞代に目配せで「大丈夫、任せて」と合図し、栞代と杏子を着替えのために二階の自室へと促した。
すぐに着替えを終え、二階から降りると、どうやら決着がついたようだ。 祖父が勝ち誇った顔でスマートフォンを操作している。
「よし、予約完了じゃ!」
話を聞くと、祖父がカラオケの部屋を予約し、部屋代も全て負担してくれることになった。
「パーティールーム、大ルーム、そして小ルームと、三部屋押さえたぞ!」
なんかイヤな予感がした栞代が、その内訳を尋ねると、
「小ルームは、わしとおばあちゃんが使う。同時刻にな」
「……ついてくるんかいっ」
「そして、弓道部全員だと一部屋じゃ窮屈じゃろ? だから二部屋取ってやった。しかも全員が集まれるように一番でかいパーティールームも確保してある」
杏子は目を輝かせて、
「おじいちゃん、太っ腹~っ! ありがと~っ!」
と感謝しているが、栞代は、そのあまりに祖父にぴったりな言葉に、祖父の立派なお腹を実際に見ながら笑いを堪えるのに必死だった。 杏子の近くに居られれば、部屋代ぐらいは安いものなんだろう。どこまで溺愛してんだよ。 栞代は呆れながらも、杏子とすぐに待ち合わせ場所へと向かった。
集合場所に集まり、カラオケの予約時間まで、ゲームセンターのプリクラコーナーへとなだれ込む。 最新機種の「デカ目補正」や「美肌効果」に、普段はジャージ姿の部員たちも大はしゃぎだ。
人気の中心は相変わらず杏子だったが、今日もいつものおへそまる出しルックで気合十分の葡萄も大人気。
「葡萄! そのお臍と一緒に撮りたい!」
「えっ、マジ? 苺、お前も脱ぐ?」
「絶対ヤダ」
そんな会話が飛び交い、狭い撮影ブースは定員オーバーの大賑わいになった。
大人数での移動は時間がかかる。タイムロスを防ぐため、栞代は、組分けの希望などは一切聞かず、ノートの切れ端でパパッと作った簡易くじで、一行は二つの部屋に分かれた。
【A組:嵐の予感部屋】
栞代、紬、まゆ、真映、楓、滴、あまつ、菓。
【B組(大ルーム):癒やしと野望部屋】 ソフィア、杏子、つばめ、あかね、一華、葡萄、二乃、苺。
「基本は自由に行き来してよし! 食い物の恨みっこなし!」という栞代の宣言と共に、カオスな宴が幕を開けた。
B組の片隅で、ドリンクバーのメロンソーダを手に、つばめが杏子に声をかけてきた。 「杏子部長、さっき姉ちゃん(つぐみ)からLINE来ました。……姉ちゃんも個人、団体ともに優勝。全国決めたって」
「……えっ、すごい!」
杏子の目が丸くなる。ブロック大会で、光田と何度も対戦した、名門・鳳泉館高校を破っての優勝だ。個人で勝つのも大変だけれど、団体で勝ち進む難しさは、今の杏子には痛いほどよく分かる。
「一年生に、とんでもないのが入ったらしいです。……どこにでも居るんですねえ、強い子って」
つばめの言葉に、杏子は小さく頷いた。
「そっか。……私も、もっと頑張らなきゃな。つぐみに会うの、楽しみ」
その瞳には、不安よりも新しい「ワクワク」が灯っていた。
最初は大人しく分かれていたメンバーだったが、ポテトやピザが運ばれてくるたび、
「あっちの部屋には明太子パスタがある!」
「こっちのデザート、ソフィアが好きそうなやつ!」
と情報が錯綜し、誰にも止められない民族大移動が始まる。 騒ぎが落ち着き、ドリンクのおかわりも三巡目に入った頃、メンバーは自然と「しっくりくる形」に固まった。
【A組:アゲアゲ・アニソン祭り】
紬、ソフィア、苺、葡萄、あまつ、栞代、つばめ、二乃。 普段はクールな紬が、ソフィアと肩を組んでアニソンを熱唱!
完璧な合いの手を入れる葡萄のテンションに、あまつや二乃も手拍子で応える。二乃は、見たことのない紬の姿に、新しいデータ取得の必要性を感じ、一華にメッセージを送る。返ってきた返事は「今日は二乃に任す」だった。
栞代もタンバリンを叩きながら「おーし、もっと声出せ!」と、すっかり「打ち上げの親分」状態だ。
【B組:もぐもぐ・過保護ルーム】
杏子、真映、楓、滴、一華、菓、あかね、まゆ。 こちらは打って変わって、愛と食欲の空間。 一華は杏子の背後にピタリとくっつき、杏子が何を食べるかチェックしている。ポテトの塩分濃度を(目視で)厳しくチェック。パスタの量をチェック。唐揚げをチェック。左右からは楓と滴が杏子の腕にべったりとまとわりつき、
「部長、これ美味しいですよ!」
「あーんしてください!」
と完全に餌付け状態。
その横では、真映が独自の「不器用なケア」を発動していた。 選抜に最後の最後で漏れた悔しさを押し殺して笑顔を見せているあかねに対し、言葉をかける代わりに皿を差し出す。
「……これ食いねえ。あかねアネキ。ほら、エビマヨもありますぜ。栄養つけなきゃ」
次から次へと皿を押し付けている。
「真映、もうお腹いっぱいだってば……っ」
困りながらも笑うあかねを見て、隣でまゆがくすくすと肩を揺らしていた。 言葉にしなくても、想いは伝わる。
カラオケボックスの喧騒は、時間が経つにつれて密度を増していた。 A組では葡萄が選んだアゲアゲソングが爆発し、ピンチを感じたアニメ組のソフィアと紬が、つばめを強引に引き込んでマイクを死守して対抗している。
そんなカオスな熱気の中、二乃だけが、栞代がそっと部屋を抜けるのに気づいた。
「なんかおじいちゃんが呼んでるから、ちょっと行ってくるわ」
栞代の言葉に、二乃は無言で頷く。「まかせて」というサイン。 栞代も小さく頷き返し、喧騒を背に、祖父母が待つ「小ルーム」へと向かった。
廊下に出ると、少し静寂が戻る。 しかし、その静けさの向こうには、また別の温かい時間が待っているはずだ。




